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3/21 祝福と未来を探すことと

 ミミに道の行き方を聞いて満足した僕は、一人家路についていた。右左は家へ先に一人帰っている。僕は夕食の食材を買って帰宅だ。

「捕まえたー!」

 いきなり背後から衝撃が走る。またこれか。僕はため息をこぼしながら、タックルの要領で腰に組み付いてきたその腕を振りほどいた。

「何してるんですか、人葉さん」

 僕が振り向きながら呟くと、背後から現れた主はふふと笑いながら顔を上げた。

 そこにいたのは、いつも通りの二宮人葉さんだった。ただいつもと違うところがあるとするなら、神様さんに似せようと髪型をサイドアップにしているところだろう。

「え、一宏君、私のこと忘れたの? 私、双葉だよ」

「神様さんはそんな話し方しませんし、大体あの人、首元に小さなほくろありますから。あなたは二宮人葉さん、騙されません」

 と、僕が難しい顔で突っぱねると、彼女は何かおかしかったのか、腹を抱えて笑い出した。

「まさかほくろのある位置まで把握してるなんてねー。もしかして、隠れてる部分のほくろの位置も分かっちゃってるとか?」

「……あの、帰りますよ?」

「冗談冗談。それと、一宏君、おめでとう」

 彼女はえらく爽やかな顔でさらりと告げた。

 今まで一度も見たことのない、優しい、人を思いやれる顔。それに僕は思わず言葉を失っていた。

「双葉が教えてくれた。きみと付き合うことになったって。凄く嬉しそうで、私も嬉しかった」

「あの……人葉さん」

「ああ、私のこと? 珍しく自分の感性に引っ掛かるいい男だなーって思ってたけど、双葉には勝てないって分かってたから、ダメージ少なめ。それより、あの根暗で誰とも付き合わなかった寂しい寂しい妹に、ようやく付き合ってくれる人が出来たことが嬉しくてさ」

 彼女は心の底から喜びを感じているのだろう、いつもどこかで感じていた「自分だけを見ていてほしい」という目をしていなかった。

 僕は神様さんを守る義務がある。それを改めて強く感じさせられた。

「正直言うとね、双葉が神様として次代に引き継げるようになるの、私が生きてる間には見られないかもって思ってた」

「その……次代って……あれですよね」

「そ、色々な困難を乗り越えて次に神様になる子を授かること。でも、私がずっと見てきた双葉、そんな匂い全然しなかった。普通の人とも接さなかった。お母さんに神様ってこんなのって聞いたことあるけど、双葉は違うねって言われた」

 人葉さんは口元を少し曲げながら、ため息交じりに言う。みんな、神様になる人が暗いわけではない。ただあの人は、感受性が強すぎて、一人になってしまった、それだけだ。

「携帯持たせなかったのはお母さんが決めたことだけどね。ただ誰とも繋がりたくないし、高校も行かないから別にいらないって。その分小遣い上乗せしてもらってラノベ買ってたけど」

 と、人葉さんは笑った。でも僕には痛いほど分かった。たとえスマートフォンを持って、SNSなんかをしたって、そこで本当に繋がれるかどうかは別だ。繋がりたくない時だってある。僕も、誘われても一切SNSの類をしなかった。だから、今、神様さんとメールや電話を繰り返している自分が、少し不思議に見えるのも確かだ。

「あの子ラノベ好きなのもあるけど妄想癖強いんだよね」

「妄想癖……僕と付き合ってない頃に付き合ってるところ想像とかしてたんですか?」

「ないとは言い切れないな。何と言ってもお姫様願望の強い子だったからね」

 人葉さんは得意げに笑う。その笑顔の裏に隠された真意を僕は知りたいような、知りたくないような感情に支配されていた。

「双葉に目標書いたノート見せてもらったこと、一度だけあるんだけど一宏君と恋人になるにはどうすればいいか、なってどうしたいかなんてことがいっぱい書いてあってね――」

「いえ、もういいです。これ以上聞いたら何というか、双葉さんとの関係に歪みが生じそうですから」

 僕が真顔で止めると、人葉さんは意地悪く笑うように口元を押さえた。彼女のノートのことは知っているが、そこに色んなことを書いてあったというのは知らない。妄想と願望は紙一重なのだなと、僕はただ移ろいだ目で周囲を見つめていた。

