0.イワキ、ギルドの門を叩く
背負った黒い毛皮を靡かせる王の目下に広がるのは――群衆。鼻が潰れ耳の尖った者、体から膿を垂れ流す者、或いは鋭い牙を何本も口内に揃えた者。唾を飛ばし咆哮する獣達に王は静かに剣を掲げた。太陽を反射し爛々と輝く剣先を、彼は音もなく横に滑らせた。
屈強な男達が集うギルドにその青年は居た。まだ幼さを残した顔を上げギルドの看板をぼんやりと眺める男は一人である。ギルドに出入りする男達に揉まれ右へ左へと流れる姿から、彼を見ていた人は「ひょろい」という印象を持つだろう。
男の名はイワキといい、駆け出しの冒険者である。そんな彼がこのギルドの門を叩いた理由を端的に表すならば、事故だ。彼はいつも通り日が地平線を超えるころに目を覚まし、朝食を食べ、窓辺で優雅に水パイプをふかしていた。しかし、彼はいつも通り花の世話をするわけにはいかなかった。なぜなら彼の構える店――フラワーイワキが突然爆発したからだ。
「私がいつも通り河川沿いを散歩していると、怪しげな――そう、囚人服を着た、やけにボロボロな男が素足で花屋に入っていくのを見たのです。気になって、花屋の向かいの公園のベンチに腰掛けていると、案の定なにやら騒ぎが起こっているらしくて。塀からそっと覗くと、さっきの囚人がドワーフの少年を人質にして、店の主人に何か怒鳴りつけているんです。私の耳が拾えたのは、炎と爆発、金という単語だけでしたが、あらかた予想はつきました。囚人はきっと、"俺は炎が使える。金を出さなければこいつの頭を爆発させる"なんて言ったのでしょう。そこからは早かったですね。店の主人が男に体当たりをして店の外に逃げ出したんです。少年も連れてね。囚人が怒って――このありさまですよ。」
ははは、と笑う近隣の住民に礼をしてメモ帳を閉じる。ここの店主も哀れなものだ。
ギルドが広いとカウンターも長いのだと、イワキは今日初めて知った。受付嬢のエルフは「ご依頼はあちらですよ」なんて言ってくれるが、自分の目的は依頼ではないのだ。簡易看板に書かれている単語は、雇用。そう、雇用だ。キリキリと胃が痛むのがわかる。近々戦が起こるらしいから下っ端にはなれるだろうけど。
「冒険者、かあ…」