2.白い人形
この国ではない、遠い国のこの世界のどこかに、見たことも無いような美しい人形がいるらしい。
その美しい人形は、歌い、踊り、そして…花を咲かせるが如く人を殺すのだという。
どの国の要人もその人形を見たことはなく、噂話だけが広まっていった。
その人形は一体だけでなく、十数体おり、どの人形もとても美しい見目をしていると。
そして、どの人形も総じて死を運んでくると…。
それは、口伝で伝わった噂話。だれも人形は見たことはない。
何故なら、人形を目に映した人間はみな花を咲かせ死んでしまったから…と。
そんな噂話。
誰も知らないけど、誰もが知ってる。そんなお話…___________________
____________________________________
12番は酷く楽しそうにルークを観察していた。そんな12番とは対照的にルークは、12番を怪訝そうに眺めていた。
見た目は至高の美姫。宝石の様な髪や、桜貝の様な爪、晴れ渡る空を映した瞳、妖精の歌声の様な声。それのどれもが見たことの無いような美しさだった。
だが、その美しさも間の抜けた12番の会話で半減しているような気すらするのだ。
「なぁ、12番」
ルークは、思うことがあり12番へ声をかけた。
12番は、嬉しそうに返事を返してくる。それは、子供が大人にするような素直な返事であり、裏表を感じない、そんな返事であった。
「12番とは些か呼びにくい…、俺が名前を付けてもいいか?」
少し躊躇しながらも、思っていたことを告げると、12番は不思議そうな顔をした後、花が咲き誇るような笑顔を返してきた。
「嬉しい!ルークから名前を貰えるの?なんて素敵なの!ルーク、貴方って本当に素敵!」
「そうだな、ソフィなんてどうだ?響きが柔らかくて、君にピッタリじゃないか?」
ルークは、思い浮かんだ中でも一番柔らかい名前を呼んでみた。花が咲いたかの様に嬉しそうに笑うとこや、知識が欲しいと捨てられたところなど、ピッタリだと思ったのだ。
そしてなにより、12番という無機質な呼び名があまりにもあんまりなので、どうにか素敵な名前をプレゼントしたかった事もある。
「素敵…ソフィ…私の名前…私の、私だけの名前」
感極まったのか、涙ぐみながら名を繰り返し繰り返し呟くソフィは、今生まれたのだ。
人形でも、番号でもない「ソフィ」が。
「喜んでもらえて何よりだ。早速だが、この森を抜け、あの山を越え、ドラゴン達の住処をやり過ごし、隣国に行く算段を立てようじゃないか。きっとソフィと俺なら何とかなるだろ。多分」
ルークは、微笑みながらもサクサクと話を進め始めた。王都からこの国境前の森までで半年。
ここから、隣国まではどの程度かかるのだろうか。
お互いに対した備えもなく、むしろソフィなど着の身着のままだ。黒のふわふわとしたドレスにヒール。どう見繕ってもこれでは山どころか森も厳しそうだ。
「ねぇ、ルーク。私の力ならルークと私を隣国まで直ぐに連れていけるわよ?ただ少し呆気なさすぎて、今までの冒険が無駄になるかもしれないしルークが選んで?このまま冒険を続け、自分の力で隣国へ向かうのと、私の力で一瞬で隣国へ向かうのを。どちらが良いか。選んでほしいの」
「力?一瞬で?どういうことだ?」
「うーん?魔法の一種?私が思い描く事は大体実現するの。それが私の力。他にも私に出来ることはあるけど、移動するのには意味ないかも?」
頭を傾げながら伝えてくるソフィは、自分でも自分の力を上手く理解していないようだった。
それだけ強力なのか、捨てられる前にともに居た人間の影響なのかはわからない。
「折角だし、行けるところまで行ってみないか?もう無理!ってなったらソフィの力に頼ろうかな。」
ルークの答えに嬉しそうに笑うソフィ。
それを見て、ルークの答えはソフィ好みだったのだろう。そそくさと出立の準備を始める始末だ。
「じゃぁ、先ずはこの森を抜けましょう!」
ソフィは、ルークの答えを待たず先を進む。
その歩みは迷い無く、まるでハイキングに来た令嬢のようでもあった。
「とりあえず、仲間が一人増えました。ってやつか」
開けた場所から、また鬱蒼と茂る木々の中を歩きはじめ、誰に言うわけでもなくルークは呟いた。
それは、とても嬉しそうに。
空は晴天。雲一つない。
きっと、この旅は素敵なものになるだろう。
2人はそう思うのだった。




