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神様さんだって、寂しい

 右左と昼食を共にした。それは偶発的な出来事で、定期的に起こるものではないと、その日の夜になってから僕は知った。

 夕食が出来てから右左を呼んだが、それに応える声はなく、僕はまた一人寂しく夕食を取ったのである。

 昼食を共にした時、右左は嫌そうな顔をしていなかったが、内心僕を心の底から嫌悪しているのだろうか。

 あまり自分がどう見られているかということを考える人間ではないのだが、右左に関してだけは事情が少し違うらしい。強気に見える人間にも、案外臆病な一面がある。それと比較すると僕のこれは大変失礼だが、ベクトルとしては同じである。

 食事もきちんと取ってくれているし、家の中で偶然会えば言葉はなくとも会釈はしてくれる。僕が異常なまでに気にしすぎるのか。それは右左と話をしなければ分からないことではある上に、そもそもその右左と話す機会がない。

 困った。ああ困ったぞと、僕は学業溢れる学校生活に身を投じていた。

「今日の授業はどうだった」

 昼前の授業が終わり、僕の横の席から委員長さんが声をかけてきた。そうだね、と僕は前置きして、さらりと答えた。

「以前先にやったところだから、大丈夫だったよ」

「そう。私苦手なのよね、現文って」

「委員長さんみたいに綺麗な言葉を使える人だったら、現文なんてすぐに伸びるよ」

「そうなのかなあ。塚田君は理系と文系どっち選択なんだっけ」

「文系。委員長さんは?」

「私は理系。文学から逃げた結果の末よ」

 彼女はわざと自虐的に頬を緩める。

 僕の席に手を伸ばし、やや前のめりになりながら横から話しかけてきた。案の定、周囲の目がこちらへ向いている。俗っぽい話が好きなんだなと、僕は委員長さんに同情してしまった。

「でも現文が解けないとまずいんじゃない」

「うまく教えてくれる相手がいなくてね」

「先生は」

「一にも二にも本を読め。本は嫌ってほど読んでるんだけど、感性的な問題かしら」

 彼女の言葉には理がある。分かる人には分からない人の気持ちや何故分からないが理解できないのだ。だから分からない人の気持ちが分かる先生は、立派な指導を出来るし、どれだけ高学歴でもそういったことの出来ない人は自己満足で終わるのである。

 そういえばここで現文を教えている先生も、なかなか高学歴だった気がする。割と感慨を受けない僕でさえ、最初の授業で「ああ、教えるには不向きな人だ」と思うくらいだから、委員長さんにとっては相当なのだろう。

 委員長さんの悩みを解決してあげるだけの余裕は、今の僕にはない。と言いたいところだが右左と僕の間に大きな動きがない限り、家庭の問題も解決しない。つまり何もない宙ぶらりん状態で、何をしようにも右左ではないが右往左往のどっちつかずで最低野郎なのである。

「私に電話もメールもないけど、うまくいってるの」

 家庭のことを考えていると、間隙を縫うように委員長さんが僕に訊ねてきた。僕は手帳を開き、彼女から受け取った情報を捨てていないことをアピールした。とはいえそれは携帯にデータを入れてませんよという証拠でもあり、出した後にしまったと思わず斜め上に目を反らした。

