世界を変える瞬間を
「捜索班に告ぐ!」
ノリノリな先輩を目の前にして、ついついため息が出そうになる。
「ターゲットはご存知、前生徒会長!卒業式後、各クラスのホームルームを終え、いつの間にやら行方不明!だが奴のことだ!まだ校内にいるに違いない!各員、健闘を祈る!」
ここで「ハイッ!」と元気よく返事をしているのは、多分俺以外の全員だ(さらにいうと若干名、敬礼のポーズをとっている)。とっくの昔に引退した、生徒会前副会長の指示(命令ともいう)はいつもこんな感じで、俺はと言えばいつも「何言ってんだ」と言わんばかりのつめたい視線を浴びせる係だった。何せ、ほとんどが悪ノリと悪知恵の産物である。それを前会長が、いつも「ほら、あんたも」と背中を押して、俺はようやく、渋々指示に従うのだ。いや、アンタは止める側だろ、と何度思ったことか。
今日だって絶対返事なんかしない。「何言ってんだ」と言わんばかりのつめたい視線も浴びせてやる。ただ、今ここに俺の背中を押してくれる人がいないだけだ。
だから、今日の、これ一回こっきりだ。
自分から副会長に従うなんて。
生徒会役員(前副会長がいうところの、「捜索班」)がぞろぞろと部屋を出ていき、最後尾に立ってそれに続こうとすると、後ろから声がかけられた。
「珍しいなぁ、現副会長」
発言者は言わずもがな。
「お前が俺の言うこと素直に聞くなんて」
「この顔が素直に見えますか」
振り向きざま、思いっきり顔をしかめてやったら、「あー、そう、その顔!その顔が見たかった!」と大喜びされた。なにゆえ。
顔はそのままの状態で、ふと疑問が口をついた。
「なんで、会長を探すんですか。集合の連絡もなかったのに」
そうなのだ。今日、彼ら先輩二人は卒業式を迎え、晴れて我が校を卒業した。卒業式後はきっと思い思いに過ごしたいだろうから、と思って、現生徒会からも特に招待はしなかった。
でも彼は、当然のように生徒会室に乗り込んできて、当然のように「前会長がいねぇじゃねぇか、オラ、探せ!」と指示を下す。そして後輩一同も、当然のようにその指示に従う。それはなんだかとても、認めてしまうならば――――――懐かしい光景だった。
「なに、最後にお前らと写真とりたかっただけだよ」
あいつがいねぇと寂しいだろ、と言ってから、彼はククッと笑った。「そういやあいつ、写真嫌いだったわ。写ってくれっかなー」
確かに、前会長は、大の写真嫌いだ。生徒会誌に載せる役員の紹介写真ですら逃げようとしていた。
「写真撮るって言ったら、あの人きっと来ないですよねぇ」
何の気になしにつぶやくと、彼は「お?」というような表情でこちらを見てきた。
「なんですかその顔は」
「いや…お前、今日の俺の指示にはほんとに従うのな」
心底嬉しそうに俺の顔を見てくる彼。あえてはっきり言おう、気持ちが悪いと。
だから、俺、センチメンタルになるな。
「俺はただ…」
俺がアンタに従うのは、
「今日あの人に、改めてちゃんとお礼が言いたいだけです」
俺の利益と一致したからに過ぎない。
「それであとは、」
絶対、絶対にだ、
「先輩二人が並んだ姿を、もういっかい、見たいだけです」
今日が最後だから、なんかじゃない。
これからだって俺は、何度だっていつもの光景が見られると思って疑わなかったのだけれど、いつの間にか先輩たちは引退をしていて、今日ついに卒業を迎えてしまって、―――あぁ、ほんとうに今日で最後なんだって、思ってしまったからだなんて、絶対に認めない。
しばらく俺の顔を眺めていた彼はニイッと笑って、―――そう、俺もその顔が見たかった―――徐に口を開いた。
お前、俺たちのこと大好きだな、と。
前会長のいる場所には、心当たりがある。
一階の生徒会室から出ると、すぐに階段をのぼりはじめる。ほかの役員たちは、俺と前副会長がしゃべっているうちに、それぞれ捜索を開始しているらしい。
だが、俺の勘が間違っていなければ、他のやつには思いつかないところに彼女はいるはずだ。違ったら違ったで、また探せばいい。
これが屋上ならどこぞの青春マンガになるんだろうけどな、と思いながら、階段をのぼり続ける。残念ながら、我が校の屋上は、危険だか何だかで立ち入り禁止だ。
