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「成果は、なしか……」


 あれから話を聞けそうな仲居や従業員を掴まえては、稲葉と山田、野々宮の繋がりを聞いて歩いたのだが何も得るものはなかった。


(話している姿を見た人もいないし、警察に聞いても稲葉の携帯にそれらしい履歴が無かったそうだし、うーん……)


 そうやって旅館の長椅子に座っていると、


「あ、小金山こがねやま様……ではないですね、金田様」


 声のする方に顔を向けるとそこには女将が立っていた。


「取調べは終わったのですか?」


「ええ、ついさっき」


 と女将は隣に座る。


「あなたが有名な探偵の金田一次かねだひとつぐ様だったのですね?」


 その声には少しばかりの怒気が含まれているようだった。


「大女将に何を頼まれたのですか?」


「何の事ですかね?」

 

 あえてとぼけたふりをしてみたが、女将の目は本気だった。


「はぁ……。分かりましたよ、大女将からあなたの、その、浮気調査を頼まれたんですよ」


「う、浮気調査!?」


 女将の声が大きくなり、周りにいた数人がこちらを向いた、それに愛想笑いを返す。


「女将、声が大きいですよ」


 と小声で話すと、小声だがしかしまだ怒りが収まらない口調で女将は、


「どういうことですか、浮気だなんて!?」


 そういうので仕方なく、大女将から山田との浮気の調査を依頼されたと説明した。


「私と、山田君が、浮気?」


 その事を聞いた途端に、彼女はいつものきどった笑いではなく、ケラケラと口を開けて笑っていた。


「ハァ。面白い冗談ですね、大女将も、私と彼の何を見てそんな事を」


 再度、女将は笑いだす。


「ありえないですよ、浮気だなんて」


「では、なんで山田さんを雇う事にしたんですか? 彼は勤務経験も無ければ、学んだ事もないんですよね?」


「いえね、彼は県外の有名な旅館の跡取りなんですよ」


 それは初耳だった、警部から聞いた話にもそんなのはなかったと記憶している。


「それで、将来は稼業を継ぎたいのだけど親が納得してくれないとの事だったので、ウチで修行をして箔をつけたいと言って。ですので正確には従業員として雇っているのではなく、弟子入りという形で手伝ってもらっているのです」


(つまりコネか)


「大女将に言ってなかったのは、山田くんが他人に知られて仕事に支障をきたしてはいけないという希望を言っていたので。ですから、私と支配人以外は誰も知らないはずです」


 大女将は少し口が軽いので、とそれとなく女将が言う。


「けど、向こうに何も言わないってのはいいんですか?」


「いえ、実は両親も知っていたらしくて。彼を雇ってから、数日後に電話がかかって来まして、よろしくお願いしますと言われたんですよ」


 俺と同業者を使ったのかもしれないな、となんとなく思ったが何かが腑に落ちない。しかし、それが何かはいまいち頭に浮かんで来なかった。

 そんな俺の思考を断つように、女将は立ち上がる。


「そういう事なので、私と山田くんにやましい事は一切ありませんから。大女将にもそう言ってください、なんなら支配人を呼んでもらってもいいですとも付け加えて頂けると助かります」


 そう言って、彼女は近くに居た仲居に指示を出していた。


(浮気ってのは大女将の邪推だったのか。しかし、気になるな)


 そう思い、女将にある事を尋ねた。



「すみません、わざわざ来てもらって」


「おい、金田かねだ。こんな所に呼びつけてどういうつもりだ?」


 大森山警部が、怒鳴るように喋る。


「警部、落ち着いてくださいよ。ここに呼んだのは、彼女の罪を暴くためですよ」


 俺は大森山警部のと警察官に挟まれる様に立つ女性、稲葉法子いなばのりこを見た。彼女はこちらを見ず、部屋に敷かれている畳を見ていた。


「やっぱり、犯人は……」


「ええ、彼女ですよ。ですよね? 稲葉さん?」


 そう尋ねるが、彼女の視線はいまだに俯いたままだ。


「けど金田、彼女が元恋人である北川雅己きたがわまさきを殺害したすると、どうやって殺したんだよ?」


 ほら、と警部の指を指したのは事件現場である『呪いの部屋』の天井、そのはり


「あそこまでの高さは二メートル以上ある。という事はだ、脚立か何か無いと被害者をあの梁に首を吊らせるなんて事、出来ないだろ? けど、そんな事は彼女の細腕では出来ないんじゃないのか?」


