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勇者の葬斂

仕事の合間にコツコツ書き溜めて投稿するので、かなりのスローペースになるかと思いますが、完結まで頑張りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

 荒廃した王城。


 嘗ては煌びやかな内装で、栄華を誇った玉座の間だが、既にその面影は無く。そこには、辛うじて服と言えるような、薄汚れた布を纏う男だけがいた。男の振るった、容赦も躊躇も慈悲すらも無い剣戟の音だけが先ほどまで甲高く響いていたが、残滓の様な余韻すらも真実鳴り止めば、辺りには痛い程の沈黙が訪れる。


 王には自信があった。何せ、一対多勢の状況に踏まえ、この国の頭脳である宰相が考え抜いた策略と、それを実現させるだけの術と力を持った選りすぐりの精鋭たちが居たのだ。死角など、無い筈であった。


 王は最期の瞬間まで、揺るぎのない勝利を確信していた。だが現在、王の首は玉座の背凭れごと、見事に撥ね飛ばされていた。その顔は薄っすらと笑みを浮かべたままであった。


 鬨の声が上がってから、僅か三分にすら満たない短い時間。たったそれだけの時間で雌雄が決した。実に呆気ない戦争の幕切れである。いや、戦争と呼ぶことすらも烏滸がましい。天災、そう称しても過分ではない程、圧倒的且つ一方的な命の搾取であった。


 その凄惨な光景を生み出した張本人は、自らが蹂躙した、名も知らぬ兵達の死体を一瞥する。大地に打ち捨てられた彼らの浮かべる表情は、等しく精悍であり、恐怖や絶望になど彩られてなどいなかった。自らの死を認識する間も無く、その命を刈り取られた事が窺い知れる。


 真紅の絨毯は赤黒い液体で染め上げられ、王冠を彩っていた宝石は無残にも砕け散っていた。丹念に磨き抜かれていたであろう大理石の床も、誰かが撒き散らした脂で汚れ、今は曇った輝きだけを放つ。壁に掛けられた絢爛豪華な鏡は血飛沫に彩られ、その中には幽鬼のような存在がぼんやりと写り込んでいた。


(…は、随分と酷い有様だな)


 ざんばらに伸ばされた黒い髪に、落ち窪んだ黒い瞳。血の気が失われ土気色となった肌に、痩けた頬。幾多の戦いにより、薄汚れ擦り切れ、襤褸に成り果てた衣服。最低限の栄養しか摂取していなかったからか、髪も肌もカサカサと乾いている。紛れもなく、男の姿であった。


(なんて見窄らしい…だが、今の俺にはなんて相応しい姿だ)


 嘲笑に歪められた口元以外、鋼のように動かぬ表情の裏で、冷めた視線が揺ら揺らと静かに燻る。目を瞑って現実を拒めば、瞼の裏に浮かんでくる記憶に新しい兵士の亡骸。彼等の希望や未来を奪い取ったのは、紛れもなく自分だった。


(ああ、なんという醜い存在だろう。彼等の代わりに、いっそお前が死ねば良かったのに!)



 死にたがりの死神。



 単騎で無謀な戦に挑み、何百何千何万という命を奪ってきた彼に、周りはいつの間にかそのような通り名を付けた。世界からの、ありったけの皮肉と怨恨とを含む蔑称であったが、青年は罪業のようなそれを、すんなりと受け容れていた。


他の誰でもない自分自身が、自らを咎人と認めていたからだ。


 胸中に蟠る感情を誤魔化すように、青年は目を開け、その視線を頭上へと移す。暗闇に慣れた瞳を灼いてしまいそうな程、崩れた天井から覗く太陽は憎らしいくらいに、燦々と輝いていた。


(降り注ぐ光は、こんなにも等しく輝いているのに、どうして世の中はこんなにも無情なのだろうか)


 未来を夢見た年若い兵士は死に絶え、死を望んだ男に対しては終焉という救済は訪れず、罪過に囚われたまま生かされる。


(やはり世界は、残酷だ)


 そんな事を薄ぼんやりと考えながら青年は、大きく息を吸い込み、出鱈目な音の羅列を吐き出した。


「ーーーーーーーーーーっ‼︎」


 大気を震わす、獣じみた咆哮。そこに意味など欠片も無かった。迸る感情のまま、言葉に成りきれなかった音を只管にぶち撒ける。慟哭に似たそれは、彼の出来うる、たった一つの懺悔の形であった。懇願するように天を仰ぎ、最後まで音を振り絞る。


