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マーズ皇国  作者: 中島 遼
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隻眼の石像のある神殿3(ソーラ)

 ナイトがこちらに近づき、そして剣を振り上げるのを見てソーラは戦慄した。

本当を言うと、ソーラの瞬発力なら逃げられる程度の時間はあった。

だのに、足が動かない。

(……これは)

闇のような黒い瞳。

(そうだ……)

ずっと以前にも、これと同じようなことがあった。

もちろんそれは幼い頃みた夢であり、現実ではなかったのだが。

「ナイ……」

ソーラの頭上に剣が振り上げられる。

重なる姿は漆黒の瞳を持つ美しい青年。

紅蓮の炎を背に、身体中返り血を浴びて。

その剣もまた、あまたの血を吸って黒色の鈍い光を放つ……

「ナイトっ!!」

力を振り絞って大声で叫ぶと、不意にナイトの瞳に光が戻った。

そして、強ばった表情のまま振り下ろした剣をソーラの首筋で止める。

髪が一筋、はらりと宙に舞ったのがソーラの目に入った。

「……俺は」

そう言ったナイトは本当にいつものナイトで。

「よかった」

ソーラは安堵のため息をついて床にそのまま腰をつけてへたり込んだ。

今更ながら汗が背中を流れ落ちる。

見上げるとナイトの額からも溢れんばかりに汗が流れていた。

(……あんなに特訓したときでも、汗一つかかなかったのに)

そんなことが頭をよぎる。

「何故、逃げなかった?」

「君が剣を途中で止めること、僕は知ってたから」

ソーラが少し笑うと、ナイトはその場に膝を突き、そして驚いたことに頭を地面につける。

「ちょ、ちょっと!」

正直、仰天した。

「謝ってすむことではないが、本当に済まない」

「しょうがないよ、隻眼の石像の部屋に入るとみんなそうなるって村長も言ってたんだし」

ソーラは慌ててナイトの肩に手をかける。

「実際、もの凄い悪意があの部屋にこもってたもの。部屋から溢れて神殿の中のどこでも臭いを感じるほどだったし」

ソーラ自身はどうしてかその悪意の外にいたが、ナイトとエルデが時折それが濃い場所でけんかを始めるのを見て、不安に思っていたのだ。

「だけど、その中で君は最後の最後には必ず意識を取り戻し、エルデも僕も傷つけることはなかった」

「しかし」

「感謝してる。だから頭を上げて」

「ソーラの言うとおりだ」

と、突然声がしたので後ろを向くと、ひっくり返ったままのエルデが顔をこちらに向けていた。

「今にして思えば、二階を歩いていた辺りから既に我々は邪悪な思念のために、いつもなら何とも思わないようなことに目くじらを立て、いさかいをしていたような気がする」

「ああ」

「そして、この扉を開けて中に入った途端、何だかお前達が憎くてたまらなくなり、俺は暴れた」

「ああ」

エルデはゆっくりと起きあがる。

「だが、つむじ風を放った後のことは何も覚えていない」

それはそうだ。

その後ずっと気絶していたのだから。

「そして、目が覚めたら全てが終わっていた」

エルデは立って隻眼の石像の側に行き、その下にあった宝箱を開けた。

「俺もお前に感謝する。お前がいたから俺は姫を傷つけなくてすんだ」

言いながらエルデは箱のなかからブロンズ色の鍵を出し、座っていたナイトに渡す。

「お前がリーダーだと認める。これで一階の扉を開いてくれ」

しかしナイトは眉間にしわをよせた。

「俺がいなくてもお前はソラに傷などつけることはできなかったさ」

「え?」

「ソラは何故か時々相手から受ける魔法を無効化したり、カウンターをかけたりすることがある。今回もお前が倒れたのは、お前が放った魔法がソラによって跳ね返されたからだ」

「……そうなのか?」

エルデはこちらをとくと見た。

そして、不意にソーラの胸元に顔を近づける。

「なんだよ!」

思わず頬をなぐると、エルデはふらふらと二、三歩よろめき、そして一つ頷いた。

「光のブローチだ」

「え?」

ソーラは驚いて胸につけた姉のブローチを見る。

「それは光のブローチと言って、攻撃魔法を無効化したり、ときには跳ね返したりすることができる」

「そうなんだ」

「三百四年前にいた大魔法使いが、大事な人を守るために造ったのが始まりだ。だが、極めて精緻でレベルの高い魔法力を要求されるため、それ以降に造ったことがある人間はいないと聞いている」

ソーラはそっとブローチを右手で握る。

姉の守りが、今回自分を救ったのだとやはり思う。

「ありがとう、姉上」

呟いたとき、ようやくにしてナイトが立ち上がる。

「とりあえず、ここは出よう。ゆっくり話すならそれに相応しい場所は他にもある」

エルデもソーラも否やはなく、三人はそろって下の階に降りる。

そして一階の大扉の前に立った。

ナイトが静かに鍵を鍵穴に挿して回す。

すると、ギイという音と共に扉は向こう側へと開いた。

「明るいや」

左右の山は険しいが、正面の道は短い草に覆われ、緩い起伏をなして真っ直ぐ伸びている。

外は朝になったばかりのようで、側にあったイネ科の雑草はまだ露を含んでいた。


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