 それより、せっかく人葉さんに出会ったのだ。僕は以前した約束を果たすため、人葉さんに改めて向かい合った。

「人葉さん、それよりあなた自身のことです。何か夢、見つかりました?」

「あーそれか。何だろうね、見つかんない」

 彼女は淡々と呟く。そこには悲哀はないが、感慨の欠片もなかった。

 別に真面目に考えなかったわけでもないだろう。だが、考えても無駄だという結論に至ったのは想像に易い。

 僕はミミから聞いたアドバイスを向けるように、彼女に訊ねてみた。

「何か大学入ってやりたいこととかないんですか?」

「有名大入ってミスコン優勝からマスコミに媚びを売ってお天気お姉さん」

「……他の人が言ったらふざけんなって言えますけど、あなたの場合それを出来る可能性がかなり高いのが、とてつもなくむかつきます」

 僕は眉間をぴくぴく動かしながら笑ってみせた。人葉さんは舌をぺろっと出して冗談だよと告げるが、そんな古くさいアクション取る時点であなたの感性はどうかと思いますと言いたくなった。

「それとも、一宏君と一緒の大学に行こうかな」

「何のために?」

「知らない人間とやってくより、知り合いいた方が楽そうだし。君も家近いんでしょ? じゃ、うちも近いわけであってね」

 その意見に僕は首を縦に振ることは出来なかった。彼女には自分なりの道を歩んでほしいというのが、僕の思いなのだ。その部分のギャップが取れない限り、話は前進しそうになかった。

「あの、僕の友人に進路悩んでる子がいるんです」

「へえ。成績は?」

「中くらい。可もなく不可もなく。就職するか、専門学校に行くかもとか方向性で悩んでるんです。でも大学に行けないってわけでもなくて、話してても分からなくなってくるんですよね」

「確か君んとこの高校、大学進学率八割だっけ。トップなら国公立どこでも、上位層なら有名私学か駅弁、中間層なら……努力次第でまあまあの私学って感じだったか」

「よく知ってますね」

「君とか君の妹さんが入ったこと自体おかしな高校とは思ってるからね。理由は家が近かったからだっけ?」

「そうです。妹は中学の時に病んで近くの高校にしか通えないってなって、僕は妹の生活を支えるため。……そういう意味では、僕もあまり、人葉さんの大学選びのこと、偉そうに言えないですけど」

 僕が困ったように頭をかくと、人葉さんは腕を組んで夏服で素肌が露出した僕の腕に自分の頬をこすりつけてきた。

「……もう人のものになった男にこういうことするの、よくないって分かってるけど、ちょっとだけ勇気、ちょうだい」

「……人葉さん」

「その子の悩み、結構分かるな。本当なら考えてなきゃいけなかったんだよ。教師と話したり友達と情報交換したり。そういうことが欠けて、自分のことばっかりで突っ走ってたから因果応報って感じで返ってきてるんだよね」

 彼女の寂しげな声が僕の胸に突き刺さる。

 僕が神様さんと付き合うことになり、人葉さんは実質的に振られたことになった。でも、彼女は求めている。自分を救ってくれる人を。それは僕でなくともいいのかもしれない。助けてくれる誰か、助けてくれる言葉を欲しているのだと、すぐに察しが付いた。

「一旦大学に行くのはどうですか」

「大学かあ。何のために行くのか分かんない。高校までなら定期的に試験があって、順列がはっきりつくけど、大学の講義で評価はついても順列が付くことなんてないし」

「人葉さんは、そういう競争社会に身を置き続けたいんですか?」

 僕の言葉に、彼女は伏し目がちになって黙り込んだ。自分でも分からないのだろう、高校までの突っ走るスタイルが好きなのか、それが終わる大学生活を過ごすことが正解なのか。

 分からない、だから迷う。当たり前だ。

「人葉さん、色々迷ってますけど、大学生活がどんなのかなんて知らないじゃないですか」

「まあ、そうかも。でも、明るい未来はそんなに見えないんだよね」

「自分が平凡で終わるのが嫌なんですね」

 僕が一言呟くと、彼女ははっとした顔で僕を見た。

 僕は先に彼女の横顔を見ていた。目がしっかりと合う。彼女は戸惑ったように、口元を動かすが、視線は反らせていなかった。

「私……平凡とかそんなこと……」

「いえ、かなり気にしてます。あなたとたくさん話してて分かった。あなたのコンプレックスもそうだし、幸せになりたいっていう普通の人の願い、それと人一倍大きい自分の未来を信じる力」

 僕がとつとつと話すと、人葉さんは自分の前髪をくしゃりと掴んだ。そして、目を少し潤ませながら、失笑するように口を動かした。

「……そっか、そこにあったんだ、私の悩み」

「口先では普通でいいって言ってても、神様さんが特別なことに嫉妬してたり、その分頑張って春日第一でトップを取ったり。人葉さんには、普通っていうの、似合わないと思います」