 だいぶ日が落ちて暗くなった外を、窓に貼られた新聞紙をめくって覗き見る。この部屋は俺の泊まっていた部屋と違い、両サイドが窓になっていて、なおかつ長方形に長い。宿にしては少しいびつだ。そんな事を考えながら、聞いていた。


「彼女の細腕ならば無理。その通りですよ、警部」


「なら、お前はなんで彼女を犯人だなんて言っているんだ?」


 警部はイライラし始めていた、しかたない。


「犯人は、彼女以外にも居たんですよ」


 この事件は単独犯による犯行ではない、もちろん『呪い』でも。


「彼女以外の犯人。それは居なくなった被害者の現在の彼女と、同じく居ないここの従業員です」


 野々ののみやさやかと山田寿敏やまだひさとしの事だ。


「いやいや、金田。いくら彼等の行方が分からないからって、犯人に仕立てるには、稲葉さんとの関係性が薄くないか?」


「いえ、そうでもないですよ。まず、野々宮さん。彼女は稲葉さんが付き合っていた被害者の現恋人だ」


 稲葉さんは、やはり下を向いたままだ。


「そこの関係は確かに理解できるが、今の彼女と昔の女なら、組むなんて事はありえないんじゃないか?」

 

「それは被害者の北川さんの素行に問題がなかったら、ですよね?」


 そう、彼には恨まれるだけの問題があった。


「彼には、浮気の癖があったみたいでね。彼の携帯には、女性の番号がたくさん入っていました」


 いつのまに、と言って詰め寄ろうとする警部を手で止め、話を続ける。


「みなさん、言ってましたよ。あいつの浮気癖は、死なないと治らないって。相当なモノだったのでしょうね」


 他にも金遣いが荒いや、酒癖が悪いだとかも言っていましたと加える。


「たぶん、稲葉さんは彼と別れてからずっと考えていたんじゃないですかね? 彼をどうやって殺すかを」


 稲葉さんの指が少し震える。


「そんな折、彼と現在付き合っている野々宮さんを知った。とはいっても、その出会いは故意であり、偶然ではないでしょう」


「偶然じゃないなら、どうやって?」


警部は首を傾げる。


「簡単です、探偵を雇って、彼の素行調査をした、そうですよね、稲葉さん?」


 しかし、彼女は何も話さない。


「協会に問い合わせたらすぐに調べがつきました、浮気調査として彼を調べて欲しいと依頼された。そう言ってました」


 本来なら依頼主の事を聞いても守秘義務で答える探偵は居ないのだが、秘匿したかったのかあまり良くない探偵に頼んだらしく、その手のやからに強い仲間からすぐに返事が来た。


「素行調査ではなく浮気調査だったのは、彼に彼女が居るかの確認だったんですよね? そして浮気癖の酷い彼からは、複数の恋人が出てきた。その中で一番若い野々宮さんに近づく事にした、理由は……彼女が山田に対して本気だったのを感じ取ったからですかね? 昔の自分の様に」


 彼女の顔がこちらに向けられたその表情は暗く、瞳に光がない。まるで死体のよう……。

 一瞬、たじろぐんだがここで手を緩める訳にはいかなかった。


「ここからは私の想像なのですが、あなたは彼女に山田の浮気癖を告げ、それに困っている者同士として協力させたんじゃないですか? 野々宮さんも彼の浮気をなんとなく疑っていたんでしょうね、あなたの誘いに乗る事にした。そんな所でしょうか?」


 頸部の顔が引き締まる、これまで何度か見た刑事の顔になっていた。


「そして、あなたは野々宮さんに山田さんをここに誘い出すように勧めた。しかし、その時にある事が気がかりになった。それは彼の遺体を移動させる事があるとしたら、女二人ではさすがに厳しい。だから、その手の荒事に長けた山田を雇う事にした」


 そう山田の正体は、裏の何でも屋。

 彼が生まれたと言う旅館に問い合わせると、確かに山田寿敏やまだひさとしという息子はいるのだが海外留学中だそうだ。


「稲葉さん、借金をしていますね、それも数百万という多額の金額を。これ、彼を雇うのに使ったんですよね?」


 彼女の顔はそのまま、俺をじっと見据えている。


「そんな彼ですから、どこにでも入る術を知っていてに入ったのでしょう、いわくつきの部屋があるのを確認してね。そして、潜り込んだ彼にこの部屋の現状を探ってもらった」


 この部屋が『開かずの間』になっているのは、多少インターネットで調べたら簡単に出てきた。だからこそ、その呪いのせいにしてしまおうというのが、ここを殺害現場にした本来の目的だったのだろう。