 だが彼女はやはり少し大人で、そんな僕のやらかしを軽く笑って受け流していた。

「まあ携帯に入れてるとは思ってなかったけど」

「……ごめん。言い訳するつもりはないよ」

「機会があれば携帯に入れるだろうし、ないなら入れない。それだけじゃない?」

 まったくもって正論だ。そして彼女の方が一枚上手である。こうしていると、周囲の騒ぐ妄想が全くもって的外れで、僕がいいようにあしらわれている現実を思い知らされる。

 彼女は少し首を傾げ僕の顔を覗く。目は優しく笑っていて、包み込むようだ。

「ちょっとごめん」

「どうしたの?」

「妹が朝から体調崩してたから、どうしようかずっと迷ってたんだ。今日はちょっと早退するよ」

「そう。プリントとか取っておくね」

「ありがとう」

 僕は嘘をついた。笑顔で嘘をついた。さらりと嘘をついた。人間としてあるまじき行為を何気なく行ったことが、自分でも信じられない。

 僕は鞄に荷物を入れ、手を振る委員長さんに見守られながら、職員室へ駆けた。担任は僕の言動を疑わず、むしろよくしてやれと言ってくれた。よくするべきは、自分の頭だと分かっているのだが、僕はその足を学内にとどめることが出来なかった。

 僕はあの場において、委員長さんから逃げたのだろうかと自問自答した。結果だけ見れば、そうだとしか言いようがない。だが僕は委員長さんから逃げる理由がない。彼女と面と向かい続けても、別に動揺することもない。へんてこな噂の一つや二つ流れても、本人の口から厳然たる事実が漏れない限り、僕の中でそれは真実にならない。それは僕が一番よく知っている思考だ。

 では何故僕は早退という手段を取ったのか。それが自分でも分からなかった。しかも一番利用したくない右左の名を使っての早退だ。もはやこれは、自分の頭をカナヅチで殴りつけるような、理解しがたい行為である。

 昼日中の学生のいない街は、いつもと違う趣を見せる。小さな子を連れ、おしゃべりに興じる主婦や、どこかへ歩いていくお年寄り、携帯で話しながら先を急ぐサラリーマン。いつもの夕方とは違った熱量の中、僕の燃えかすはますます惨めになった。

 妹の体調は無事でした。戻ってきました。ますます情けない。とはいえ、家に戻れば右左に心配をかける。

 どうしたものやら。僕がほとほと困り果てていると、都合のよい存在が目に留まった。

「あれ? こんな時間に何してんの」

 私服で昼の街を歩く自分を差し置き、その声の主は僕に疑問をぶつけてきた。僕がちょうど会いたいと望んだ存在、神様さんが正に都合よく僕の前を通りがかかったのだ。

 いや、と僕は少し立ち止まり考えた。僕が今会いたいと願ったから、神様さんは僕の前に現れたのかもしれない。となると、彼女は何らかの神通力の持ち主ということになる。やはり彼女は本物の神様なのだろうか。

 僕は顎に手を宛て悩んだ。神様さんと出会えたことを忘れるくらいに、考え出した。彼女の存在について、きちんと知る必要がある。僕の直感がそう訴えかけているのである。

「あの……何考えてるのか知らないけど、声かけるのか無視するのかはっきりしてよ」

 僕の眼前に神様さんがいた。十歩以上先にいたはずの神様さんが、ワープした。恐るべし神通力。と、その移動に関してはそんなわけはなく、僕の考え込みが神様さんの存在さえ視界から消していただけだ。その証拠に彼女も大変呆れたような顔で僕を見放そうとしている。

「学校抜け出したの?」

「まあ、そう」

「そういうことするタイプに見えないけど、人は見かけによらないもんだね」

「神様さんは?」

「お日様浴びてるだけ。特に行くところも何にもないよ」

 彼女は屈託のない笑顔でのびをする。半袖から覗く、綺麗な脇が体の部分部分を少しむずむずさせる。

 そうだ、僕は彼女に劣情を催すために会いたいと願ったわけではない。僕は神様さんに頭を下げ、手を合わせた。

「神様さん、神様さん、どうかお話を聞いて下さい」

 彼女は突然僕が手を合わせてきたのが気持ち悪かったのか、少し仰け反っていた。ただ僕のその声も真剣なもので、彼女は困惑する表情を崩さないまま、腕を組んで頭を下げる僕を見た。

