元勇者は魔王の呪いで弱体化したので女戦士に養ってもらっています
あるところに、女戦士が二人と、勇者が一人、住んでおりました。
勇者は魔王を倒した時の呪いで子供になってしまい、力も記憶もだいたい失いました。
そんな勇者を養うために、女戦士二人は王都から離れた山奥に小さな家を借りて、自給自足生活をしておりました。
あれあれ?
子供になった勇者を養うのに、人里離れた山奥?
なにかおかしいですね?
女戦士たちは、床に座り、あいだに子供となった勇者を挟んで、見つめ合っていました。
彼女たちのあいだでは、三歳ぐらいの男の子が、おもちゃの剣で遊んでいます。
勇者です。
かつては一撃で山のようなドラゴンを倒し、街ごとに奥さんがいた彼も、こうなっては、ただのかわいい子供ですね。
女戦士たちは、そんな勇者を見て、いやらしくニマニマしていました。
視線が子供を見る大人のそれではないですね。
「なあ、『クール』や」
「……なに、『熱血』?」
女戦士たちは、コードネームみたいなもので呼び合います。
『女が多すぎて名前が覚えきれねえから、お前ら今日から性格がわかりやすい名前で呼び合え』という勇者の命令があってから、ずっと、こうしているのでした。
おや?
勇者は、どうにも、ずいぶんな、クズだったみたいですね?
「なあクール、そろそろ――洗濯しねえか?」
彼女らの背後には、山のように洗濯物が積まれているのでした。
りっぱな汚部屋ですね。
「……洗濯の必要性は私も認めている。だから問題はどっちが洗濯に行くか――どっちが勇者様から離れて川に行くかっていうこと」
クールという名前に恥じない、冷静な意見でした。
でも、いい年齢の大人がマイクロビキニみたいなものを普段着としている時点で、世間的には痴女にしか見えませんね。
熱血の方も似たような服装なので、お互いに、服装に対するつっこみはありません。
これも、勇者から『おっぱいの谷間とかさあ! 腰のくびれとかさあ! 尻とかさあ! あとなんつーの? 鼠蹊部? そういうのが見えないとやる気出ねえんだよなあ!』と言われていたから、こういう服装なんですね。
それでも彼女たちは勇者を深く尊敬し、愛していました。
モンスターに両親を殺された彼女たちを立派に育ててくれたのが、勇者だったからです。
このことから、勇者は他者を洗脳し意のままに操る技能に長けていたことがうかがえますね。
「クールよ……あたしはなんつーの? ほら、ガサツだからさ……洗濯なんつーチマチマした作業は合わねえんだよ。服とか破いちまいそうだし……だからお前が行ってくれねーか?」
「……熱血はいつも、そうやって私に家事を押しつける。それに、なんでも練習しなきゃ身につかない。だから手始めにまずは今日、洗濯を始めてみるべき」
彼女たちは、どちらも勇者のそばで勇者を自分好みに『教育』したいのでした。
そのために人里離れた山奥で、他者の影響を可能な限り減らして暮らすことにしたのです。
気合いが入っていますね。
だから、こうやって『外で行う仕事』の押し付け合いはよくおこなわれます。
素直に『勇者様のそばにいたい』『勇者様とお前を二人きりにしておくわけにはいかない』と言うと、『あたしも』『私も』となるので、意味がありません。
だからこうして、迂遠に相手を説得しようとしているのでした。
「なあ、クール……思えばお前には色々苦労をかけたよな」
「……急になによ、熱血」
「あたしら勇者パーティーには、前衛職しかいなかった……それでもどうにか魔王を倒して、こうして生き残れたのは、お前がいいタイミングで回復アイテムを使ってくれてたからだ」
「……そうね」
「あたしたちを本当の意味で支えてくれていたのは、お前だ。あたしは口には出さなかったが、ずっとずっとそう思ってたんだぜ」
「……そうね。それで?」
「だからさ、つらい力仕事はあたしが全部やるよ」
「…………」