 歓喜、憤怒、悲哀、悦楽。


全てが綯い交ぜになった、正しく混沌と呼ぶべき感情。それが号哭によって漸く瓦解し、空気へと溶けていけば、鮮血に染まった彼の思考も同じ様に解けてゆく。


そうして彼は、仮初めの安寧を得るのだ。


 理性の箍が外れた畜生が、再び人の世に紛れて生きる為、激昂した本能を諫め人の皮を被る。人の心に憧れる一方で、獣の性を捨てきれず、人の心を壊してしまう孤独の生き物。それが彼の本質であった。


なんという最低の矛盾だろう。


だが青年はいつも、その最低の矛盾に苛まれる瞬間にこそ、自らが生かされている意味を細やかながらも見出す事が出来た。


 遠くを眺めるように目を細め、張り詰めていた精神を宥める為、今度は静かに、深く息を吐いた。


「………疲れた、なあ…」


 空虚な戦場へ融かすように呟く。青年の渇いた心が絞り出した、誰にも聞かせられない本音であった。


「…また、独りだ」


 生きている者は、彼以外に居なかった。敵は全て彼一人で殲滅したのだから、当然の結末である。その事実に寂しさや虚しさが込み上げる一方で、安堵する自分がいた。それに気付いた青年は、口許を歪め笑う、嗤う。


 やっと演じる必要がなくなった。大衆の目は、もう無い。頑丈な楔を引き抜き、丈夫な鎖を千切り、強固な枷を外し、重たい鎧を脱ぎ棄てる。


「…ああ、ちゃんと。俺はまだ、生かされている。」


 だから、これからも君の遺した意思を救う盾となり、君を裁いた敵を屠る矛となろう。そう、君が俺の死を赦してくれるその瞬間までは。


 青年の脳裏によぎったのは、嘗て自らの全てを捧げると誓った、黄金を細めて薄く笑う、少女の柔らかな表情と、彼女が迎えた壮絶な最期の瞬間(首から下を亡くした姿)であった。



ほの淡く灯った希望はある日突然、余りにも呆気なく塗り潰された。以来訪れるのは絶望と、失望。その二つだけを繰り返してきた彼のその後の人生は、その心を容易く傷付け、容赦無く蝕んでゆく。荒んだ心を唯一癒したであろう褥は勿論、還るべき国すらも、とうの昔に滅んでしまった。愛した人の温もりは、記憶の彼方。世界の色を失った彼に、選択肢など用意されていなかった。残されたのはたった一つ。




全てを斃す。



ただ、それだけであった。


 最初はそれだけで前に進めた。だが、ある時気がついてしまった。この残虐な行為に、何も意味がないのだと。このような事を繰り返したところで、死人は生き返らないのだ。


しかし今更それに気付いたところで、最早後戻りなど出来ない場所まで来てしまった。


他を寄せ付けない圧倒的なまでの強さは、周囲に畏敬の念を抱かせ、同時に畏怖の念を植え付ける。だから余計に彼は、独りで戦う事しか選べなかった。守る事も、護る事も出来なかった。ただただ壊す事でしか、立ち向かえなかった。独りで戦う術しか、彼は知らなかった。


それこそが今の彼が知り得る、仮面を剥ぎ取る唯一の方法だった。


全てを斃せば。


彼を見る者は居ない。

彼を観る者も居ない。

彼を恐れる者は居ない。

彼を讃える者も居ない。


孤独に戦い、最後の敵を屠った時。彼は漸く彼らしく息をする事が出来るのだ。


何時如何なる時でも強者として、世の中の全てから望まれ、妬まれ、怨まれ、憎まれ、強要された彼は、それ以外に息をする方法を知らなかった。息を止める方法など、誰も彼に与えてくれなかったのだから、精々生きるしかない。


「ああ、畜生…」


 糾弾されたいのは、赦されたいから。断罪されたいのは、救われたいから。だからまだ、彼は死ねないのだろう。神という存在は何時だって罪の重さに相応しい罰を、愚かな子羊に与え賜う。


