案内虫
あてもなく漂うわたしの真上を
大きな影横切った
鈍い動きで必死に避けようとするが間に合わない
サメかなにかに食べられると思って目を瞑る
「真琴。目を覚ましなよ。なにも怖いものなんかいないよ。早く起きようよ。一緒に行こう」
やけに馴れ馴れしく自分の名前を呼ぶ
大きな何かが目の前にいると気配でわかる
うっすら目を開けてみる
平たい黒い二本の角があった。
鋭い先端が目と鼻の先の距離にある。
刺さったらどうするんだ…。
「真琴。早く背中に乗って。時間がないよ」
「うん…わかった。」
黒い塊に諭されるがままに
背中に乗せてもらう
ツルツルと光沢のある背中から
滑り落ちないように
羽の境目に捕まるようにして乗る
「いつかこうやって真琴と話をしたかった。」
「わたしはいつも話しかけてたけどね」
「真琴はいろんな話をしてくれたね」
羽をしまって、6本の足を器用に使い泳ぐクワガタに乗って海の中を進む
懐かしい匂いがする
水の中なのに不思議だ
でもそれが当たり前であるかのように
だんだん思えてくる
この子とはどこで話したのだろう
さっき、自然と口から出た言葉すら
曖昧な不思議な感覚のまま
1人と1匹は果てしない水の中を進む
「真琴、着いたよ」
ぼーっとしている間に目的地に着いたらしい。
背から降りて横に並ぶ。
「いま、君はね記憶の中にいるんだよ。僕も君の記憶の一部。」
「ものすごい勢いで、何かが君の中に流れ込んで来て、君の記憶の街を押し流してしまったんだ。」
「いまのこっているのはこれだけ。」
「これは…」
そこには小さな芽が一つ
寂しそうに生えていた。
「君自身や、君の根っこの部分は残っているけど。そこから上が全部流されたんだ。また一から育てないといけない。」
「君は、僕の名前も知らないんだ」
「…」
知っているはずなのに、いざ名前を呼ぼうとすると喉の奥が引っかかったかのように名前が出てこない。
「ごめんね。」
「いいよ、真琴が生きていてくれただけで僕は嬉しいんだから」
「それからね君の記憶は、流されたけど壊れてはないんだよ。この広い世界に散らばってしまっただけなんだ。」
「だからね、心配することはないんだよ。君の中にあることには変わらないんだから」
「そろそろお別れみたいだね。」
「どうして?わたしあなたの名前も知らないのよ。もっと話がしたい。あなたと話すのがとても久しぶりで、とても懐かしく感じるのはなんで?」
「僕は君の心残り。」
「あの日から僕のことを心配してくれてたんだね。そのおかげで僕だけ、流されずにすんだ。」
「嬉しかった。僕はここでずっと待ってるから、ゆっくり思い出してよ」
「その時まで……」
「さようなら」