「それで『開かずの間』を開ける方法を彼が模索し、この宿の整備に使っている道具を使い開けた」


 あの部屋に打たれていたであろう板の穴は、釘一本分より広がっていた。あれは、再度打ち直した痕跡だ。


「全ての準備が出来た貴方は、森村さんに偶然を装って再開しここの旅行を提案した。あなたが東海とうかいの間を提案したそうですね、『呪いの部屋』の隣の方が何かと都合がいいんじゃないか、って」


 電話をしてのは森村さんらしいが、それも計画の一部なのだろう、自分の存在を意識させないために。


「そして、犯行の夜にあなたは森村さんの飲み物に睡眠薬を混ぜたんですよね? そして横で多少大きな音がしても誰も気づかないように」


 その隣に泊まっていたのに、俺が気づけなかったのは後悔でしかない。


「そして山田さんが扉を開け、庭仕事に使っている脚立を運び入れる。その時、野々宮さんは北川に睡眠薬を飲ませて居たのでしょう。その睡眠薬によって眠っている北川さんを部屋の準備を終えた山田さんが、荷物の様にしてここまで運んだんですよね?」


 従業員から聞いた話では、彼と野々宮さんが夜中に黒い袋を持って歩いていたのを見たと言っていた。しかしその時は、お客さんの荷物を持っていたのだ思ったらしい。


「そうして、三人であの梁に吊るした。そうですよね?」


 そう言って、天井を指差す。彼女の顔は一切の動揺を示さない、ここまで表情の変わらない人は初めてだ。


「そして、現場の準備をしてあなただけ先に森村さんの寝ている部屋に帰った。しかし、ここであなたの計画は狂った」


「狂った? いったい、何がだ?」


 警部がそう尋ねる。


「本当なら、一番最初に遺体を発見するのは稲葉さんではなく、野々宮さんの方だったんですよね? 恋人が居なくなったので探しに行ったら、そこで偶然を装って『呪いの部屋』を調べに来たあなた達に会って話を聞き、彼女が先に入って死体を見つける。そんな感じだったのでは?」


 そうすると、野々宮さんは偶然に遺体を発見した彼女という風に他人には映る。万が一疑われても、彼女と山田を繋ぐ点である稲葉さんが見えない限り、野々宮さんに彼を殺すのは不可能であると警察は断定してしまうはずだったし、それが彼女を引き入れる必要性のあった事の1つでもあるのだろう。


「それと、稲葉さんに使った睡眠薬が予想以上に効きすぎたのも誤算だったのでしょう。いくら待っても来ない野々宮さんと、起きない稲葉さん。そんなあなたは、自分が発見者になる事を選んだ。そして、出来るだけ大きく驚き、遺体を発見する。それなら友達と偶然にも元カレの遺体を発見した、そんな風に話を進めようとした」


「確かにそれなら辻褄は合うな、けど山田と野々宮、彼等二人はどこに行ったんだ?」


「うーん、そっちは見当もつきませんが、野々宮さんは良心の呵責に苛まれたのかもしれないですね」


 山田は消える準備をしていたみたいだったのが彼の部屋を見て分かった、辞表と女将への手紙が彼のカバンの中に入っていた。


「とりあえず、俺の考えはこんな所ですがどうでしょう、稲葉さん?」


 彼女は、ただ無言で俺を見据えるだけだった。


「どうなんだ、稲葉法子?」


 その警部の問いにも彼女は答えない。


「うーん、まあいい。とりあえず、再度取調べをして行く事にする。金田、今回も協力感謝する」


 そう言って警部は敬礼をした、一緒に居る警察官も同じ様にする。


「ほら、行くぞ」


 と稲葉法子を連れて、部屋の外に去っていく。


(『呪いの部屋』、か。そんなものは存在しないのに、そんな場所を選ぶだなんて)


 そう思考しながら、部屋を見た。



『呪いの部屋』から出てきた恰幅良い男性の後ろを頭にタオルをかれられた女性が出てきた、しかし服が昨日ここに来る時に法子が着ていたの物だったので、すぐに分かった。


「法子……」


 彼女は一瞬だけこちらを向いた。


「……!」


 彼女の顔に表情は無く、まるで死んでいるかのような顔をしていた。そして彼女を連れた刑事達は、そのまま玄関の方へ向かっていった。


「ウッ!」


 刑事が去った部屋の中からうめき声が聞こえたと思うと、死体を発見した時に居た男性が部屋の中からまろび出た。

 一瞬、こちらに向けた顔は何を見たのか目を見開き、ばっくりと口を開いていた。



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