幾万の人々を屠り続け、数多の血を浴びてきた彼は何時からか、誰かの赦し(裁き)を得るまで死ねない体となっていた。


赦しとは、全力の死闘の中で死を与えられる事。だが彼は、誰にも負けない、故に死なない。だからこその英雄。


裁きとは、圧倒的な力によって為す術なく殺される事。だが彼は、独りでも存分に戦えた、故に死ねない。だからこその死神。


いつの間にやら我が身に根付いたこの呪いこそが、彼に与えられた罪の証であった。


この世の全てが馬鹿らしい一方で、目の前に映る世界の何もかもが愛おしい。英雄の心と死神の心とが、互いを否定し、肯定する。


(ああ。結局のところ俺は、自らの行いを悔いていないのだ)


それどころか、誰かに認めて欲しいとすら望んでいる。だから、死ねないのだろう?だから、死なないのだろう?


薄っすらと自嘲を浮かべながら、自己満足でしかない諮問の余韻に浸っていると、荒廃した景色に不似合いな程、能天気な声がその静寂を引き裂いた。


「はいはあい、浸ってるとこ申し訳ないけど取り敢えず!此処までおつかれちゃんってとこかなぁ?」


 後ろから唐突に響いた声の主は、青年を恐れる事なく近付く。


「やあやあやあ、こんばんはぁ!呼ばれてないけどジャジャジャジャア〜ン‼︎皆のアイドルこと、僕ちゃんがお邪魔しちゃうよぉ?」


 嫌という程見覚えがあった。この世界で誰よりも何よりも自身のカンに障る存在。余りにも神経を逆撫でしてくるものだから、もはや視界にすら入れたくなかった。だが、無視を決め込んだ所でこいつは御構い無しに構ってくるのだ。青年は不快感を隠そうともせず、舌打ちを零した。


「黙れ、去れ、消えろ」


 短く拒絶の言葉を吐き捨てる。だが、それすら意に介さず少年は、にやにやと、いやらしい笑みを浮かべ、悠然と歩みを続ける。


 白銀に煌めく美しい髪。全てを見透かすような黄金の眸。恐ろしい程に整った顔立ち。鈴を転がしたような澄んだ声。だがその容姿とは裏腹に、浮かべる表情はいつだって皮肉に満ちている少年。清廉さを感じさせる響きのくせに、紡ぐ言葉はやたら不快感と嫌悪感を煽る愉快犯。自らを神と称する狂人。最期を望んだ青年をこの世界に縛った張本人。


「んん?おやおやおやぁ!随分とまあ吹っ切れた様な顔だねぇ?今の気分はどうかなぁ?やっぱり最高に素敵な感じなのぉ?」


 ざりざりと。紅い唇から溢れる様に吐き出された悪意と好奇とが音を立てて這い寄る。耳障りな音だと、心底感じた。


「ついさっきまでは最高だったが、テメェの胡散臭ぇ詐欺師顔を見た途端、最底辺まで落ちた。とっとと失せろ、この悪魔め」


「ひどいなぁ、こんな可愛い子ちゃん捕まえといてぇ。そんな酷い事を言っちゃう悪い子には、お仕置きが必要だよねぇ?」


 くふくふと笑っていた少年が突如としてその表情を無くすと、少年の纏う空気が膨れ上がり、明確な殺意となって青年へと向けられた。


「今回も失敗みたいだからさ、ここらでいい加減リセットさせてよ」


 青年の脳内で、骸となり地に斃れ伏す自身の姿が瞬時に浮かび上がり、歓喜と悪寒が背筋を撫でる。一方少年は、自らの前に佇む青年の幸福感と不快感が入り混じった複雑な心象を確認(・・・・・)すると、再び柔和な笑顔を形造り、軽々しく別れを告げた。


「それじゃあバイバイ、勇者さま」



 殺さなければ、自身は確実に殺される。それは予感ではなく、確信であった。

幾度となく剣を交え、生き残ってしまった経験に則った、野生的な勘(第六感)と言ってもいいだろう。


 死は、青年が望んでいたものだった。心の底から冀った終わりであった。だから一瞬、享受した。しかし刹那、それを拒絶した。


 確かに死は、彼自身が渇望したものだ。だが、これは違う。死ではない。終わりではない。そう、そうだ。前にも同じような事があった。終わりではない、始まり。白の死神は、繰り返せと言うのだ。箱庭がひらくその瞬間まで。楽園を目指せと。


俺に生きて欲しいと懇願する金色は果たして、かのじょなのか、かれなのか。わからない。わからない、けれど。


またおれは《えいえん》をはじめなければいけないのか?


