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マーズ皇国  作者: 中島 遼
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マーズ大付属図書館(ナイト)

 辺境の村の村長は、神殿の辺りのモンスターがマーズ帝国では最も強いと言っていたが、なかなかどうしてその先も三人はなかなか苦労した。

二つほどあった小さな町に立ち寄って、泊まりながら歩くこと三日。

「あ!」

目の良いソーラが遠くを指さす。

広い平地の向こうに高い城壁が見えた。

「大きいね!」

ソーラが感嘆したようにそれを見つめる。

「あれがマーズのお城?」

「いや」

しかしエルデは首を振った。

「あれは図書館だ。城はもっと大きいと聞く。我が国では、城より図書館の方が大きいことを思えば、知性に対するマーズ人たちとの感覚の差がわかろうというものだな」

言いながらエルデがナイトの背中をこづいた。

「おい」

「……なんだ?」

「ソーラが小走りになってる」

ナイトは後ろの姫君を見つめ、そして歩く速度を落とす。

エルデはナイトと違ってソーラの状態を細かく観察し、適切な指示を出した。

最初はうっとおしいと思ったが、自分が余計な気を遣わなくても姫君に無理をさせないようにエルデがうまく調節してくれるのだと考えるようにしたら気が楽になった。

何と言っても、ソーラが足に血豆を作ってよたついていたことに全く気づかなかったという前科を自分は持つのだから……

「なんか衛兵がいるけど入れるのかな?」

ソーラの言葉にエルデは大きく頷く。

「図書館を封鎖するようなことをここの枢機卿が行うことはない」

「……知り合いなの?」

「まあな」

エルデの言うとおり、衛兵は三人をちらりと見ただけで、特に問題なく門をくぐることができた。

「エルデ」

「なんだ?」

「何の本を借りに行くつもりなんだ?」

「かつて、ソーラと同じように銀の足かせをつけられた子供のことが載っている本がここにあると聞いた。それを探すつもりなんだ」

横でソーラが目を丸くする。

「そんな子、僕以外にいたんだ」

「ソーラと同じ足かせかどうかはわからんが、時折ひどく生々しい夢を見るところ、その夢が何か物語のようにつながっているような感じであることが似ている。そして、足かせがどう手を尽くそうとも死ぬまで外せなかったというところが気になってな」

ナイトはわずかに眉をひそめる。

ソーラが妙な夢を見るという話を、ナイトは自分だけが知っているのだと漠然と思っていた。

もちろん、よく考えてみればそんなはずはない。兄弟や親に告げるのが普通であり、仲の良い友なら尚更だ。

しかし、何だか寂しいのも事実である。

「……死ぬまで外せないってのが嫌だな」

ソーラはエルデを見上げた。

「どうしてその子はそれをつけられなきゃならなかったの?」

「何でも五歳ぐらいの時に近所のガキ大将とその取り巻きと一緒に、禁忌の洞窟……よく大人が危ないから入るなって言っているようなところだと思うが、そこに肝試しに入らされた時に足かせを見つけたらしい。で、本人は嫌だと言ったが、ガキ大将たちがその子の弟を人質に足かせを無理矢理はめさせたところ、取れなくなったと言うことだ。お前と違って拘束のためにつけられた訳ではない」

ソーラの場合も拘束ではなく軟禁だ、とナイトは心の隅で思う。

「いつぐらいの話?」

「せいぜい七百から八百年前ぐらいのことだと思うが、詳しくはわからない。俺が読んだのは原作の要約だったんで、日付まで載っていなくて」

「その足かせはどうなったの?」

「その子が死んだときには消えてなくなっていたと物の本にはある」

ソーラは少し考え込んだ風で、そして目の前の石を少しだけ蹴った。

「どんな夢、その子は見てたんだろ」

「小さい頃に母親に告げていたいくつかの夢は記録されているが、会話が難しくてその子自身もよく場面を理解できなかったこと、母親が子供にありがちな想像癖だと思いこんであまり真面目にとりあわなかった事により、大した話は残っていない。その子が成長した頃には、夢の話は語りたくないからと言って、ほとんど話さなくなったらしいし」

