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マーズ皇国  作者: 中島 遼
2/8

マーズ東 辺境の村2(ナイト)

 明くる日、取りあえず道具屋でモンスター石を売って多少なりとも懐が温かくなった三人は、その足で村長の家に行った。

「先に防具屋に行って、ある程度装備を調えておきたかったんだが」

ナイトが言うと、チーズの余波で、鼻が曲がったままのエルデが首を横に振る。

「これが一番いいんだ」

「だが、ソラに帽子ぐらいは買っておかないと……」

言いかけたとき、ドアが開いて部屋に年老いた白いひげの男が入ってきた。

「お待たせしました。私が村長です」

三人は立ち上がって会釈をする。

「我々はアース連合王国からやってきました」

「え!」

村長は驚いた顔でこちらを見た。

「船で来られるなら、山道を通らねばここにはたどり着けないはずだが」

説明の上手なエルデが一歩前に出た。

「ワープドアを使ってここまで来ました」

「なんと」

村長は首を振る。

「それでは、貴方方はほこらの辺りを通ってここまで? あそこはマーズ皇国でももっとも強いモンスターの巣窟になっていて、ここ百年ほどは誰一人として近づいたものはおらんというのに」

村長はゆっくりと椅子に腰掛け、三人に座るよう促した。

「で、貴方方のご用件は?」

「我々は、マーズ大の図書館に行くために来たのですが、何でも台風で一本しかない道が閉鎖になっていると聞きました。ですが、村長さんなら何か妙案をお持ちかもしれないと村の方々に教えてもらい、それでここまでやってきたのです」

村長は首を振った。

「あの道以外に、首都に向かう道はない……が」

「が?」

「あのほこらの側を平然と通ってここまで無傷な貴方たちなら、ひょっとしたら……」

エルデが身を乗り出した。

「詳しく教えてください」

村長は長いひげを左手でいじった。

「ほこらの北に、大きな神殿があったのを見たかね?」

「はい」

「昔、あの辺りがこの国の首都だった。神殿は、そのときの最後の名残だ」

八百十三年前に遷都したとエルデが言っていたあれか。

「どうして遷都したの?」

ソーラが小首をかしげた。

「首都を移転するって、すんごいお金がかかりそうなのに」

「その通り、余程のことがあったんじゃよ」

老人は頷く。

「昔々のことで、今では伝承にしか過ぎないが、かつてこの地に栄えた首都が滅亡したのは隻眼の石像のせいだと言われている」

「隻眼の石像?」

「ある日、山を採掘していた鉱物掘りの男達が美しい石を発見して、皇帝に献上した。皇帝は喜び、それを神殿に建設中だった石像に使うように指示をしたんじゃが、帝の想像以上に石像は大きく、それを二つの目に作り上げるには少々小さかった」

かさかさという音がするので目をやると、エルデが必死で革表紙の本に何かを書き込んでいた。

「時の法王は、同じような黒い宝石を見つけ出すようにと鉱物掘りの男達に命じ、とりあえず一個を石像の右目にはめたんじゃが、それ以来、色々な災いが起きるようになったんじゃ」

「どんな災いですか?」

「詳しくはわからんが、人と人が殺し合ったり、訳もなく大挙して物を壊す輩が増えたり、それはそれは大変な状態だったそうだ。そのいざこざの中で、時の法王様も生命を落とされたとも聞く」

村長は暗い顔をした。

「そしてそのときに法王の血筋が絶え、遷都についていった皇族六家のうちで最も秀才の誉れ高かった時の枢機卿が首都でその任についた。それが今のマーズ神殿の長、リヒター司教枢機卿だ」

「では、リヒター司教枢機卿が法王位につかないのは」

「その昔に亡くなられた法王様に遠慮して名乗らないと聞いている」

ナイトは内心首をかしげる。

それらがマーズの首都に行く話とどうつながるのかまだ見えない。

「話を戻そう。つまりはその災いの元となった石像をどうすることもできずに、時の皇帝はこの土地を捨て新しい大地に首都をお移しになった。それ以来、この土地は寂れ、また石像の悪しき力に引き寄せられるかのように、悪鬼どもがこの辺りにわんさかと住み着くようになった」

「なるほど、それでここのモンスターはレベルが高いんですね」

「ああ。そして、その諸悪の根源である神殿の中にはもっと凄いのがごろごろしているという話だ。もちろん、ここ百年ほどは誰もそこに入ったことがないので、伝承でしかないがね」

