1.ヒガシノヤマ、疑いの眼差し
ギルドに加入してすぐ戦争は起こった。予想通りイワキも戦地へと赴くこととなる。イワキはヒガシノヤマ隊の馬車に乗せられることになった。馬車といってもお貴族様が乗るようなものではなく、荷馬車の中の端に木箱をイスのように取り付けただけのものである。イスはすぐにひとつ残らず座られ、座ることのできなかった者達は床へ腰を下ろす。幸い初めのほうに詰め込まれたイワキは一番奥のイスに座ることが出来たが、幕が閉じられた瞬間ほんの少し後悔することになる。
――くさい。
イワキはぼんやりと周りを見渡した。正面には顔が鱗でびっしりと覆われ、ヒレのようなものがヒューマンの耳に当たる部分から生えているドラゴナーが座っている。隣には緑色の肌を持つゴブリンがふっふっと浅い息を繰り返している。
(こいつのせいだな)
はあ、と少しため息をつくとゴブリンの前に倒れこむようにして伏せていた哀れな鳥人の少年に目を向ける。息は直撃だろう。実際、少年は顔を真っ青にして震えていた。
パシッという子気味良い音が風を切ると馬車は静かに動き出した。彼は目的地に着くまでに何度吐くだろうか、などと考えているとヒソヒソと小さく低い声が耳に入ってきた。
「おい、見ろよあの鳥人。アイツがヒガシノヤマらしいぜ。」
「嘘だろ。ヒガシノヤマっていうと、このギルドの幹部だぜ。お前、緊張で頭がやられたか?明らかにあの竜の奴が強いだろ。」
頬がこけ、目が吊り上がった(きっと蛇の血が混ざっているのだろう)男が前のめりになり、正面に腰を下ろしていたガルーの男に話しかける。どうやらあの哀れな少年の話のようだ。確かにあの幼い鳥人よりも、この目の前に座っている鋭い目つきの竜の方が断然恐ろしさを感じる。大きな口はヒューマンなど一口で食べてしまいそうだ。
「本当だって。緊張してねえっての。だってほら見てみろよ、右肩の刺青。ありゃ幹部の証拠だろ。その竜の奴は補佐、らしい。まるで逆だな。」
「おいおいマジかよ。上の奴らは何を考えてるんだか。」
少年の捲りあがった服から除く右肩には確かにこのギルドの紋が黒い色で彫られていた。もし服が脱げていなかったら雑用と思われるのが妥当だろう。にわかに信じがたい。どうにも――マヌケだ。この馬車に乗ってよかったのだろうか。今更考えたところで(乗る前に考えてもこの結果は変わらなかっただろうが)どうにもならない。
「でもよ、ヒガシノヤマの噂が本当なら幹部に居たっておかしくねえだろう。」
「噂?」
「山一つ簡単に消したり、敵対ギルドを一人で壊滅させたり。とりあえず強いらしい。」
ガタンッと大きな音を立てて馬車が止まった。目的地に着くにはまだ早いようなきがするが、何か起こったのだろうか。いち早くあのドラゴナーが馬車から飛び出していき、後に続くようにして戦士たちも飛び出していった。自分も続いて出ようとしたが、何かに躓きその場で踏みとどまってしまう。あの鳥人だ。
「大丈夫かい。」
呻き声を上げながら体をゆっくり起こした少年は掠れた声で、小さく「ありがとうございます」と言った。そのとき、幕の隙間から蛇の男が顔をのぞかせた。
「おい、中に残っている奴。どうやら前の奴らが敵に見つかったらしい。こっちまで足止めを食らっちまった。ここからは馬車を使わずに行くぞ。」
急いで荷物を背負い自分も馬車を飛び出す。置いていかれたらたまったものではない。外は暗く、明かりはドラゴナーが持っているランタンのみであった。ドラゴナーは馬車から転がり落ちるようにして出てきた鳥人を担ぎあげ、ランタンを二回振った。"静かについてこい"の合図だ。ざわつきは一瞬にしてなくなり、ランタンの明かりは落とされる。夜の始まりだった。