「きみの方からそういうこと言うなんて珍しいね。どうした?」

「話すと長くなるんだけど……」

「と、ととと、ということはファミレスだね! よし、分かった、移動だ!」

 神様さんのテンションが突然上がった。僕も一瞬よし、と言いかけた。だがこの制服姿でファミレスに入るのは自殺行為である。妹の看病のために離脱した僕の設定は見事に崩壊し、明日から僕は要注意人物として過ごす羽目になる。

 神様さんをファミレスに連れていってやりたいのはやまやまだが、この近辺でそれは危険すぎる。僕は口を結んでしっかりとまた頭を下げた。

「ごめん、早退してる身でファミレス入ると何言われるか分からないから」

「……まあ確かにそうか」

「その代わりに、ちょっと離れたコンビニで好きな物買ってくれていいよ。それでいいかどうかは分かんないけど」

 僕の代案に、彼女はしばし考え込む様子を見せ、こくりと頷いた。どうやら今回はそれでよいということらしい。ただ次回は少し上乗せする必要がありそうだなと、僕も痛い気持ちになった。

 僕は彼女を伴い、駅から離れた方面へ向かいだした。戻ってきてからこっちの方面を歩いたことはないが、昔の記憶が何となく位置情報を与えてくれる。

 変わったものと変わらないもの。その変わらないものの中に、昔探検と称して遠出した公園があるといいのだがと、僕は高々と輝く太陽と後ろにつく神様さんに祈っていた。

 向かっている途中に、コンビニが見えた。学園の影響下にある場ではなく、トラックなどが駐車場に駐まっている。僕は一応ブレザーを脱いで、手に持った。あまりにも地味なカモフラージュだがしないよりはましだ。

 そんな僕を差し置き、神様さんは一歩先んじてコンビニへ入っていく。まず最初に飲み物のコーナーへ向かう。ビタミンの入った黄色い炭酸水を神様さんは買った。ああ、それ僕も結構好きだ。口に出すことなく、同じように僕も手に取る。

 次に神様さんが向かったのはパンのコーナーだった。といっても総菜パンの類を買うわけもなく、菓子パンに目を輝かせていた。ファミレスでないことに不満げだった割に、ここへ来た瞬間色めき立つのは、さすが僕の期待を裏切らない神様さんである。

 結局彼女はコーヒーロールと菓子パンの皇帝であるメロンパンを僕に渡し、続いてスイーツコーナーへ向かった。近年のコンビニスイーツの進化はあなどれない。この安さでこの味なのかと驚かされることもしばしばある。彼女もそれを知っているのだろう。あれこれ手にしながら悩んでいた。

「……面倒だから好きなの全部買っていいよ」

「で、でも食べきれないかもしれないし……」

「それなら持って帰っていいよ」

 僕が落ち着いた声で返すと、彼女は右手の拳をきゅっと握り、そこに置いてあったスイーツ類を七種も手にした。もしかしするとこれは、前回のファミレスで支払った額に匹敵するのではないだろうか。会計時の値段を見て「ああやっぱり」と思いながら、カードに溜まったポイントを見て「何もないのに逃げ出した自分への罰」と自省した。

 コンビニのレジ袋にたくさん詰められた食べ物。どれもこれも甘いもので、取っ手を握る神様さんの顔は晴れ渡る空さえも負けそうなほどに、にこにこと輝いていた。

 一方僕は、確かこの辺りだと近くを見回していた。この学園は以前いたところと違い、携帯を預けなくてもマナーモードにさえしていれば問題ないという緩い場所だ。僕はスマートフォンの地図機能を使い、辺りをぱっと見回した。

 ああよかった。昔行ったことのある公園はまだある。道や居並ぶ家が大幅に変わった街を行きながら、僕はようやく、懐かしの公園に辿り着くことが出来た。

「ここでお話?」

 神様さんが僕に訊ねてくる。僕はああと返答した。でも何となくむなしい。古くさかった滑り台は撤去され、砂場はグラウンドのような更地に改修されていた。ブランコの代わりに馬のような遊具があったり、僕の知っているそこではなかった。

