枯れた百合
色んな話に手を着けすぎて一向に書き終えない中、大分順番を無視していますが、初めての作品になりました。
まだまだ未熟な作品ばかりになりますが、どうか一度読んで頂ければ幸いです。
――――僕は夏休みが終わってもおばあちゃんの家にいた。夏も秋も冬も春も……そして、翌年の夏も。
僕は女の子のいる木の下に足繁く通った。それしかすることがなくなってしまったようだった。
「順、おばあちゃんがご飯できたって言ってるよ。」
友だちの絢子は毎日、無理をして僕のいる所まで迎えに来てくれた。誰も僕を叱咤激励しない。皆、僕が自分で立ち直るのを根気強く待っているらしかった。僕は皆の優しさに甘えて毎日のようにあの木の下に出掛けた。
僕と女の子の毎日は変わらなかった。女の子は寝ているか、遠くを見つめているか。僕はその下で女の子と同じようなことをして過ごした。寝たり、眺めたり。
こんな録でもないことをしていても、事態は少しずつ好転していくことに僕は不思議な気持ちを抱いていた。
翌年、中学生になる頃、僕は朝早く起きて新聞を配る毎日を送るようになっていた。
おばあちゃんから受け取った手紙は机の引き出しに入れてある。
そうこうして、さらに5年が過ぎた。17才になり、僕はその年の夏にアメリカに向かうことを決心した。
たくさんバイトをして、たくさん勉強もした。留学生のエリザベスとも仲良くなって、初めての海外旅行のアドバイザーをしてくれると約束してくれた。
もちろん、旅行の目的も伝えてある。エリザベスは僕に負けず劣らずのロマンチストで、僕の話を聞き終わるよりも早く、号泣していた。そんな彼女が微笑ましかった。
「順は楽天的過ぎるのよね。そしてリズはロマンチスト過ぎ。本人がその場所に来るって確証もないんでしょ?何処に住んでるのかも分からないし。」
親友の絢子もこの小旅行に付いてくるというのだ。
「心配だからよ」と言う彼女の分かり易い下心に、僕は好感を覚えた。
「返事はないけどさ、別に見つけ出すのが今回の目的じゃないから。指定の場所にいなかったら、それはそれで諦めるさ。買い物でもして帰るだけ。大金払って何もしないっていうのは癪だしね。楽しんで帰ることにするよ。」
僕はリズにも手伝ってもらい、渡米の内容と期日、待ち合わせの時間をその手の掲示板に書き込んだ。新聞、ネット、リズの知人のホームページなど。
そして、その返事は一通も来ないまま、渡米の日はやって来た。
「気を付けて行くんだよ。」
今さらだけど、僕はおばあちゃんの愛猫がそんなに好きではない。同じ純白でも、コイツのそれは嘘臭く見えた。
「ハッピーエンド、帰ったら話してあげるよ。」
まるで戦場に赴く我が子を見送るかのように、僕らは熱い抱擁を交わした。
初めての海外旅行は、終始不思議な感じがした。というよりも、聞いていたのと違う。
飛行機は全く揺れない。むしろシャボン玉の中にいるような…、無重力体験をしているような感覚だった。機内食もとても美味しかった。
こっちは治安が良くないと聞いていたのに、会う人、会う人がとても親切に対応してくれる。滞在中、銃声もサイレンも一度だって聞かなかった。
僕の決して上手くはない英語も、面白いくらいに通じた。
幸先は良過ぎるくらいに良過ぎた。
そこには絵本に出てくるような赤レンガの一軒家があった。そして、今回の旅の目的、僕の期待は見事に成就される運びとなるのだった。
「こんにちは。」
男の人は約束の場所にいた。体はガッシリとしているけれど、身長はそんなに高くない。女の子と同じ混じりけのない金髪と、あの白猫のような真っ青な瞳。
老年の風格に黒縁の太い眼鏡がよく似合っていたし、優しそうな皺の形が、緊張していた僕をリラックスさせてくれた。僕はこれが大人の男の人なのだと少し見惚れた。
「こんにちは。僕は小森順と言います。あなたは僕が出した広告を見て来てくださった方ですか?」
男の人はゆっくりと頷いた。
「僕の名前はジミー・パトリック。まずは遠路遥々ご苦労様です。」
彼の変に畏まった態度は、また僕を緊張の糸で縛り上げた。
