別れ
その日は、普段来ない夜の森に
マーリンがやってきた。
「夜の森は、危ないって言っただろマーリン!なんで来たんだ!」
「やっぱり、来てくれた。ディアスにはなんでもわかるのね。不思議な人」
怒られてることなんて気にしないようにマーリンが答える。
暗闇の中、月に照らされた彼女をよく見ると、泣き腫らした目が彼の瞳を捉えた。
「お母さんがね、亡くなったの。」
とマーリンが言った。
たくさん泣いたのだろう。彼女の美しい瞳は赤く充血し、頰は擦ったのか腫れていた。
人間の寿命は、なんと短いのだろう
ディアスにとっての時間と彼女たち人間にとっての時間はやはり違うのだ。その事実にもディアスは打ちのめされた。
そして彼女は今にも壊れてしまいそうで
儚げで…気付いたらディアスは彼女を抱きしめていた。
「マーリン、よく頑張ったね」
そう言うと、堰を切ったように彼女の瞳からは涙が溢れでてきた。
「わたし、ひとりになってしまったのね。」
マーリンがつぶやく。
もし、自分が人間の男はだったらとディアスは後悔した。でも、マーリンは人間だ。共に生きることはできない。
「マーリンは一人じゃない。俺がいる。辛くなったら森においで、いつでも会いに行くから。」
ディアスには、これだけ言うのが精一杯だった。
「ありがとう。ごめんね、ディアス。今日はあなたにお別れを言いにきたのよ。」
ディアスの腕の中から離れマーリンが精一杯の笑顔で言う。
「お母さんが亡くなる前に、わたしを一人にしないようにって結婚の約束をしていた人がいるみたいなの。」
「わたし1週間後には、この村を離れて遠く離れた街へ嫁ぐのよ。わたしも今日初めて知ったわ」
ディアスは驚いて声を出すことができなかった。でも、母親もひとり娘を残して死ぬことはできなかったのだろう。弱って行く中で、娘に出来る精一杯のことをした結果だとディアスは理解した。
理解はしたが、心はついて行かなかった。
「なん、で…。」
「ディアスには不思議なことがたくさんあるよね。多分わたしには言えないようなことがたくさん。それでも、わたしにとってあなたは希望だった。いつでも森に行けばわたしの心は救われた。」
「いままで、ありがとう。大好きよ」
泣きながら笑顔で言いきると
マーリンは走って森から出て言った。
「マーリン!!」
ついマーリンを呼んでしまったが
ディアスは立ちすくむしかなかった。
追いかけてもお互い辛いだけだ。
彼女には幸せな未来があると自分の気持ちを押さえ込んだ。
その夜、森には竜の悲しい鳴き声が響いた。