 あれだけの時間が経てば、そうなるのも分かる。でも昔そこにいた人間の思い出がどこかへ消えていくのは、桜の花びらがはらりと落ちるのに似ていた。

 神様さんは近くにあったベンチに座り、僕に目をやることもなく、購入した菓子パンを食しだした。一口するごとに、頬が緩む。食品のCMに出てくるタレントでもここまで出来ないという顔に、痛んだ僕の懐は若干救われた。

「この間と制服違うけど、よそのとこから来た人?」

 神様さんは炭酸飲料を喉の奥に滑らせて、僕に訊ねた。意外なことを覚えているんだなと僕は感心しながら素直に頷いた。

「昔ここに住んでたんだけど、引っ越しして出戻り」

「なるほどね。知ってるようで知ってない理由はそこか」

 彼女はそういうと、早速食べ終えた菓子パンの空き袋を丁寧にレジ袋にしまって、今度はチーズケーキを取りだした。

 僕からも聞きたいことがあるんだ。君はいつも僕と会う度に食べる話をするけど、そんなに普段から何も食べない生活してるの。

と、口に出しかけたが、すぐさま馬鹿らしいと思いその言葉を引っ込めた。 何も食べずにこれだけのスタイルを維持できる美少女がいたら恐ろしい。もしかすると食べずに維持できるからこそ神様なのかもしれないが、僕はまだ彼女を本当に畏敬すべき対象だと思っていない。だからこの質問は下世話以外の何物でもないのだ。

「この前と違って、なんかテンション低め。何かあったんでしょ」

 彼女は僕に確信の一撃を見舞ってくる。頭のいい悪いは分からないが、洞察力に長けているのは確かだ。だから僕は占い師に見てもらうような感覚で、彼女を頼った。

「神様さんと知り合えたのは楽しいよ。でもなんか、世界が突然ぐるっと変わりだしてちょっとびっくりしてる」

「引っ越ししたら世界はぐるっと変わると思うけどなあ」

「引っ越し以上のプラスアルファがあるってことだよ。引っ越しで世界が変わるのはよく知ってるから」

「この間話してた女の子のこと?」

 洞察力だけでなく、意外と人の話もきちんと覚えている。というより、僕の心の内を見透かされているようで、少々気恥ずかしくもあった。

 嘘をついても仕方ない。素直に彼女に打ち明けた。

「凄くいい人なんだ。神様さんにも負けないくらい可愛いし、おかげで男子から早速やっかみ受けるくらいなんだ」

「やっぱモテ自慢か……」

 彼女はチョコスティックを口に頬張りながら僕を横目で見た。その言葉尻だけで判断して欲しくないと思うのだが、ここだけ切り取ればそう聞こえるのも仕方ない。僕は諦めずに言葉を続けた。

「でも僕は彼女から真意を聞いてないし、そうだと思うつもりもない」

「相手の気持ちを探れない人って、結構痛いって思うんだけど」

「僕は思い込みで動く奴の方が痛いって思う人間だから。そこは神様さんと意見の相違なんだと思うよ」

「じゃあそうしよう。で、きみは彼女に何をしたの?」

「普通に話しかけられて」

「ふむふむ」

「気付いたら適当な理由をつけて早退してた。いわば逃げた」

 彼女は目元を手で覆いながら「あちゃー」と笑っていた。この間話した時は委員長さんの味方のような口ぶりだったので、てっきりそうなのかと思ったが、意外とそうではなく、むしろ笑い飛ばす距離を保っていることに驚いた。