 僕が優しく呟くと、彼女は僕に絡みつかせていた腕の力を、わずかに強くした。

「私、誰かに認められたかったんだと思う。今思うとね、みんな認めてくれてた。でも虚しかった。好きな人、大切にしてほしいって人に認められたかったんだと思うから」

「人葉さんならいい人、見つかりますよ」

「あはは、やだな……双葉が喜んでるの見てさ、良かったなって思ったのに……諦めるの悔しくなるくらい、君、いい人だよ。しばらく引きずるかも」

 彼女はそう呟くと、途端に僕から離れて、胸を張りながら僕を一笑した。

「なんてね! そんなわけあるか!」

「それでこそ、人葉さん、ですよ」

「……諦めるって、結構力いるね。でも、私も後悔したくない。双葉にだって幸せになってほしいから。人の幸せ願うなんて、初めてだからよく分かんないけど、私も頑張る!」

 人葉さんの微笑みが温かく、勇気を与えたはずの僕が、勇気をもらった気がした。

 今まではあと一年もないなんて言ってたのに、今はまだ時間はあると言える。それは人葉さんだけではなく、僕も同じだった。この街に残って神様さんの側にいて、右左の面倒を見る。それでいい。人葉さんは特別が似合う人生だが、僕は平凡が似合う人生でいい。だから、やっていけると思えた。

「これからも君といい友人でいられることを願ってる」

「僕もそう思います」

「それにしても、君はいつ妹さんやら委員長、周りに双葉と付き合いだしたこと言うつもり?」

 難しい質問が飛んできた。それに関しては僕も悩んでいるところだ。

 これから一週間程度はまだ初々しい期間だから、と誤魔化すことも出来るが、流石に一月も経てば言わなきゃいけない時期も来るだろう。特に野ノ崎やミミには、色々迷惑をかけた分、しっかりと挨拶しておかなきゃいけないとも思う。

 右左は紹介されたらどんな表情をするだろう。祝福するか、少し項垂れるか。

 僕はあの時、右左から手を離した。二回目だった。右左が世界で一番好きだったというのは僕が作り出した逃げるための嘘の感情で、嘘のビジョンだった。僕は最初から最後まで、神様さんに目を取られていた、そのことを裏切った右左にどう告げるのか。そもそも右左の中に僕への火がもう消えているなら、一番楽な話ではあるのだが、そこは人の心だ。やはり難しい。

「心配なら私も一緒についていこうか?」

 珍しく、真顔で人葉さんが僕に告げてきた。スーパーの入り口、かごをカートに載せ、僕は首を捻って何がベストかを考えた。

 厚揚げ。焼くか煮るだけでそれなりの料理になる上に、栄養価も高い万能食材。反ビーフシチューに転じようとしている僕には重要な味方だ。

 神様さんを右左に紹介するのに、人葉さんがいてくれると安心出来る部分はある。だが右左で困惑していたら、あの人間性を投げ捨てている父や母とどう向かい合えというのか。

「人葉さん、本当は人葉さんにいてもらえるとありがたいんですけど、やっぱり、僕と神様さんのことですから」

「そうだね。でも妹ちゃんが嫉妬しなきゃいいけど」

「それは……多分ないと思います。あとは友人周り。でもみんな僕と違って高校在学中の神様さんを知ってるから、厳しい目で見られそうな気もするんですよね」

 と、僕がしんみり漏らすと、人葉さんは僕の頭をぽんぽんとはたいた。

「何言ってんの。妹さんと友人は違うでしょ? 友達レベルなら無理に会わさなくてもいいじゃない。付き合いだしたよ、そう言うだけでもことは終わるし、君と双葉だけの時間がなくなるわけでもない。そんな心配は結婚するってなってから言うべきかな」

 なるほど、確かにそうだ。僕が本当にみんなに神様さんのことを紹介するとなれば、それこそ結婚するので共に挨拶します、なんて時くらいだろう。そんな日はまだ先だ、今考えることじゃない。

「ねえ、一宏君」

「何ですか?」

「このルックスよし学業よしの二宮人葉さんを振ったんだ、双葉泣かせたら怒るからね」

 彼女はにやりと笑いながら告げた。でもそこに嘘は混じっていない。僕は強ばる顔のまま人葉さんに真っ直ぐ頭を下げた。

「はい、絶対に幸せにします」

「だから、その台詞はちょっと早いって。恋人同士、仲良くするんだぞ」

 そして、彼女は僕にあれこれ指示しながらまた周囲の食品を眺めだした。

 右左の味覚を変えるには、まず薄味に慣らすことから始めなければいけない。こんな時、料理が得意な神様さんならどう出るだろうか。

 またメイドカフェ行かなきゃな。僕は青菜を手にしながら、少しだけ笑った。

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