ひたひたと、近付く暗闇の恐怖。払わなければ、いけない。危険、そう。危険だ。此れは恐ろしいモノ。手を出してはいけない。でも、戦わなければ。戦わなければ、その先には繰り返し(・・・・)しかないのだから。


 奴を殺せ!


脊髄反射のような其れに逆らわず、異空間へ仕舞っていた宝具を喚び出す。


「っ、遍く神に乞い願う!我に仇為す敵を穿ち、我が手に永久の栄光を授けよ!神槍グングニル!」


 一度加護を宿したその武器を抜けば、勇者である自分は最早無敗。そう信じていたし、実際敵う者などいなかった。いない筈だった。


 しかし、


「危ないなぁ、防御シールド


 渾身の一撃を、初級魔法である防御シールドで弾かれる。それどころか、最古の竜が纏ったミスリルの鱗すらも呆気なく刺し貫いた槍が、シールドと接触した穂先から、粉々に砕けてゆく。


「なっ…⁈」


 驚きに目を見開く勇者を、事もなげに見やると少年は、がら空きの胴に向かって手を翳し、勝利の言葉チェックメイト宣言する(つむぐ)


大嵐テンペスト


 暴風が吹き荒び、勇者の身体は玉座が鎮座する壁へと強かに打ちつけられた。その衝撃により、肺から押し出された酸素と共に喀血する。

 本来ならば、大嵐テンペストといった中級の風魔法など、勇者を吹き飛ばす事こそ出来ても、深刻なダメージを与えるには至らないものである。だからこそ勇者は、その技を避けること無く真正面から受け止める判断を下した。だがしかし、その誤った判断の代償が、筋肉は千々に断裂し、骨は粉砕、内臓は破裂といった汲々たる容態である。少年の力量を見誤った、それが勇者の、唯一で無二の敗因であった。


「残念だけど、僕は異分子たる君よりも遙かに上位の存在なんだよねぇ。なんてったって、神様なんだからさぁ!そこんとこ、ちゃあんと理解してほしかったかなぁ?」


「漸く俺を、赦し(・・)に来たのか…?」


「いやぁ、寧ろその逆かなぁ?哀れな子羊を裁き(・・)に来たんだよぉ!」


「くそ…、たれ…め…」


 崩れ落ちた玉座にぐったりと凭れ掛かる黒髪の青年。この国、いや、この世界で黒を纏うのは彼だけだった。異質たる所以の漆黒。


 黒は呪と祝の色であった。唯人であった筈の青年を、勇者へと祭り上げ英雄として名を轟かせ死神へと陥れるに至った、孤独の色。それが徐々に、神の色たる純白へと蝕まれていき、黒檀の眸は、金の輝きを帯びる。


終焉が近い証拠であった。


「まあ、仕方がないよねぇ」


 かつん、かつん。


瓦礫が転がる嘗ての王の間に、硬い靴底の音が響き渡る。


「因果は巡り、業は自らに還るんだから」


 朗々と、まるで台本を読み上げるかのように。言葉の端々に込められた、過剰なまでの感情と感傷。極彩色で染められたその科白は、矢鱈と滑稽さを滲ませていた。


「罪には罰を。それはこの世界の根底にある、絶対不可侵のルールだからねぇ。それは生きとし生ける全てのものが等しく受けるべき恩寵であり、幸運であり、権利でもある」


 けれど、と少年は言葉を続ける。


「けれど、一方でそれは呪縛であり、絶望であり、代償でもある。全てを救おうとして、その圧倒的な力で全てを斃してきた英雄(きみ)が、ぼくの力によって断罪されるようにね」


 反論の言葉すら、紡ぐことも出来ないのか、青年は残された気力で少年を睨み付ける。


「君は自らの力に溺れて、あまりにも多くを殺し過ぎたんだよ」



 かつん。



足音が止み、代わりにひゅうひゅうと耳障りな呼吸音が、空気に溶ける。


「それもいいかなあって思ったけれど…。箱庭の扉が閉ざされたままじゃぁ、永遠を終わらせられないんだよねぇ」


 青年の前にしゃがみ込み、小首を傾げる。


「君が望む世界は、此処じゃあ無いんでしょぉ?だったらリセットするしか無いよねぇ。…君には幸せになって欲しいからさぁ」


(俺の幸せ、だと?どの口がほざく!)


