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3/37 周りが支えてくれる恋(下)

 僕はそのそわそわした思いを抱えながら、学校が終わった途端に、駅へと走り出した。今の時間ならまだ明るい。人葉さんに連絡して、神様さんに会えるかどうか聞き出したかった。

「死ねえええええ!」

 突然僕の腰にタックルが入る。このやり口は、人葉さんだ。

 僕の予想通り、人葉さんが目の前に立っていた。だがその顔には怒りがにじみ出ている。当然だ、自分の妹が傷つけられたのだから。

「塚田一宏、一つ聞く。今うちの妹はバイト先の無断欠勤を五日連続で行っている。その原因に心当たりはあるか」

「……あります。僕のせいです」

「やっぱりそうか。君に双葉を預けたのは早計だったかもしれないね。思った以上にバカで軽薄な男だったということかね」

 人葉さんは呆れたように、そして怒りも隠さずむすっとした声でぼやいた。

 僕はそんな人葉さんにも謝りたくて、頭を下げた。

「な、何……」

「神様さんから事情を聞きましたか?」

「聞いてない。双葉が帰って来るなりいきなり泣き出して部屋に閉じこもるし……。あの子、食事もろくに取ってないんだよ。心配になるに決まってるでしょ」

 そうか、やはり何も聞いていないか。僕は「落ち着いて聞いて下さいね」と念押ししてから事の次第を話した。

 しばらくしてそれを聞き終えた人葉さんは、なるほど、と腕組みしながら考え出した。

「君が百悪いと言うつもりはないけど、難しい問題になったな」

「僕には生活能力なんてないです。だから余計に、どうやって親を懐柔するか、それが全然思いつかなくて……」

 僕が困ったような口調で呟くと、目の前の人葉さんが持っていた鞄で僕の後頭部を思い切り殴り付けてきた。

「馬鹿か! そんなのだったら、高校卒業するまでうちに居候して、バイトして学費捻出すりゃいいだろ! 光熱費とか食費は大学に入ってから払ってもらえばいい。そういう図々しいことをどうして君は言えんのだ?」

 その言葉に、僕はまたしてもはっとさせられた。僕は出来ない出来ないとばかり言って、挑戦することを忘れていた。僕に会いたいという一心で、バイトを始めた神様さんの方がよほど強いじゃないか。

「……そうですね、なんか僕、思い違いしてたのかもしれません」

「家も裕福で、生活に困ったことがないならそういう思考が出来ないのかもしれない。でも君が引っ越して一番悲しむのは、間違いなく双葉。だから、もっと強気になってよ」

 僕は人葉さんのすがるような言葉にしっかり頷いた。そうだ、引っ越しに付き合わなくても、僕を支えてくれる人はたくさんいる。今は厄介になるかもしれないけれど、将来恩返しをするくらいのつもりで、自分を磨きに行けばいいんだ。

「君は生活能力なんてないって言った。でも君ならすぐにバイトでもなんでも適応出来る。そのくらいこなせる人間と思ったから双葉を託したし、私も好きになった。分かるか、この言葉の重みが」

 人葉さんの真っ直ぐ見据えてくる姿に、少し前までの自分の弱さが恥ずかしく思えた。こんな人間が、神様さんを守りたいなんて言ってたなんて、どんな冗談だよとも思う。

 人葉さんの強い背中を押してくれる言葉に、僕は失い欠けていた自信が少しずつ戻ってくるのを感じていた。色んな人が僕と神様さんの恋愛を応援してくれている。だから僕もそれに応えなきゃいけない。彼女を幸せに出来るのは、僕だけだ。そんな思い込みだって時には必要で、その必要な時はこの今だ。

