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神様さん、悩みを聞いて下さい

 放課後、背中にざわざわ声をかけられている感触を吹っ切って、僕は駅前へ飛び出した。

 委員長さんがあの休み時間以来、更に親しげにしてくれたわけでもない。それに彼女が委員会の活動として右左の心配のため電話番号とメールアドレスをくれた可能性が高いと、僕はまだそう考えていた。

 ただ何となく思うことはある。僕は夕暮れ四時の駅前をぐるぐると回った。足が動かなくなるまで走れという、一昔前の非科学的な根性論の体育会系のように、ひたすら駅前を回った。

 じっとしていた方がいいというのも分かる。夕飯の買い出しもしなければならない。でも僕は息が切れても、スポーツドリンクの水分でまた走り出した。

 大分夕暮れの赤がきつくなってきた。僕はおもむろに腕時計を見た。五時半。これだけ走り回っても会わないというのは、そういうことなのだろう。

「疲れた顔して、どーしたの」

 俯き、肩で息をする僕の頭上に声がかけられた。僕はその声色に頭をもたげた。

 そこにいたのは、間違いなく今日僕が探し続けていた、神様さんその人だった。

「……はあ」

「何いきなりため息ついてるわけ。ていうか失礼だとか思わないの?」

 神様さんは僕が安堵の吐息を漏らす理由を知らないようで、不満の弁を述べてくる。どうでもいい時に偶然会う割には、探してもなかなか見つからないのだから厄介じゃないか。僕のそんな思いを神様さんはくみ取ってくれないらしい。

「神様さんを探してて」

「え? 私を探してた? ようやく信じる気になったの?」

「うーん、神様と信じるかどうかは別として、話をしたくて」

 僕がそう言うと、彼女は口を真一文字に結び横を向いた。神様と信じないは減点。話をしたいというナンパのような口調は大幅減点。いやこれは困った。僕は口調を改め、もう一度彼女に頼みこんだ。

「神様と信じないとかじゃなくて、君が神様なのかもしれないって信じるきっかけになるかもしれない、だから話してみたいんだ」

「ふーん……何かあったの?」

「何か……あったようななかったような気もするけど、誰かに相談って考えた時に真っ先に浮かんだのが、何でかしらないけど神様さんだった」

 思ったままのことを口にする。彼女は僕のその言葉が大満足だったのか、相変わらずの大きな胸を押し上げるような腕の組み方で、僕に笑った。多分胸の前で腕を組むことも出来るのだろうが、大きな双峰で手が回りにくいか、圧迫されて苦しいかのどちらかなのだろう。僕にとってはちょっとばかり扇情的で、その腕の組み方は嬉しい。

「じゃあ話、聞こうか」

「いや、話聞いてもらうわけだから、場所を変えよう。せめてファミレスで」

「え? えっ? ごちそうになってもいいの?」

「ああ、うん。好きに食べてくれていいよ」

 僕がそう言うと、彼女はことさら嬉しそうに飛び上がった。ファミレスで最も高いメニューを連続五回注文したところで、一万円しない。それに彼女がそこまで食べるとも思えない。

 公園の端で淡々と話をしてもよかったのだが、自分の都合で話を聞かせるのに彼女にもてなしがないのも失礼だ。そしてファミレスへ向かう揚々とした足取りに、メニューを色々考えている彼女を見ていると、こうするのも悪くはなかったなと思える。

 駅から少し離れた道路沿いのファミレスに神様さんを連れて入った。この時間帯は客があまりいないのか、待たずに席へ通してもらえた。

 神様さんはメニューを差し出されると、あれやこれやに目を向ける。

「好きなの頼んでいいよ」

「で、でもきみのお金……」

「このぐらいだったら大丈夫、心配しないで」

 僕が平然と返すと、彼女はよしと気合いを入れて穴が開くほどメニューに目を通しだした。

 そろそろ決まったかなという時に、僕は呼び鈴を鳴らしウェイトレスさんを呼んだ。

「ご注文はお決まりでしょうか」

「フライドポテトとドリンクバー。そっちは」

「え、えっと、このチョコレートパフェと、やわらかステーキと、山盛りポテトとドリンクバーで」

 半分予想していたことではあるが、なかなかの食欲だ。とはいえ、想像を逸するほどではなかったので、少々安心した。

 注文を終えて喜色を前面に出していたが、彼女はもしや突然自分が支払わされるのではないかと不安になったのか、僕を注視する。僕は黙ったまま、財布を取り出し彼女に見せた。

