1.終わりの始まり
遠い遠い昔
人もおらず神だけが存在するそんな昔
荒れた大陸と海だけのこの星に2柱の神が降り立った
1柱の男神がこの荒れた大地に祝福を贈り国を創った
1柱の女神がこの国に愛を籠めて人を創った
そして、2柱がこの国に王族を産んだ
神の子は女神の創った人を統べ、男神の創った国を治めた。
そこは神の創った楽園…幸せの王国「エルドラ」
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そんな神話の中にある神の血を受け継ぐ王族こそ、この国の名を自身の名に受け継ぐエルドラ一族である。
現国王の始祖であり、この国の神話でもある。国民の誰もが知っており、子供達もこの物語を聞いて育つので皆が王族を信仰する…そんな国になった。
そんな国の王族に生まれ、この国の国民のために自身を捧げ、己の意思など必要ないと教育係たちに教育されて育った…それが、歴代の国王である。祖先の神々に顔向けが出来ない政をしない、女神が創りだした国民を蔑ろにしない。それが第一だった。
だからこそ、建国からこの国は変わらず豊かで、戦事のない平和な国なのだと、そう国民も王族も教えられ信じていた。
それはまるで楽園。一年を通して温暖な気候、豊かな国土、人の好い国民、まるで夢物語の様な国である。
だからこそ、男はこの国から逃げ出したかった。
言い換えれば、王族は民の、臣下の、「操り人形」だから。
そこに男の1人の人間としての意思は必要ないのだ。神の一族として、この国を治める為だけの存在。それが王族であり、次期国王となる王太子のこの男「ライアン・ルーク・ドミニク・フォン・エルドラ」もその「操り人形」である。
生まれたその瞬間から、地位も、信仰も、権力も、何もかもを持っていた。ただそこに、彼個人の意思も何も必要ないものとして扱われた。何もかも望めば手には入る。ただ、それが国民にとって悪影響を及ぼすものであれば、何故その様な事を望むのかと臣下から問いただされる。何が不満なのかと皆から問いただされる。
ライアンは、この国は熟れた果実だと思っていた。
神々が創り、それを維持してきただけ。そこから、発展もしていない発展もしない、いつかは腐り落ちるだけの果実。
今までは維持できていたかもしれないが、疑問も持たず、国民のためと言い何もしない。維持だけを目的とした政。
事実、近隣諸国は、次々に新しい技術を作り出し、エルドラに並び立つ程の国も出てきた。それに対し、焦りも持たず維持だけの政をし、外交に重きをおかない国に発展はない。衰退もないかもしれないが、いつか置いて行かれるだろう。
だからこそ、ライアンは逃げ出した。
近隣諸国を見たかった。
国を発展させたかった訳ではない。ただ、「操り人形」のまま国王にはなりたくなかった。
そして、王城から逃げ出した。
今まで旅らしい旅もしたことのない、人形だった人間がこの広大な国から抜け出すのは現実的ではなかった。
けれども、この国は「幸せの王国」だ。特に危険らしい危険もなく、人目を避けて逃亡をしていてもただ時間がかかっただけだった。
ただ、国境は違う。王城よりも高い砦と、この国随一の兵士達がこの砦の警護にあたっており、何より他国からの侵入を建国以来一度も許したことがない事が、この砦と兵士達の凄さを物語っていた。
ここ十数年では、数ある近隣諸国の中でもひと際小さな商業国だった「ローベン」が軍国へ方向転換をし、戦で他国を奪取してエルドラ王国並の国土に迫るようになった頃、満を持して国境を攻めて来たが砦の兵により「ローベン帝国」を退けた話はエルドラでは有名な話しだ。そんなローベン帝国の兵達をも退けた砦の兵士達の事は近隣諸国だけに留まらず世界に知れ渡っていると言っても過言ではない。
それ故に、この国境にある砦を避け国境を越える必要があった。
だが、その国境を越えるには、人を避けるように生い茂った木々の薄暗い森を抜け、標高4500以上の山々を越え、神々が愛した永遠の命を持つレッドドラゴンとブルードラゴンの住処を越えなければならない。
だからこそ、ローベン帝国は国境の砦を攻めたのだが、ライアンは剣も魔術も使えるが、旅もまともにしたことがないのだ。国境を越えられる気が一切合切しなかった。
だけれど、この最後の山場を凌げれば、このエルドラ王国からは抜け出せる。ただそれだけを目標に半年もかけてここまでやってきたのだ。
そう、この最後の楽園であり幸せの国「エルドラ王国」から逃げ出すためだけに…。
そして、出会ったのだ…
乳白色の髪をした天空色の瞳をしたこの人形に…12番と名乗る人形に…。
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「ねぇ、ルークはこれからどうするの?」
12番は首を傾げながら聞いてきた。
その仕草は、見るものの心を奪うものだった。そして、純真な問いに戸惑いも覚えた。
だからこそ、ライアンは、ルークと咄嗟に名前を偽ってしまった事に罪悪感を覚えたが、この12番が「ライアン・ルーク・ドミニク・フォン・エルドラ」を知らない保証はないのだ。
だが、丸っきりの偽名でもないため、なんとも言えない様な表情をして12番の事を見るしかなかった。
そして、意を決して偽りなく答えた。
「わ…俺は、これからこの森を抜け、山々を越え、ドラゴン達の巣を抜け、この国から出るつもりだ」
「なら、私も一緒に行っていい?」
やや被せ気味に12番は、そんな事を言ってきた。
突然のことに、ライアンはアホ面になってしまったが12番の真剣そのものの瞳に飲まれてしまっていた。
そして、捨てられたと言っていた少女を特に断る理由も思い浮かばず、頷くしかなかった。
「私、きっと役に立つと思うよ?」
そんな風に言うと、晴れ渡る空よりも清々しく笑うのだった。