「僕を責めないんだね」

「やらかしたことを責めても仕方ないでしょ。まあ次から反省すればいいんじゃない?」

 僕は彼女の言葉にはいと頷いた。彼女はよしよしと僕の頭を撫でて、そのまま次のスイーツへ移っていく。

 しかしこれでは神様と人間というより、ただの知人である。彼女もそれを不満に思っているのか、時折腕組みをしたりしつつ、何度も僕を横目で牽制してきた。

「いや、だから君が神様だと信じる要因がまだ足りないんだ」

「でも、私と知り合ってから何か色々起こってるじゃない。運命変わったって感じじゃない?」

「そういうの、自分で否定してたじゃないか。幸福は自分の認識だって」

「起こったことは起こったこと。ていうか、もしかしてきみは私と知り合えたこと、実は嬉しくないとか……?」

 神様さんの言葉が少し寂しげになる。馬鹿言うなと強めの突っ込みを入れたくなるような台詞なのに、僕はその悲しげな視線に声を返せなかった。

 そう思ってない。むしろ嬉しいし、幸せだ。そう答えたかったのに、神様さんのその悲しげな顔が、何かを思い出させる。

 そうだ、右左だ。右左の僕へ感謝するような言葉を発する、あの時の顔に似ているのだ。

 右左と神様さんは関係ない。それなのに僕は、違う場所で、違う人から同じ視線を感じ取ってしまった。これで僕が幸せであるなんて、どの面を下げて言えるのか。

 僕が口をつぐみ次の言葉にあぐねていると、神様さんはそっと笑ってきた。

「ガラじゃないこと言っちゃったなあ。寂しがりは心の敵!」

「神様さん、寂しいの?」

「寂しくない寂しくない。人から頼られたら嬉しいって、ちょっと舞い上がるタイプだから」

 彼女は努めて明るく振る舞う。それがどこか空元気であることも、僕はすぐに察しが付いた。

 何故僕はここまで彼女に肩入れしていたのか、ようやくその一端が垣間見えてきた。僕は彼女に右左と同じ匂いをかぎ取っていたのだ。右左と正反対で、体にボリュームがあって、天真爛漫かつはつらつとした明るさを持っている。でもその根にある本当の部分は、右左と同じなのだ。

「ねえ、神様さん」

「何?」

「神様さんが神様だとして」

「うん」

「神様さん自身を幸せにすることは出来ないの?」

 いつものどこかからかう声が出ない。僕の静かな問いに、彼女はそうだね、と前置きして答えた。

「出来るよ」

「どうやって?」

「この間も話した通り、自分が幸せだと思えばどんな状況でも幸せ。それだけ」

 彼女はにまあと笑い、僕を納得させにかかる。そんなの、大嘘じゃないか。だったらどうして今、神様さんはどこか寂しそうな顔をしてるんだよ。

 気がつくと、僕は学校をエスケープしたことも、右左を口実に使ったことも、事の発端である委員長さんのことも忘れて、神様さんだけを見ていた。

 僕らしくない考え。そうだと分かっているのに、僕は神様さんに目を取られていた。その視線に神様さんも気付き、くすくす笑いながら制してくる。

「そんなじろじろ見られたら変な気起こすからやめてよ」

「そういう気はないと思うよ、きっと……今日、一日中自分でもよく分かんない状態で困ってる。神様さんにまで困らされるなんて思ってもみなかった」

「私が悪いみたいに言わないでよ」

「ごめん。でも僕は……神様さんと出会えて幸せかどうか、分からない」

「……そうだよね」

「だって僕はまだ何にも神様さんのことを知らない。知らないのに、可愛い子と話し合える仲になったから幸せだなんて、軽々しい考えで見る相手じゃないって思ってる」

 僕は自分が信じられなかった。僕という人間を、まるで誰かが演じているのではないかと思うくらい、普段の自分から漏れないような言葉が出てきた。でもそれも自分では理解している。僕の本心の部分が、神様さんと話している。きっとこんな声は、右左相手にしか出さない。それを街で知り合った、名前も知らない少女に出している。今の僕はとてつもなく気持ち悪い奴第二弾であることは間違いない。それでも僕は、その気持ちの悪い奴第二弾を止めることが出来なかった。