エルデは一度言葉を切り、革表紙の本をぱらりとめくった。

「夢ではいつも同じ少年になっていて、自分と同じように弟が一人いるって言ってる」

ソーラの顔がわずかに険しくなる。

「それから?」

「それから、母親が不思議な話だと村長に語った話なんだが、その子は教えられもしないのに、昔のコインに掘られた模様を正確に知っていたことだね」

「他には?」

「あとはそれこそ大した話じゃない。ひょっとしたら何か物語で読んだことをそのまま夢に見たのかと思うような話が二、三あるだけだ。ひもじいのに金がなく、弟も寒さと飢えで動かなくなったので、仕方なく馬小屋に潜り込んで、馬の餌の人参を取ろうとして捉まった話とか……」

驚いてナイトはエルデを見た。

「なんだと?」

逆にエルデの方がナイトの挙動にびっくりしたらしく、首をかしげてこちらを見た。

「どうかしたのか?」

前にソーラが言ったのと変わらない話だ……と言いかけたが、肝心のソーラが何も言わずに怖い顔をしているのを見て、ナイトは言葉を呑み込んだ。

「……いや、何でもない」

こういう話は当事者以外の人間が口出しすべきではない。

「とまあ、こんなところだな」

相変わらず難しい顔のまま、ソーラはエルデを流し目で見る。

「で、今日この図書館に君が探しに来た本は?」

エルデは我が意を得たりとばかりに頷いた。

「そう。それなんだが、俺が読んだ本はあくまで要約バージョンだったので、肝心なところが抜けている。そして、中にその少年が自分の足輪を外すヒントを告げた言葉があるようなので、原本の閲覧をする必要に迫られたわけさ」

