2.チョウジン、認める心
暗い森を迷いなく進むドラゴナーの後ろを、できるだけ足音を立てずについていく。向かっている方向は前を走っていた馬車を0時の方向とするならば、ちょうど2時の方向だ。そう、襲われた奴らは見捨てる。こちらが数での勝負だとすると、あちらは少数精鋭。ヒガシノヤマ隊には12名しかいない。この人数だと、わざわざ殺されに行くようなものだ。
それにしても暗い。こいつらは周りの景色が見えているのだろうか。ヒューマンな自分は前の蛇男の後ろをひらひらと舞う布がやっと見える程度だというのに。自分の後ろはあのゴブリンで、フガフガと匂いを嗅ぎながら必死に後を追いかけている。いくらか駆け足で進んでいると滝独特のあの音が聞こえてきた。前の布が止まる。
「今から細い道を行く。落ちないように気を付けろ。」
視線を地面に落とし(自分がどこを向いているのかわかったものではないが)じっと目を凝らしてみても、小さな粒のようなものが見えるだけで、何も見ることが出来ない。さて、このまま足を踏み外さずについていくことが出来るのだろうか。心細い気分になりつつ、再びはためきだした布を追う。滝の音が近くになると、布のはためきが静かになった事に気づく。どうやらここから道が細くなるらしい。布を視界の中心に入れるようにして一歩ずつ慎重に足を進める。ガラリという音が右から聞こえたから、きっと二歩ほど右に進むと崖のようになっているのだろう。布が見えなくならないように一定の速さを保ちつつもかなり神経をとがらせて前へと進む。
「早く進め!後ろから奴らが来た!」
ざわリと空気が揺れたかと思うと、布のはためきが大きくなりどんどん視界から消えていくようになる。視界から完全に消えてしまっては、どうしようもなくなってしまう。焦りを背に感じつつ急いで右足を前に踏み出した。
―――ように思った。
そこに踏むべき地面はなく、体はぐらりと傾く。いや、傾いているのか、どこを向いているのか、何が起きているのかわからないまま宙を漂っている。布の端などとうに視界から消えていた。そのかわり、布ではなく、柔らかく降る羽が目に映り込んだ。ヒューマンは死を迎えると天界に逝くなどと言うが、はて、これがその迎えの天使とやらだろうか。体の端がぐっと強い力で押されたかと思うと、視界の端にあの鳥人の顔が浮かんでいた。あの鳥人の髪が黒かったから、顔が浮かんだように見えたのだろう。ぼんやりとそんなことを考えていると足が地面に着いた。着いたということは、まだ生きているという事だ。
「助けていただき、ありがとう、ございます。」
声にならないほど小さい声で礼を述べると、鳥人は笑みを浮かべて自分から手を放した。冷たい風が足元を流れるとその場に鳥人の姿は無く、後ろから肉の切れる音とギャッという短く低い断末魔が聞こえた。
ヒガシノヤマ隊は森を抜け、先を行っていた隊と合流することができた。生き残っていた数は9。これだけ残ったのは奇跡だと言えるだろう。森を抜けてからあの鳥人になぜ自分を助けられたのかを問うと
「落ちたのが見えたから」
という小さい返事だけが返ってきた。噂は本当で、彼がヒガシノヤマだということをやっと認めることができた。
日が昇るまであと少し。