「はい、これで嘘じゃないでしょ」

「よしよし。思う存分食べられるぞー」

 そんなことを言う神様さんが普段何を食べているのか、ちょっとばかり気になる。

 僕が神様さんと話をしたいといってここに来たのだが、彼女はいつ料理が来るのかとそわそわしている。朗らかで平和。悪く言えば能天気。こういう人物が世の中にいても、問題はなかろう。

 僕がドリンクバーへ行こうとすると、彼女も同じようについてくる。意外とこういう俗世の習慣をよく知っているようだ。

 僕がウーロン茶を注ぐ横で、彼女はコーラを注いでいた。もしかしたら、先日もコーラが欲しかったのかもしれないな、とうきうきする彼女を尻目に僕は席に戻った。

 さて、どこから話せばいいものやら。ストローに薄い桃色の唇をつけ、炭酸水を飲んでいく彼女に、僕は腕を組みながら話した。

「神様さん、僕って何か変わったと思う?」

 彼女はストローから口を離さず、首を横に振った。そりゃそうだ。知り合って一週間の上、彼女とまともな時間を接そうというのは今日が初めてだ。彼女が僕の何を知っている。

 彼女はそのままコーラを一気に飲み干すと、またドリンクバーのコーナーへ向かってしまった。このくらい元気な方がいいのだが、日頃の食事が本当に怪しく思えてくる。

「コーラおいしいね」

「いや、それはいいんだけど、僕の話を……」

「ああ、それ。そうだね、私は分かんないけど、運が向いてきたんじゃないかな」

 彼女は「運」という言葉を使った。ミミが僕に言ったことと、ほぼ同じ内容だ。

 彼女は運勢の善し悪しが分かるのだろうか。気持ちの高ぶりが、前のめりにさせていく。

「その、クラスの女の子から携帯の番号とメアドを教えられたんだ」

「ふむふむ」

「でも周りが言うには、その子、そうしたことなんてないらしくて」

 僕の言葉に彼女は何度か頷く。その頷きの間に、注文していたステーキやポテトなど、熱を持ったものが運び込まれた。

 彼女は早速ナイフとフォークを手にステーキを切っていく。案外手慣れたもので、こうした様相から出てくる神様なんて単語は、なりきりごっこの痛い人を連想させる。

「お肉っお肉っおいしいなっ」

「……そう、ならいいけど」

「きみもポテト食べた方がいいよ、冷めちゃうから」

 妙な気遣いを彼女は見せる。僕はそうだなと頷きながら、自分の分のポテトに手をつけた。ほんのりかかった塩味に、ジャガイモ特有のぱさつきが現在の境遇を嘘なのではないかと思わせてくる。

「話、続き言うね。周りはそういう奴は初めてだって言うんだけど、僕はそう思えないんだ」

「なんで? モテ自慢?」

「違うよ。家にちょっとややこしく見えることがあって、それの世話のためだって思うんだ。実際彼女もそんなこと言ってたし」

 力なく、ポテトの端をまた一つつまむ。すると神様さんが、憤りを隠さない顔で、握っているナイフを僕に真っ直ぐ向けてきた。怒っているのは分かる。だがエキセントリックすぎないか。僕のそんな恐怖をよそに、彼女はむっとしながら答えた。

「あのね、その子からしたらどれだけの勇気を持ってそれを渡したと思う?」

「……確かに、そういうところは考えてなかった」

「その子は自分が幸せになりたいから、きみにそういうのを渡したわけ。その真っ直ぐさを受け止められないって、どう思う?」

 思っていた通り、神様さんはいい人だった。自分がどうとかそういうことは二の次で、他人のことを思いやれる、そういう人だ。

 僕は胸をなで下ろし、彼女を見つめた。彼女は困惑するように上目で僕を見ると、また食事にありつきだした。僕の話は簡単に解決出来るものであり、彼女にとって重要なことではないと、痛感させられる。