「……済みません。ちょっと弱気になりすぎてたかもしれません」

「うん、ちょっと弱気すぎたな。君はさ、もっと堂々とするべきなんだよ。他人に譲歩しすぎ」

 人葉さんは腕を引く。もう片方の手の指さす方向は、駅の改札だった。

「一宏君、双葉に会ってあげてよ」

「いいんですか、急に行って」

「このままだとバイトクビになっちゃうからね。せっかく見つけた双葉の居場所、なくさせたくないもん」

 彼女は穏やかに告げた。そう、ただのバイト先かもしれないけれど、彼女が夢の一歩を踏み出したのは、間違いなくあのメイドカフェだ。

 行きます。僕は人葉さんに告げた。人葉さんはよし、と答え僕を改札へと連れていった。

 切符を買って、列車に乗る。たった数分で着く距離が、今日はやけに長く感じる。胸の痛みは、神様さんに告白した時よりも強いかもしれない。

 でも、神様さんに本当に信じてもらうためには、僕が直接行って、説明するしかない。

 流れる景色は赤色を弾いて、幻想的な空間を作り出していた。夏になったらこんな光景を一緒に見に行きたいね。そんな話もこの間したか。

 それを実現させるのは、僕自身だ。

 駅に着いた。人葉さんが急げとばかりに小走りに行く。僕も慌ててそれに付いていった。

 いつものタワーマンション。そこに入って、神様さんの家である一室に向かう。

 家の前に着くと、人葉さんがチャイムを鳴らした。反応はない。鍵を開け、人葉さんは僕の背を押した。

「双葉ー帰ってきたよー」

 彼女がそう告げても中から反応はない。人葉さんが、僕に目を向ける。僕はゆっくり頷き、神様さんの部屋の扉をノックした。

「神様さん、どうしても話をしたくて来ました。開けてください」

 その言葉に返答はない。どうしたものか。悩んでいる間に、人葉さんが大声で叫んでいた。

「双葉、彼氏も馬鹿ならお前も馬鹿か! せっかく彼氏が勇気振り絞って、双葉と別れない道を見つけたって言おうと思ってここに来たのに、あんたが塞ぎ込んでどうすんの! さっさと扉を開けろ!」

 耳に突き刺さるような大声で人葉さんが告げると、しばらくしてから、ゆっくりと扉が開かれた。そこにいたのは、暗い顔をした、野ノ崎達が過去に見た「陰キャ」だった頃の神様さんにも見えた。

「……一宏君、来てくれたんだ」

「どうしても神様さんに会いたくて」

「私のことはいいよ。家族のこと、優先しなきゃ」

 そう力なく笑う彼女に、僕は部屋に入っていいかと訊ねた。彼女はうんと頷き僕を部屋に招き入れた。すると、人葉さんがそっと扉を閉め「それじゃあとは勝手に」と消えていった。

 神様さんはかなり落ち込んでいた。パジャマ姿で、どこかに出かけたような雰囲気もない。こんなに傷つけてしまったのか。僕は思わず悔悟の念に駆られてしまった。

「ねえ、きみはこの街を出て行っていいんだよ。きみはすぐにいい相手を見つけられる。私は、別れられても仕方ないって思ってるから」

「……神様さん、それ、本気?」

「……少し強がり入ってる」

「だよね。だからはっきり言う。僕が自分の人生の中で、一番大切にしたいのは後にも先にも、神様さん一人だけなんだ」

 その言葉を聞くと、ベッドの上にちょこんと座っていた彼女が、顔を覆いながら泣き出した。

「でも、きみの家族がせっかくもう一度一緒に生活出来る機会なんだよ? 私のことで離れさせるわけにはいかないよ……」

「僕の友人が言ってた。遠距離恋愛はうまくいかないって。そりゃそうだよね。キスも出来ないし、神様さんみたいな綺麗な人だったら口説いてくる奴が絶対出てくる。その時神様さんが迷ってたら、他の男に乗り換えるかもしれない。僕は、他の男に神様さんを絶対に渡したくないんだ」

