権利ゲーム
「『告白』の権利……」
僕は手元にある小さな白いカードを見つめながら、また一つため息を漏らした。
もうすぐお昼休みになる。昨日の放課後から数えて、都合20時間ほどこの悶々とした気持ちを抱えていることになるのだ。
僕のクラスで「権利ゲーム」が始まってからすでに2ヶ月近くになる。
ゲームの内容はいたって簡単。毎日の放課後に、クラスの人数分用意された「権利カード」を1枚ずつ引いていくのだ。引き当てたカードは、翌日の「権利」として使用できる。
カードの内容は様々で、給食で優先的におかわりできる権利など、僕たち中学生らしい些末な内容もあるが──。
「康佑、誰かに告白するの?」
「いやいや、しないよ」
昼休み、隣で昼食の菓子パンを頬張っている親友の軽口をあしらった。
「なんでよ、果奈ちゃんにすればいいじゃん。意識してるって言ってたよな」
「そういう問題じゃないって分かってるだろ……」
そう、この権利ゲームでは、どの権利を誰が引き当てたかクラス全員が把握している。「告白」の権利など引こうものなら、クラス中から注目の的だ。
そんな状態で告白する勇気のある人間などいるはずもなく、この2ヶ月間、一人として告白などしていない。ほとんど意味を持たないカードなのだ。
……とは言っても、「告白の権利」などというモノを渡されたら、少しくらい意識してしまうのも仕方ないだろう。人間の性だから、許してほしい。
クラスメイトから受ける好奇の視線を鬱陶しく思いながら、あとは放課後になるのを待つだけ。そうすればこのもやもやから解放される。
「康佑くん、ちょっといいかな」
「え、僕?」
果奈ちゃんに声をかけられたのは、昼休みも後半に差し掛かったころ。
2人で廊下を歩きながら、悶々とした気持ちが加速していく。教室を出る際のクラスメイトの視線といったら、もうたまったものではなかった。いや、果奈ちゃんも分かっているはずなんだけれども。
教室を出てから数十秒しか経っていないはずだが、数十分は歩いているように感じた。期待することなど絶対に起きはしないのに、自分の思考とは関係なく心臓の鼓動が速くなってしまう。
「あの、なんの用かな」
この空気に耐えられず、思わず口が滑ってしまった。
誰も居ない、廊下の行き止まりで果奈ちゃんは立ち止まる。
目の前には、掃除用具箱。
ああ、そうか、彼女は掃除当番。そして掃除は2人制……。
全身を駆け巡っていた熱が急速に冷めていき、自分の中で勝手に盛り上がっていたことが堪らなく恥ずかしくなった。
苦笑いしながら彼女の方を向く。
「……告白、しないの?」
目の前には、自分を上回る恥ずかしさに耐える女の子がいたのだった。