 しばらくするとステーキとポテトがなくなり、店員さんが運び去っていく。すると食べてからだというのに、神妙な面持ちで神様さんは訊ねてきた。

「あの、本当にこんなのでいいわけ? そりゃ食べさせてくれるのはありがたいけど、ちょっと自分の役目を果たしてないっていうか……」

「色々話でも聞こうかなって思ったんだけど、神様さん見てたら悩みって馬鹿らしいと思った部分もあって」

「ってどういう意味だあああああ!」

 神様が激怒しながら僕に食ってかかる。いやいや、それは言葉通りの意味なんですよ、なんて言っても彼女に通じるわけもない。

 しかしこの投資を無駄にしたくはない。僕は改めて彼女に質問した。

「神様さんは幸せをどう考える?」

「幸せ、うーんよく分かんないなあ。どうしたの」

 彼女が僕に問い掛ける。僕は話すべきか否か少し迷い、口を開く道を選んだ。

「僕は新しく入ってきたってだけでちやほやされてる。でも、僕の妹は元気がない。僕の幸せは妹が元気でいることだから、僕は幸せじゃないと思うんだ」

 周りの騒がしい声にかき消されそうな僕の言葉に彼女は真剣に聞き入っていた。目を反らさずずっと耳を傾け、ずっと思いをこちらへぶつけてくる。。

 僕の質問から、三十秒ほど経って、おもむろに彼女が口を開いた。

「じゃあ幸せじゃないね」

「やっぱりそうか」

「人の幸せってどうやって決まると思う?」

「分からない」

「その人の気持ち次第。雨が降って嬉しいと思う人、雨が降ったら嫌だって人。同じ境遇にいたって違う気持ちを持ってたら幸せか不幸か変わるんだよ」

「でも、その幸福論は状況に左右されるんじゃない」

「じゃあ、きみがさっきの子に告白されたとして、幸せなの、不幸なの? そこんとこ決めるの最終的に自分自身だよ」

 彼女の勢いのある言葉は説得力があった。幸福と不幸は、所詮自分の中の認識の結果であり起こった事象に違いなどないのだ。

 運ばれてきたパフェのクリームを頬に付けながらも一生懸命食べる彼女に、僕は敬服を感じていた。普段からああいった強い心を持っていなければ、咄嗟にあんなことを言えるわけがない。ふらっと昼間から街を行く人かと思えば、こういった側面を出す。彼女は卑怯だと思った。

「それで」

 彼女がおもむろに口を開く。唇にはまだクリームの白が薄く残っていた。

「きみはどうしたいの?」

「……僕は幸せかどうか分からない。でも、僕が幸せにしたい子はいる」

 少しだけ、隠した言葉。それを聞くと彼女は大きく頷き、両手で頬杖をつき、僕のうなだれかけた顔を覗き込んできた。

「よし、それじゃ、何か手伝わないとね」

「いや、そこまでは言ってないよ」

「あのね、神様っていうのは他人から悩みを聞かれたら精一杯しなきゃいけないの」

「じゃあ願いを変えます。僕は女性と肌と肌で親密に触れ合ったことが――」

「そういう悩みは別んとこ行け! 神様が何でもしてくれると思ったら大間違いだぞ!」

 ちょっとした冗談を、神様さんは真に受けて怒鳴ってくる。だがそれが彼女の生真面目さの表れであり、僕にほっとした気持ちを与えてくれる要因でもある。

 彼女はむくれながらも、僕の苦笑気味の顔に気付き、それが冗談だったと悟ったようだ。彼女は頬を膨らませ、パフェの残りにに口づける。

「とはいえ、私に大きな力もないし、どうしたらきみを幸せに出来るのかなあ」

「神様さんはよく駅前をうろついてるんでしょ。その時その時に、僕の話を聞いてくれるだけでいいよ。それで僕の幸せのきっかけが出来そうな気がする、何となくだけど」

「それでいいの?」

「うん、相談料としてこのくらいの食事ならごちそうするから」

 僕が契約金としての食事をちらつかせると、彼女の目の色が変わった。だから、ファミレスが嬉しいって栄養とか大丈夫なのか。僕の心配する目をよそに、彼女は何やら指折り数えている。この近辺には違うファミレスもいくつかあるので、恐らくそちらも考えに入れているのだろう。だから何度も言うが、大丈夫なのかと問い掛けたい。

「まあ色々冗談を言うと思うけど、適当に流してくれればいいから」

「きみの冗談は一瞬冗談かどうか分からないものが多いからね。注意しておくよ」

「肌と肌で触れ合いたいと思ったのは本当なんだけど」

「だからそれが冗談かどうか分からない一番の例だって何で分からんっっっっっっ!」

 彼女は席から立ち上がるくらいに激高し、僕に叫ぶ。こうして馬鹿馬鹿しいリアクションを取ってくれるだけでも楽しいというものだ。

 彼女との契約は結ばれた。

 窓の外を見る僕を尻目に、目の前の神様さんは、パフェの容器を空にしていた。

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