「本当はここに来るつもりはなかったんだ。だけど、それだと僕の心の整理もつかないから。そのためだけにここに来たよ。決して、君たちのためじゃない。」
彼は結婚していなかった。手紙も受け取った。僕の理想通りだった。それなのに僕たちの、ハッピーエンドを求めてやって来た旅行の結末は途端に、羽をもがれた飛行機のようにクルクルと落下していくのだった。
「アナタたちがリリーを殺したのですね。」
唐突だった。呆気にとられつつ、僕はこれが俗に言うアメリカンジョークなのかもしれないと男の人の顔色を伺った。
けれども僕たちに代わって抗議するリズの顔色に、その気はどこにもなかった。
「僕は日本人が野蛮な人たちだと習いました。例えそれが間違っていたとしても、リリーを殺した日本人は私にとって野蛮人に変わりありません。アナタも、アナタも。」
男の人は僕と絢子を指して言った。僕は、殴り掛からんばかりのリズを抑えるのに手一杯で、何も言い返せなかったし、何も反論が浮かばなかった。
自分も渦中にいるはずなのに、絢子は少しも傍観者の態度を崩すことはしなかった。それはまるで、こうなることを知っていたかのような、自然な姿だった。
男の人は僕たちを子どもと見下しているのか、この険悪な空気の中で悠然と構えている。そして淡々と言葉を漏らす。
それが大人の余裕と言わんばかりに。
「大人気ないことを言っているのは重々承知です。ですが、私が彼女に捧げた半世紀を思えば、これくらいの我が儘は許して欲しい。」
僕は遠くを見つめる女の子の姿を思い浮かべた。
「僕はあなたたちを憎むことで、いなくなったリリーを受け入れることにしました。これで、僕とリリーとの想いに終止符を打つことにしました。」
それは一方的だった。子どものケンカよりも見苦しいように思えた。そして僕は彼にも、彼女にも失望した。
……でも、僕は彼女たちの物語の中では単なる郵便屋でしかない。彼が僕を非難することに正当性を欠いているように、僕が彼に何か意見することはとんだお門違いだった。
言いたいことを吐き出した男の人は、僕たちの前からそそくさと去っていった。
「ゴメンね。」
アメリカ人を代表した気で、リズは僕たちに謝罪したらしかったが、僕はリズが好きだし、アメリカ人が皆、厚顔無恥だなんて僕は思わない。
パトリックさんの逆恨みに対して、僕はあまり悔しいと思わなかった。反対に、『仕方がない』と変に理解できた。
50年も水をあげなかったら、どんなに真心を込めていても植木は綺麗にならない。そんなイメージが僕を説得した。そして僕はそれに応えることにした。
ただ、こんな結果になるのなら、手紙を手元に置いておけば良かったという後悔だけが残った。
何にしても、僕は自分がまだまだ子どもなのだと痛感することになった。
「私は買いたい絵も服も買えたし、何も文句はないけどね。」
そんな台詞を吐ける絢子を羨ましく思った。
「また、来ようよ。」
帰りの飛行機は、行きよりも揺れが大きいように感じる。そんな旅行になった。
あの黄金色の瞳が映す世界は、時間が止まっているらしかった。女の子が、遠くを見ている時間と眠っている時間とは全く同じものだったんだ。
『あの日』から、少しも回ってなんかいない。
だから女の子が歩いている姿を一度も見なかったんだ。だから一度だって僕を振り向いてくれなかったんだ。
僕がもっと早くにその事に気付けば良かっただけの話だった。それが本当のハッピーエンド。
「あれ、サクラはどうしたの?」
家に帰るとおばあちゃんの愛猫が家出をしていた。
※厚顔無恥=図々しく、恥知らずなこと。
今、書いている作品の多くはシリーズものになる予定です。この『高嶺の花』もその一つになります。密接ではありませんが、話の要所、要所に全体像を把握していただける内容がありますので、この作品だけを読んで不明な点があるかとは思いますが、ご容赦下さい。
このような調子なので、どうか気長にお付き合い下さい。
シリーズものの都合で、3話まるまる手直しをさせてもらいました。キーワードや変な文章を直したくらいで、お話の内容自体は変わっていません。m(__)m