 そう糾弾したかったが、いざ口を開いたところで最早、喉の奥からこみ上げる血反吐を吐き出す事しか出来なかった。はくはくと動いているくせに、意味のある音を奏でられない唇が酷くもどかしい。


「…だからねぇ、そろそろ。終わりの来ない今生は…そうだねぇ、僭越ながらまた僕の手(・・・・・)で幕引きにしてあげるよ」


 翳された右手に光が集束する。


「…おやすみぃ、僕の愛し子ゆうしゃ


 少年が放った閃光が青年の胸を貫き、辺りは白に支配された。眩さが落ち着く頃になると、其処には神を名乗る少年と、勇者の亡骸だけが存在していた。薄っすらと開かれた勇者の金色の眸から、最期に零れた一筋の雫を少年は優しく拭い、そっと瞼に手を伸ばした。しゅるしゅると、上質な布が奏でる音色を子守唄にして、勇者と呼ばれた男は仮初めの旅立ちを迎える。それと同時に世界が昏闇に包まれた。


 彼の終焉は、世界の終演と同義であった。崩壊してゆく空間で、自らを神と称する少年は静かに言葉を零し、独り佇む。


「本当は、今度こそ最期がくればいいって願ってたんだ。君が選ぶのなら、僕は荒廃した世界でも一向に構わないのだから」


少年はひとり、語りかける。


「けれど、君の本心は違った。君の理想はここではないと、無意識の内に感じてたんだろう。だから楽園へと続く道は未だ見つからない。扉はすぐそこにあるというのにね」


崩れ落ちる世界には目もくれず、目の前の亡骸に向かって、ただただ語りかける。


「君の幸せが此処では無いのなら、僕もこの世界を愛せない。だから僕たちは、いつまでもさいごには辿り着けないんだよ」


 世界の崩壊が終わり、昏い昏い深淵の中には少年と、傷だらけの死体だけが遺っていた。


「君にしてみたら、戦う理由まもるべきひとを喪った英雄は、咎人として裁かれるべき、ということなんだろうね。その愚直なまでの優しさも、嫌いじゃあないよ。寧ろそれも君の魅力だろう。でもね、いい加減目覚めてくれないと、僕は何時まで経っても独りぼっちじゃあないか」



ただ一人の生者は語る。臥した男の亡骸を見つめ。

ただ一人の傍観者は騙る。伏した睫毛に雫を滲ませ。



「…世界が望む未来を正しく手繰り寄せなければ、何度でも死んで、繰り返す永遠を生きなければいけないと分かったら。一体君はどんな気持ちになるのかなぁ?…ああそっか…もう死んでいたんだっけ。そう、そうだね…今度の君も、やっぱり何も知らないんだろうな…」


何も語らないどころか、何の反応を示さない死体せいねんに構わず、少年は心を吐露する。


「でもね、それでも僕は君の笑顔がまた見られるなら、何度だって孤独な朝も終わりの見えない夜も繰り返すよ」


独りよがりな決意を浮かべた少年の顔は、少し前に比べると、幾分かスッキリとしていた。


「だからしばらくはさようならだ、僕の半身」


 その言葉を切欠に、勇者と呼ばれた男の躯は、白い焔に包まれた。塵すら残さない浄化の焔は、終わりの証であり、始まりの合図でもあった。


「いやぁ、至極残念。結構良い線いったと思ったけどなぁ。今回も正解は見つけられなかったかぁ。」


 先程まで漂わせていた悲痛な空気が嘘のように、少年は朗らかに結末を考察する。


「そうだなぁ…惜しむらくは、その高潔な精神が血によって穢れる事が無かったという事かなぁ。そんな気高い君だからこそ、この世界に人として産まれ堕ちて尚、勇者という生贄に選ばれたのだろうけどねぇ…いい加減、妥協や打算も時には必要なんだと憶えてくれたらいいのになぁ」


 だが、それではきっと駄目なのだ。勇者は正義の象徴でなくてはいけない。絶望をうちはらい、希望を芽吹かせる。それが、世界に定められた青年の役割。


少年もそれを薄っすらと理解していた。

けれど、それでも。



それでも、青年の正解(ゴール)を願わずにはいられなかった。



「…次はもっと、上手に生きるといいよぉ」





世界(ぼく)勇者(きみ)との安寧を何よりも望んでいるのだからねぇ。





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