「その代わり、洗濯とか、薪集めとか、街への買い出しとかは、お前に任せたいんだ」
「……『洗濯』も『薪集め』も『街への買い出し』も『つらい力仕事』に思える」
「バカヤロウ! 子供の世話に比べたら全部楽勝だろうが! だから――勇者様の世話っていうつらい力仕事はあたしが全部やるよ!」
「死ね」
「なんだとぉ!?」
「……熱血バカは、痛めつけないとなにも覚えないみたい……」
「アア!? 痛めつける!? お前が、あたしをか!? 前衛職のくせに陰でチマチマアイテム係なんかやってたお前に、そんなことができるってのか!?」
「…………苦しんで死ね」
熱血とクールが立ち上がります。
二人して、おっぱいと額をくっつけて、今にも殺し合いが始まりそうですね。
ここで勇者を含めて三人とも死んでくれた方が、世界はずいぶん静かになりそうな気がします。
人里では『呪いを受けた勇者に募金を!』とかいう名目で領主がお金を集めて私腹を肥やしていたり――
『強く気高く無垢なる勇者こそが王の座にふさわしい!』とかいう名目でクーデターが起こりかけていたり――
『勇者は呪いを受けたのではない。彼が幼児化したのは、彼が神の座に加わる試練の一つなのです。さあ、我らで勇者をあがめ、祝福しましょう!』とかいう名目で新興宗教がおこったりしていました。
かつがれている勇者が死ねば、世界はずいぶん平和になることでしょう。
しかし、世界に平和はおとずれませんでした。
「ねっけちゅママー、くーるママー、けんかは、だめっ!」
二人のおっぱいを下からおもちゃの剣でつつきつつ――
幼い子供になった勇者が、かわいい声で言います。
「みんな、なかよく。とくに、おんなのこは、なかよく、はーれむ……はーれむ? はーれむなんだからね!」
勇者はその記憶もほとんど失っているようですが――
断片的には覚えているようでした。
ハーレム――それは大人の勇者が愛してやまないものでした。
女戦士二人はそのことを思い出し、涙します。
「そ、そうだよな……あたし、間違ってたよ! ごめんよ勇者様……! 勇者様は、ハーレムが大好きだったもんな……! 『女の子同士は仲良く! ギスギスしてると俺がストレス感じるだろうが!』が口癖だったもんな……!」
「…………勇者様…………毎日ベッドに『抱き枕担当』『子守歌担当』『気持ちよさ担当』の女の子を呼んでいたあなたが、女の子のケンカを嫌うことなんか、考えればわかることだったはずなのに……! 私は、熱血と、あなたの目の前でケンカを……!」
第三者がいなくて幸いな発言でしたね。
きっと、誰か良識ある人がこの場にいたら、女戦士二人に『君たち勇者に騙されてるよ』と忠告し――
キレた二人に殺されていたところでしょう。
死人が出なくて、よかったですね。
「なかよく、すりゅのー!」
ぶんぶん、とおもちゃの剣を振り回す勇者に――
クールと熱血は、素早い動作で左右から抱きつきます。
「勇者様……! わかったよ! あたし、クールと仲良くする!」
「私も……私も、熱血のいいところ、がんばって、探す……!」
「クール……!」
「熱血……!」
二人はますます強く抱き合いました。
二人の胸のあいだで勇者が「……ぼく……俺は……この感触……は、は、はーれむ? はーれむってなあに?」と一瞬記憶を取り戻しかけ、酸欠によりまた失っていました。
「じゃあ――クール……その、なんだ……ええい! 照れるなちくしょう! つまり、あー、その……あ、あたしと一緒に、洗濯行こうぜ?」
「…………そうね。みんなで一緒に、洗濯に行きましょう」
二人はうなずきあい――
部屋中の洗濯物をかき集め始めました。
小さい勇者が一生懸命手伝いだかちらかしだかわからないことをしたお陰で時間はかかりましたが――
こうして女戦士二人と、幼い勇者は、みんなで川に洗濯に行きました。
仲良しって、素敵ですね。
めでたし、めでたし。