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3/32 お互いを知った後の夕暮れ空

 夕暮れの赤い色が部屋に差し込む。僕達はそこで何もせず、黙ったまま余韻に浸るように肩を抱き合って寄り添っていた。

 何も言わず、ベッドの上に座る。ただ何となくという思いでしている行動にさえ、何か意味があるように錯覚を覚える。

 と、僕達がベッドで並んで過ごしていると、玄関の扉が開く音がした。人葉さんと神様さん達のお母さんが帰ってきたらしい。

「お姉ちゃんとお母さんだ。出る?」

「うん、行く」

 僕達は立ち上がり二人を出迎えに行く。買い物に行ったというのは嘘ではないのか、たくさんの紙袋を抱えて二人は外から帰ってきていた。

「お、双葉、ただいま」

「お姉ちゃん、お帰り。買い物どうだった?」

「まあまあ。お昼はちょっと豪勢なランチを食べてきた」

 人葉さんが得意げに胸を張って告げると、神様さんは落胆したような声を漏らした。

「いいなあ」

「じゃあ今度から私と入れ替わる? 私が一宏君と一緒にいて、双葉はお母さんと買い物」

「……分かってて言ってるでしょ」

 わざとらしく人葉さんが騒ぐ。その様子を後ろで見ていた神様さんのお母さんは苦笑しながら静かに見守っていた。

「二人とも、いい時間は過ごせた?」

「……うん。一生の思い出になる時間を過ごした」

「双葉、塚田さんがあなたの運命の人なら、今日だけじゃなくて、もっとたくさんのことを知る日が来るわ。塚田さん、本当に今日は双葉のわがままに付き合って下さってありがとうございます」

 神様さんのお母さんに頭を下げられ、僕は恐縮して同じように頭を下げた。その様子を見ていた人葉さんは、口角の片端をくいと上げて、神様さんの大きな胸を意味ありげな顔つきをしながら人差し指で突いた。

「双葉、恋人がいい人でよかったですねー」

「う、うるさいな! お姉ちゃんだってそういう人作ればいいじゃない!」

「双葉、残念ながら私は双葉と違って頭がピンクで出来てないんだ。灰色の脳と呼んでくれてもいいぞ」

 最近気落ちしてなりを潜めていた、人葉さんの神様さんをからかう姿が蘇ってきた。これがなければ本当にいい人なのだが。

 今日一日を振り返る。色んな感情を通りこえて、何か絆というか、思い出が出来た一日だった気がする。

 人葉さんも神様さんをからかいつつ、その上で僕達が二人きりになれるようにフォローをしてくれた。その逢瀬のセッティングを調えてくれた人葉さんには、感謝の念しかない。

 本当はこのままここにいたい位だが、今日はこの辺で去ろう。名残惜しいが、神様さんの家に迷惑だし、僕も右左のために戻らなければいけない。

「それじゃ、僕、そろそろ夕食作りしなきゃいけないんで帰ります」

「確か妹さんのお世話をしてるんですよね。本当にあなたは優しい人ですね、羨ましくなるくらいです」

「学校では愛想悪いって言われてますけどね」

「見てるだけで分かります。あなたの双葉を思ってくれる感情、心の底にある優しさ。全部合わせて人を思いやれる人だから、私も安心してあなたに双葉を託せるんです」

 そう言われると、胸が熱くなるのと同時に、神様さんを守らなきゃという気持ちになる。

 僕が頭を下げて家を出ようとすると、すぐさま神様さんが走って僕の側に付いてきた。

「私、送ってく」

「大丈夫だよ」

「私が付いていきたいから。駄目?」

 そういう風に言われると、断りづらい。僕は少し悩んだ後、いいよ、と答えて彼女が靴を履くのを、人葉さんに笑われながらじっと待った。

 玄関を出て、エレベーターに乗る。誰もいない大型エレベーターの中で、神様さんは僕の腕にしっかり自分の腕を絡み合わせてきた。

 以前ならどきどきしたことが、今は心地よい気持ちになる。これもまた、恋から愛に変わったことの心境の変化だろうか。

 僕達は街を歩く最中も、腕を組んでいた。というより、神様さん腕から離れようとしない。

「神様さん、本当は泊まりがけとかが良かったとか?」

「……そりゃね。でもきみは学校もあるし、私もバイトがあるから、まだそれはすぐに叶わないね」

「妹のことを考えなかったら、土曜にうちに来てもらって、日曜まで泊まりがけとか出来るとは思うけど、まあ、現実的じゃないよね」

 僕が苦笑しながら軽く言うと、神様さんもくすくす自分の口元を押さえた。

「二人で一日いられるのなんて、ほんのちょっと前なら想像の世界だったのに、今は本当になるんだもん。……夢が叶って良かったって本当に思う」

 彼女の恥ずかしげな言い方が、僕の庇護欲をかき立てる。このまま、夕食のことも忘れて彼女ともう少しいられたら。右左のことも忘れて、僕はそんな願望を浮かべてしまった。

「でも、きみみたいな素敵な人が私と繋がってたこと、今でも不思議だな」

「本当に分かんないね。クヌギがどうとか色々あるけど、前に住んでた街で恋人を作るなんて全然考えなかった。それどころか嫌だくらいに思ってた。それなのに、神様さんだけは付き合いたかったし付き合えて良かったって思ってる。そんな自分が不思議で、結構好きだったりするんだ」

 そんな言葉を告げると、彼女は嬉しそうな顔で手を強く握り返してきた。

 こんな関係になることはない。どんな出会いも、最初はそう思うだろうし、実際に通り過ぎる人の方が多い。でも僕は、彼女に関しては運命というものを信じたくなった。

 空は茜色に染まっている。こんな風に、何気なく会って、何気なく思い合って、自然なまま一日を終えるような日常が、これからいつまでも続けばいいのに。生まれて初めて心の底から出来た願い。思えば僕は、何も欲しがったことがない。与えられたことに、与えられたように応えてきただけだ。

 こんな話をすると、神様さんは笑ってこう言うだろう。「ようやく独り立ちしたんだね」と。

「また近いうちに会いたいな」

「そうだね。それと、農学部受験のことは前向きに考えてるから」

「その、私の夢に付き合う必要はないんだよ? そりゃ……その、一緒になりたいっていう思いはあるけど、仕事まで一緒でなくてもいいんだから」

「行きたい学部なんてなかったし、神様さんを一日中側で見てられるから。そっちの方が重要だったりする」

 その言葉に、神様さんも自分の中の迷いを吹っ切ったのか、そうだね、と言って僕の体にぎゅっとしがみついてきた。

「受験、応援してる」

「神様さんも、バイト頑張って。僕はそっちの応援をするよ」

「はは、大丈夫。きみといつか一緒になれる日を目指して、頑張る」

 そして、僕達は駅に着いた。神様さんは名残惜しそうにするが、僕は軽く手を振って彼女の腕を解いた。さすがにこの大量の往来の前でキスをするのはまだ少し恥ずかしい。

 神様さんが笑顔で手を振ってくれる。僕は振り向きざまに頷いて、改札を潜った。夢のような時間の終わりである。

 こんな日々がいつまでも続きますように。あの人の側にずっといられますように。

 僕は夕暮れ空に願いを託して、そこを立ち去った。

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