 神様さんは俯いていた。黙って、僕の言葉に何も返してくれない。いつもの笑顔も見せてくれない。僕は間違っていたのか。右左に接する時と同じ間違いを繰り返してしまうのか。そもそも僕は、彼女に右左を重ね、何を見ようとしているのか。

 どれもこれも分からず、僕も黙り込んでしまった。

「いかんいかん、神様がこんなのじゃダメダメ。明るく元気に、それでこそ神様」

「……恨みで神様になった人もいるけどね」

「八百万は色々だし、私はそうじゃない。元気! それでこそ私!」

 神様さんは強がる。僕もその強がりに押されて、つい笑ってしまった。

「あのさ、神様さん」

「急に改まってどうしたの?」

「やっぱり僕は、自分の今がよく分かってない。だから、神様さんに一日付き添ってもらって僕の観察を手伝ってほしい」

 僕の言葉からしばらく、彼女は沈黙を続けた。捉えようによってはデートの申し込みに聞こえるだろう。恋心云々はともかく、約束日というデートという本来の言葉からすれば、僕の申し込んだそれは間違いなくデートの申し込みだ。

 神様さんは少し悩むように、頬に手を宛て僕から顔を逸らしていた。

「神様さんの好きなところでいいよ。僕が行きたい場所とかないから」

「あの……こうして食べさせてもらってる身で何だけど、お金大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「でもきみが稼いだお金ってわけでもないでしょ?」

「僕が稼いだお金じゃない。でも僕がこうしたいと思った時のために、貯めておいたお金を今こうして使ってる、それだけだよ」

 神様さんが笑顔で押し切るように、僕も曲げない言葉で押し切りを計る。

 しばらくして、神様さんは大きなため息をつき、僕へ振り返った。そして人差し指で僕の額を軽くつくと、いつもの満面の笑みを見せた。

「まあ断るのは神様らしくないからね」

「ありがとう」

「ただし、お金をあんまり使わないとこに行く。それが条件かな」

 彼女の優しさに、僕は苦笑した。だったらその手元にあるスイーツの山は何だ。前回のファミレスでの食事は何だ。でもそういうのが両立するのも神様さんらしくて、僕は笑顔で青空を仰いだ。

「次の日曜でいいかな。そこら辺なら多分暇だし」

「駅前歩いてたら会う気もするけど、今回はそういうのじゃないもんね。分かった、時間はいつぐらい?」

「早すぎても神様さんに迷惑だし、十一時に駅出たとこの、噴水前でいいかな」

「分かった。きみがどういう人間か、しっかり見させてもらうからね」

 彼女はそう告げ、もう一度僕の額を人差し指でつついた。

 彼女の方が年下に見えるのに、どうも僕は彼女に子供扱いされる。それが不満というわけでもないが、何となく、もう少し扱いをよくしてほしいと感じた。

 神様さんは僕と約束を結ぶと、まだスイーツの残っているレジ袋を手に、すっと立ち上がった。そして両手を広げ、大空を仰ぐと、そのまま僕へ振り向いた。

「今日全部知っちゃったら面白くないから。また今度」

「……神様さん」

「これはおいしくいただきます。それじゃね」

 と、神様さんは軽い足取りで走っていった。心なしか、今日見つけた時より、顔つきが明るかったように思える。独りよがりな思い込みはかっこ悪い。委員長さんの件についてそう言っていたくせに、僕は神様さんの表情にそんな感想を抱いていた。

 今から帰ったら、右左が心配するかな。いや、心配させてみるのも右左の動向を知る一つの手かもしれない。僕は一つ心に決め、ベンチから立ち上がった。その踏み出す勇気をくれたのは、間違いなく先ほどまで他愛のない話をしていた神様さんだ。

 ここに来てから、昔と変わった場所を訪れる度に、気持ち悪い思いをしていた。それなのに今日この公園に来ても、それを感じない。

 神様さんが本当に神様なのかどうかは知らないけれど、少なくとも、僕にとって凄い人であるのは確かかもしれない。僕はブレザーを抱え、歩きだした。

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