だから、その一歩手前。
屋上へつながる、閉鎖された扉の前、階段の一番上の踊り場。
俺と彼女が、最初に会った場所だ。
雨が降っていたっけ。
あぁそうだ、入学したばっかだったけど、もう疲れちゃって、高校生活なんかどうでもよくなって、校舎をウロウロしていたら、ばったりここにたどり着いちゃったんだ。
彼女は扉から屋上を覗き見ながら、ドアノブに手をかけて、
―――そう、ちょうどこんな風に。
「探しましたよ、会長」
後ろから声をかけても、彼女は驚かなかった。なんだか、俺が来るのがわかっていたみたいに。
「おかしいな、私、特にお誘いとか受けてないんだけど」
なに、連絡ミス?組織にはあるまじきことだよ、現副会長くん。こっちを見て話さないのも、軽口も相変わらずだ。
「ご心配なく。我らが前・副会長の御指示です」
前、の部分を強調して言うと、彼女は耐えきれなさそうに笑った。その、「だろうな」とでも言いたげな雰囲気に、抑え込んだはずの寂しさが押し寄せてきそうになる。
俺たちのこと大好きだな、だって?そんなの、当たり前じゃないか。
俺が今まで、いったい誰の背中を見て高校生活を送ってきたと思ってる。誰に憧れてこの2年間を過ごしてきたと思っている。あんたらのいないこれからの1年間に、俺がどれだけ、どれだけ――――――怯えているか。
「しかし、アンタがあいつの指示を聞くとはねぇ」
「それ、本人にも言われました」
そんなに俺は、彼の指示を聞かなさそうだろうか。聞かなさそうだろうな。一瞬で自問自答が終了してしまった。自分のこれまでの行動から考えれば、一目瞭然である。
「仕方ないなぁ」
彼女は伸びをする。「せっかくの悪友の招待だし、最後の最後で珍しく君が彼の言うこと聞いたっぽいし、顔くらい出すか」彼女はどこまでもフリーダムで、気のままに生きている。
自由で、奔放で、でもどこかにきちんと責任感は持ち合わせている人。放っておくと何をしでかすかわからない(一回、生徒会室の床で寝落ちていたことがある)。目が離せない。おかしいな、俺後輩なのに、なんで先輩の世話なんか焼いてるんだろう。そう思ったことは数知れず。
でも、違うんだ。何回ため息がこぼれても、周りから「生徒会のおかん」と笑われても、俺はあなただから世話を焼いたし、あなたがいたから今がある。探しに行くのがほかの先輩だったら、それこそ前副会長だとしても、俺は多分動かなかったと思う。俺があなたを、ただの先輩として見ていないからだ。
最後に写真が撮りたかっただけ。ニイッとした顔の似合う先輩はそう言った。
最後の最後で。目の前のフリーダムな先輩はこう言った。
なんでそんな悲しいこと言うんだろう。そんな疑問の答えは、それが事実だからだ、だけで事足りる。
まだ間に合うだろうか。そんな事実を覆すのは。今日を最後にしなくてすむのは。
きっとあなたは、今日が終わったら、俺の中の世界から徐々にいなくなってしまうんでしょう。ずっと世話を焼いてきたから、俺はことあなたの性格に関しては、生徒会の他の誰よりもよく知っている自信がある。
だから、うぬぼれてもいいだろうか。これは俺にしかできないことだって。
正直、何て言えばいいのか、自分の中ではまだ定まっていない。俺の中にあるのは、言わなきゃいけないことがある、たったそれだけ。
言わなきゃ後悔する。だから、言う。たった、それだけのことだ。
「橋本先輩」
聴いてほしいことがあるんです。もしかしたら、途中で詰まったり、何が言いたいのかよくわからなくなったりするかもしれないけれど。俺はただあなたに聴いてほしいんです。今までさんざん迷惑かけられてきたんだ、今日くらい、俺もわがまま言ったっていいでしょう。
「何でしょう、榎木くん」
今日初めて、目が合った。それだけで、色んな思いが交錯しそうになる。ありがとうも、好きだも、胸の中でぐるぐるめぐって言葉になりそうにない。
やっぱり、最初はこの言葉を贈ろう。俺の話は、そこから始まるのだ。
「―――卒業、おめでとうございます」
でも絶対に、さよならなんか言わせない。
―――あなたの世界を変える瞬間を
勢いで書いてしまったものであります(笑)
最後まで読んでいただけて光栄です。