 僕が強く告げると、神様さんは顔を上げた。何度も泣いたような、真っ赤な目で僕を見つめてくる。

「神様さんが中卒だとか全然僕には関係ない。神様さんが中卒で、誰とも接さない汚れがない人だったから、僕は神様さんを独り占め出来た」

「一宏君……」

「僕は神様さんの過去にいてあげられなかった。陰キャで友達もいなくて、学校を辞めた時の事だって知らない。もしこの街にずっといられたら、神様さんを救えたかもしれない。でもそんな過去はもしもの話でしかない。今僕に出来ることは、今とこれからの神様さんを大切にして、幸せにすること。だから、今とこれからの神様さんの側にずっといる。それが僕の願いで夢なんだ」

 僕はこのしばらくの間抱えていた思いを一気にぶちまけた。それは頭で考えた言葉ではない。自分の中にたぎる本能で話した言葉だ。

 その言葉を聞くと、神様さんはぽろぽろ涙をこぼしながら、僕の胸に抱きついてきた。

「僕は決めた。当たり前の話だけど、右左とはずっと兄と妹の関係を貫くって」

「あんなに慕ってくれてるのに?」

「どんなに右左が僕を愛してくれても、右左は僕の妹でしかないから。それに僕が過干渉しすぎて、右左の人生をどんどん狭めてるって気付いた。僕はこの街に残る。親が金を出してくれないんだったら、必死になってバイトもする。誰かの家に居候して、そこから学校に通う。それくらい、あなたの側にいたいんです」

 僕は強く二度目の告白を言い切った。彼女は少し笑った後、大きな泣き声を上げた。

「どうして……どうして私のことそんなに気にしてくれるの? 私をこんなに気にしてくれた人なんて今までいなかったから分かんないよ……」

「色んな要素があるのは分かってる。でも僕は、神様さんが一番好きで、一番大切にしたい人だと思ってる。右左か神様さんを取れって言われたら、僕はもう迷わないで、神様さんを選ぶ。それくらい大切な人なんだ」

 僕の言葉に神様さんは何度も何度も嗚咽を上げていた。ずっと一人でいたこと、それはとてつもなく辛かったことなのだろう。

 僕はスマートフォンを取り出した。かけるのは、家だ。

 電話が取られる。少し話したあと、すぐに電話を切った。

「何の電話?」

「妹に、今日の夕食はピザでも取っておいてって言った」

「それ、遅くなるって意味じゃない」

 と、彼女が涙目で弱々しく笑うと、僕は真顔で告げた。

「勿論、遅くなるつもりだからそうかけた」

「……それって」

「神様さんを傷つけた分、それと僕が神様さんと別れなきゃいけないって思って辛くなった分を取り返したいって思って」

 僕はそう告げ、抱きつく彼女を抱きしめ返し、彼女の腰掛けるベッドの横に座った。

「仲直り、だね。なんかまた泣きそうになっちゃう」

「あんな親、どうでもいいんだけどさ。でも僕は、右左もそんな言葉に惑わされずに、この街にいてほしいって思ってる。せっかく学校にも慣れて、新しい人間関係も出来たんだから、それを投げ捨てるなんて馬鹿馬鹿しいと思うんだ」

「うん、それは分かる。きみなら、妹さんの説得、うまくいくよ」

 神様さんに言われた言葉は、心の隙間にぴったりはまって、それが必ず叶うような気持ちを与えてくれた。

 右左は必ず自分の道を見つけてくれる。たとえそれが、父や母の下でなくとも。

 僕はもう迷わない。神様さんのために、僕の人生をこれから使っていく。これから先、色々なことがあっても、この人を守り抜くために一生を歩んでいくんだ、そう思うことで僕は強くなれた気がした。

 降って湧いた引っ越しの話。それを止めてくれたのは、人葉さんや野ノ崎、ミミ、そして何より神様さんだった。

 僕は恵まれている。そう思いながら、小柄な、神様と呼ぶには少し小さい彼女を見つめながら強い決意をした。

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