3/36 周りが支えてくれる恋(上)
神様さんとあれほどまでに何度も繰り返していたメールも電話も、ここしばらく全くない。
彼女は完全に僕を見放したのか。それとも僕からメールしてくれることを待っているのか。
分からないまま僕は、右左との生活を続けていた。
昼食時、僕は野ノ崎とミミと共に食事を取っていた。幸い、まだ引っ越しの話は漏れ聞こえてないようだ。
「なあ、野ノ崎」
僕は野ノ崎の名前を口走っていた。野ノ崎は僕から声をかけられたのが不思議だったのか、顔を上げて小首を傾げた。
「何だ」
「遠距離恋愛って難しいかな」
と、僕が訊ねると、野ノ崎は笑った。
「そりゃ難しいよ」
「だろうな」
「いない間、お互いの距離感図るのも難しいだろ。それに可愛い相手だったら取ろうとする相手も出てきて、甘い言葉で騙してくる奴だって出てくるわけ。……てか、なんでお前、遠距離恋愛とか言い出したんだ」
野ノ崎が至極当然の質問を投げかけてきた。僕はこくりと頷き、静かに答えた。
「うちの親が、家族四人で生活したいから引っ越ししろって言ってきた」
「って……お前」
「カズ君、それ、右左ちゃんはどう思ってるわけ?」
「右左は、二宮さんに嫉妬してた。だから引っ越しして、自分だけの僕に戻したいって思ってる。つまり、僕は少数派」
僕が寂しげに笑うと、野ノ崎とミミは難しい顔でお互いを見合っていた。
せっかくこの街に帰って、馴染んできて、恋人も出来て順風満帆だったはずの僕に、突然訪れた試練。それにようやく神様さんのことも僕のことも含めて認めてくれた二人が色よい顔をするわけがなかった。
「駄目だよカズ君、二宮さん、絶対寂しい思いする!」
「俺も同感だ。一宏、男の意地にかけてでもこの街に残れ」
「二人の意見も分かる。でも、親がこの街に残るなら金は一切出さないとか、右左はどうするんだとか言ってきた。金の話はともかく、右左を守れなくなるのは、僕としては辛い」
野ノ崎は何か言い返したそうだった。だが、右左という名前の前に屈するしかなかったのか黙り込んだまま、ふうとため息をこぼした。
「まあ、元はといえばお前が妹を甘やかし過ぎたのが原因だけどな」
「それは否定出来ないな」
「ねえ、カズ君、この街に残る方法、本当にないの?」
「……家も売るつもりとか言ってる。この街から僕を引き剥がして、いわゆる一流大学に入れたいらしい」
僕は力なく口元を緩めた。ミミは突然立ち上がった。何があるんだろう、僕が顔を上げると、いきなり頬に強い痛みが走った。
僕が前を向くと、激昂した顔つきのミミが、テーブル越しに僕の頬を張っていた。
「何弱気なこと言ってんの! バカ一宏!」
「ミ、ミミ、お前そういうキャラだったか?」
「野ノ崎君は黙ってて! カズ君、最近進路決めたって聞いた。農学部に進むんだよね。どうしてか深い所は分からないよ。でも、そこに二宮さんがいるのは鈍い私だって分かるよ!」
ミミの言葉がちくちくと刺さる。でも、その熱量は僕の湿った枯れ葉に火を付けるにはまだ不十分で、どうしようもなかった。
「二宮さん、美人だし明るくなったから絶対、カズ君の影が見えなくなったら色んな男の人に誘われるよ? カズ君はそれでもいいの? 他の人に最高の笑顔見せてる二宮さん、想像出来るの?」
「……出来ないし、したくない」
「でしょ。だったら、何がどうあってもこの街に残らなきゃ駄目だよ。きっと、弱ってるの、カズ君より二宮さんだから」
それを言われて、僕は少しだけ目が覚めた。僕だけが辛いわけじゃない。神様さんは自分を押し殺してまで、僕の家庭を作ることを推し進めたのだ。
そんなの、神様さんが気にすることじゃないし、神様さんに踏み入られる話じゃない。僕が蹴って済ませる話だ。
「……でも、二宮さんは右左のことを凄く心配してる。右左のために僕が尽くすのは当然みたいに言われた。それをどうすればいいか……」
「ねえ、前に野ノ崎君とか私が言ったよね。右左ちゃんはもう一人前になれたって。カズ君はそれを信じてあげられないの?」
ミミに言われてはっと思い出した。確か、人葉さんと出会った頃に、右左は不幸な少女なのかと問い詰められた。そしてそうじゃないだろうとも言われた。
そうだ、僕が右左の可能性を狭めている。
右左を本当に守りたいなら、僕が動くしかないのだ。
「……ミミ、ありがとう、ちょっとだけ自分が見えてきた」
「早く二宮さんに大切だって言ってあげて。そうでないと、本当に心が離れちゃうよ」
「うん」
そう僕が告げると、野ノ崎も唇の両端を上げ、満足げな笑顔を浮かべた。
「しっかし、以前からブラコンの気はあると思ったけど、ややこしいくらいお前に依存してるな、お前の妹」
「……それも、今度のことで解消しなきゃいけないと思う。二人とも、ありがとう」
「それ言うの、引っ越しがなしになってからだからな。卒業まで、俺とミミ、それと一宏は一緒にやってくんだからさ」
野ノ崎の言葉が妙に心強い。でも、それは真実で、僕が引っ越しという選択肢を採らなきゃいけないわけではない。
そうして、昼食時のミーティングは終わった。