「足輪を外すヒント?」

「ああ、少年の父親が何とか外す手だてはないものか、と呟いたとき、少年が言った言葉があるようなのだが、そこがはっきりと書かれてなくて……」

と、そのときだった。

「図書館では無用の会話は控えてもらおう」

声のした方を見ると、目の鋭い、すらりとした青年が右横に立ってこちらを見ていた。

と、シニカルな笑みを浮かべてエルデが首を振る。

「まだ図書館には入っていない」

「図書館の門をくぐった段階で、無駄な会話はやめるべきだ」

「無粋だな。ドア寸前で口をつぐむのが大人の醍醐味だとわからんのか」

「間違うな、ドアを入る少し前から、図書館に入るための心構えをしておくのが大人のたしなみというものだろう」

「えっと」

ソーラが突然現れた男にぺこりと頭を下げて、不毛な会話を遮断する。

「僕は本を閲覧に来たソラと言います。よろしければ、貴方のオトモダチのエルデはここに置いていきますので、中に入っていいでしょうか」

すると、青年は優雅な貴族風の礼をソーラに返した。

「どうぞ、アース王国空の城の姫君。図書館の門は全ての者に平等に開かれております」

「!」

ナイトが剣の柄に手をやったのを見て、相手は少し微笑んだ。

「私は図書館を守るリヒター家の嫡男ユスティーツ。アース王国のいざこざに介入する気は毛頭ないので、ナイト君、君は剣を振るう必要はありません」

「すごっ」

ソーラが目を丸くする。

「初対面でナイトをクンづけなんて、初めて聞いたよ」

ナイトはソーラを睨む。

驚くところはそこではない。

「アース王国のいざこざと君は言ったな?」

頷くリヒターに、ナイトは覆い被せるように言葉を継いだ。

「マーズに入って、そのことを言う人間は一人もいなかったのに、どうして君はそれを知っている? それから、どうして姫と俺のことを知っている?」

「姫と君の絵姿は何度も見たことがある。それから、本の収集から各国の動きなどの情報網に関しては、マーズ大附属図書館の右にでるものはいない」

エルデが肩をすくめる。

「大地の図書館を除いては、と注釈をつけてもらおう」

「残念だな。よほど古いデータだよ、それは」

「言っておくが、マーズ大附属図書館が世界一の書籍数を誇っていたことこそ過去の話だ」

「昨日現在で、大地の図書館の冊数より、うちは一冊多いはずだが」

「それはアルテミス共和国の特別贈呈本、『六角レンチにおける機能美追求とユニバーサルデザインの融合』をカウントしていないお前のミスだ」

「……あの、えっとエルデ」

再びソーラが話を制する。

「とりあえず、本の名前を教えてよ。僕、先に行って探しておくから」

仕方なさそうにエルデは頷く。

「じゃあ、言うから覚えろよ」

しかし、エルデが書籍の名を言った途端、リヒターはふと両眉を寄せた。

「その本は今、ここにはない」

「え?」

三人は同時にリヒターを見る。

「先週、エルメスの国王に貸し出した二十冊の中に入っている」

エルメスはここから海を越えて北に進んだ大陸にある国の名だ。

「なぜ、そんな本をエルメス王が?」

「詳しくは知らんが、王は語学が堪能らしく、古語で書かれた本を軒並み読破することにチャレンジしていると聞いた」

エルデは顔を引きつらせる。

「貸し出し期間は?」

「国外なので三ヶ月だ」

ソーラがひどく焦った顔をする。

「それじゃあ、間に合わないね」

エルデもまた眉を寄せた。

「弱ったな、可能性があるのはその本だけなのに……」

「空の城の姫君」

リヒターが面白そうにソーラを見つめた。

「急ぎの用事がその本にあるのですか?」

ソーラはナイトには絶対に見せないような殊勝げな顔で頷く。

「はい」

するとリヒターは付箋紙をポケットから取りだし、胸元のペンで何かをさらさらと書いた。

そして、書き終わったページを剥がしてソーラに渡す。

「図書の貸し出しコーナーに行き、これを見せて三日間限定特別臨時閲覧許可書を請求なさい」

エルデが渋い顔をする。

「国外では拘束力はないぞ」

「マーズ皇国司教枢機卿の紹介状つきとなれば、珍しもの好きなエルメス王はとりあえず会ってみようとするだろう」

リヒターはその細い目をさらに細くした。

「もし、お前達の旅に何か特別な意味や目的があるのなら、エルメスの王もむげにはすまい。後はお前達次第だ」

莟がほころぶようにソーラは微笑む。

「ありがとう、リヒターくん」

「お役に立てたなら光栄です」

言いながら、リヒターはゆっくりとエルデに顔を向ける。

「エルデ、ここに来るまで、当然モンスターには会ったな?」

「ああ」

「異常だと思わなかったか?」

エルデは頷く。

「俺の持っていたデータでは、東の辺境の村が最も強いモンスターの巣窟だとなっていたが、ここに来るまでに会ったモンスターたちは、どれほど西に向かっても同程度の高いレベルだった」

リヒターは天を見上げた。

「何かこの世に災いが起きようとしている予兆のような気がしてならん」

リヒターは再びソーラを見つめた。

「貴女の胸の光のブローチ、そのデザインはマーズに伝わる封印の鍵を模しているようだ。しかも相当強い魔力がこめられている。今の貴女の力のなさを補うように」

ソーラは仕方なく微笑む。

「僕、レベル低いから」

しかしリヒターは首を振った。

「貴女の経験値はむしろエルデより多くレベルも高い。にもかかわらずLPとMPの最大値が異常に低いからそう見えるだけです」

「それってやっぱり、僕がろくでもないって事なんだよね?」

「いいえ、逆です」

エルデはひきつった笑みを浮かべてリヒターを見る。

「お前、ひょっとして、まだあれにこだわっているのか?」

するとリヒターは細い目をわずかに開けた。

「エルデ、お前こそどうなのだ? だからこそ、いつになく必死で本を探しているのではないのか?」

エルデはしばし黙り、そしてゆっくりとソーラとナイトを見た。

「待たせたな」

「え、話はもういいの?」

ソーラはきょとんとした顔でエルデを眺める。

「ああ」

ナイトが肩越しに振り向くと、リヒターは再び優雅な礼をソーラに行った。

「お美しい姫君の旅路が順風満帆でありますように。精霊のご加護のあらんことを」

そうして彼はくるりときびすを返すと、図書館のドアに向かって歩き出した。

ナイトとエルデに一言もないところを見ると、実はフェミニストなのかもしれない。


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