老人はテーブルの上で手を組んだ。

「さて、本題はここからだが、その神殿を通り抜けた向こう側には山と山の間の谷があり、比較的大きな道が通っていて、この大陸の西側につながっている」

ソーラがにこにこと笑った。

「つまり、神殿の中を通っていけば、図書館に行けるってことなんですね」

「それはそうだが、お嬢さん、あんたはやめといたがいい」

「……どうして?」

「この八百年ほどの間に、屈強な男が何人も神殿に出かけ、そして無用に生命を落としている。そんなところにあんたみたいなうら若い女の子が行くものじゃない」

ソーラはエルデとナイトを見た。

「この人達はいいの?」

村長もちらりとナイトを見た。

「ああ、充分に大人だから、自分の力の強弱ぐらいはわかる年だろう」

「なんか釈然としない」

ナイトもソーラの言葉に同感だ。

「とにかく、どうしても行かねばならないのであれば、そういう方法もあると言うことじゃが、生命が惜しいなら、取りあえずほこらからアース連合王国にお帰りになるがよろしい。もちろん、並の人間ではそれも難しい話だが」

「お話、よくわかりました」

ナイトは頭を下げる。

「三人で、今後どうするかは打合せをさせていただくことにします」

「まあそう言わんでも、君ら三人の顔には、神殿に行くつもりと書いてある」

老人は笑う。

「最後の忠告として言っておくが、四階には絶対に足を踏み入れなさるな」

「四階ですか?」

「そこに石像がある。それを見た者は例外なく人格が凶暴になり、気がつけば仲間も自分もその剣で切り刻んでしまうと伝えられているからな」

ナイトはもう一度頭を下げた。



「さて、どうするかだが」

「そうだね、村長の話だと、大分危険そうだから」

ソーラはエルデとナイトを見た。

「君たちは何だったら帰っていいよ」

ナイトは生意気な姫君の頭を押さえる。

「俺が後戻りができなくなっていること、わかって言ってるのか?」

「え、いや……その」

ナイトが手を放すと、痛そうな顔でソーラがこちらを見上げる。

「一連楽勝って考えていいの?」

「一連託生だ」

エルデが革表紙の本を閉じた。

「言っておくが、俺は一人でも行くぞ」

「え?」

「ソーラとの約束を果たさないといけないし、そんな歴史的に重要な史跡なら見ておかねばならん」

「僕のことなら生命の危険を冒すほどじゃないから……」

「それだけじゃないって言ったろ? 知識を得ることが俺の責務なんだ、それが一番大事」

それを聞いてソーラはにっこりと笑う。

「なら、善は急げだね」

どうやらエルデはソーラの扱いをある程度心得ているようだった。

「よいしょ」

ソーラはもう立ち上がって、小さなリュックを担いでいる。

「待て」

慌ててナイトはソーラの肩に手をかけた。

「その前に、装備を調えたい。皮の帽子を買いに防具屋に行こう」

「うん」

しかし、それにはエルデが首を振った。

「行っても無駄だよ」

「え?」

「武器と防具の店はあるが、売っている品物は毒蛾のナイフ、ステテコパンツ、まどろみの剣、鉄仮面とそれだけで、ソーラが装備できる防具はないし、ナイトが持てば百人力なまどろみの剣も、今の我々の所持金ではとても買えない」

鉄仮面3500G、まどろみの剣4700Gと聞き、ナイトは絶句する。

「なんでこんな辺鄙なところに、そんな高いものが売っているんだ?」

「元首都だからその名残だろう。いずれにしても、寄るだけ無駄ってことだな」

ソーラが嫌な顔をしてエルデを見る。

「ガイドブック見ながらのロールプレイングって、なんか最低」

「仕方ないだろ、それが俺の特性なんだから」

「つまんない特性……」

どうしてか顔を青ざめさせたエルデが突然立ち上がった。

「とにかく行こう。さあ行こう」

エルデは話を中断してドアを開けた。

仕方なしに、ナイトたちは宿屋を出て、村の外に向かう。

途中、かなり強いモンスターに何度も出会い、神殿の側まで行ったのに、再び村に帰って宿に泊まること二回。

「結構、経験値たまったよね」

にこやかに笑うソーラの笑顔を救いに、三回目にしてようやく神殿の中に三人は入る。


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