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3/12 月を照らし出した太陽(上)

 中間試験が始まった。それは桜の季節が終わり、陽春眩しい五月が深まったことの表れでもある。

 昼休みのないここ最近は、野ノ崎やミミとも会えず終いだった。二人は僕と違い社交性をふんだんに持ち合わせている人間だ、新しいクラスメイトと話すので手一杯なのだろう。

 というか、中間が終わればまた話す機会が増えると思う。僕と話をせずに真っ直ぐ帰っているのは、進路にダイレクトに響くからこそだと信じたい。

「塚田君」

 鞄を持って帰ろうとしていると、前から声が響いた。顔を上げると、笑顔の委員長が立っていた。

「ああ、委員長か」

「今は生徒会長だけどね」

「僕の中では委員長は委員長だよ」

「私の本名忘れてない?」

 まずいところを突かれた。そう言えば、この人を委員長委員長とあだ名のように呼んで、本名のことをすっかり忘れている気がする。

 僕の顔が凍ったことに気付いたのか、彼女は苦笑気味に二度目の自己紹介をした。

「私は長瀬由佳。思い出してくれた?」

 いや、思い出せませんとはとても言えず、僕は作り笑いを浮かべて言葉を濁した。

 それでも彼女はそんな僕を許してくれるのか、微笑をまったく崩さない。

「試験、どう?」

「手応えがあるようなないような。大きなミスをしたつもりはないけど、返ってくるまで分からないかな」

「塚田君、試験の時いつもそれ言ってるわね」

「え、そう?」

「そう。絶対に試験前に大口叩かないで、試験中は分からない、返ってきたらたまたまよかっただけって言うの、あなたのいつものパターン」

 そうだったのか。思い出してみると、確かにそんな感じはする。というか、他人にそんな情けない癖を見抜かれていたのが、試験で点数が悪かった時以上にがっくりきた。

 彼女はとんとんと軽いステップを踏んで、僕の前に立った。真っ黒な真円の目を僕の目に合わせて、彼女は小首を傾げてみせた。

「今日は生徒会ないのよ。どうせ何にもないんだし、一緒に帰ってもいいかしら」

「ああ、そういうこと……。別にいいよ」

 僕が歩き出すと、彼女は横に付くように歩き出した。

 外は真っ白な雲がいくつもかかっていて、少しずつ夏が近づいてきていることを実感させてきた。

 彼女は僕の隣で歩けて何か楽しいのだろうか、笑顔を崩すことはない。とはいえ、「面白いの?」なんて空気の読めないことは、さすがに空気を読むことに長けていない僕でも言うことは出来ず、黙ったまま共に歩いた。

「生徒会長になってから、結構色々変わったわ」

「そうなの」

「映画もなかなかいけなかったりね。でも、先生方から熱心にやってるから結構いい大学の推薦も構わないって言われてる」

 確かに、生徒会に入る人の中には、推薦目当ての人もいる。ただ彼女は推薦目当てではなく純粋に誘われたから入っただけだ。その点に関しては偽りはないと思う。

 彼女は大空を仰いだ。横顔から見えるその目はいつもの笑っているものではなく、どこかアンニュイで疲れたような目だった。

「推薦もいいんだけど、地力で受験するべきかどうかっていうのも、結構難しい問題よね」

「生徒会長まで務めたら相当いいとこ行けるんじゃない?」

「それも分かるんだけど、自分の力なら、推薦よりも一つか二つ上のランクに行けるかもって思うのよ。……そういう考え方を与えてくれたのは、あなたなんだけどね」

 彼女は僕を見た。僕はそれを信じ切れず、思わず「え?」と聞き返した。

「推薦の話も断って、受験するって聞いて。成績が凄いあなたがそんな生き方をしてる。それまでは推薦でいいって思ってた。でも、それは努力から逃げてるように思えてきたのよ」

 彼女の目は真剣そのものだった。

「私ね、正直に言えば今も二宮さん嫌いなのよ」

「……まあ、それは見てて分かるよ」

「でもね、最近気付いた。多分それは、嫉妬がかなり含まれてるんだって」

 彼女の言葉に僕は胸の中で驚きを覚えた。顔に出さず、彼女の様子を淡々と見つめるふりをする。この姿がどれだけ滑稽か、僕は自分の弱さに笑いたくなった。

「あの子、ここに来てた頃凄く暗かった。暗いのに変なこと言って。でもその言い続ける強さは本物だったし、私にはなかったものだった」

「……強さ」

「多分、皆既月食の月みたいなものだったんだと思う。太陽に照らし出されたら、魅力的な子になるんじゃないかって。そして、私はそんなものからかけ離れた五等星とか、必死に輝こうとしてる小さな星だって思わされるの」

 と、彼女はそれを言い切ると大きく息を吸って、くるりと僕に向いた。

「二宮さんとの噂が本当かどうかは知らないし、私には関係ない。塚田君はあの子が関わってる関わってない関係なしに尊敬出来る人だし。ただ、自分の中にある嫉妬心は振りほどきたいわね」

 彼女は最後におかしげに笑うと、僕の側から一歩離れた距離を保ちながら、無言になった。

 テスト用紙にはペンを滑らせて解答を簡単に書けるのに、自分の人生にはヒントすら見えてこない。僕は何を迷い、何に怯えているのか。何が欲しい、何がしたい、考えれば考えるほど何も分からなくなって、僕は難しい顔をしていた。

「ねえ、塚田君」

「何?」

「私ね、あなたと出会って半年ほどでしょ?」

「そうだね」

「何の結果も生まない時間なのかもしれないけど、きっと、私の人生を振り返るに当たって重要な半年だったって、今から予感してる。でも、二宮さんは嫌いだけどね」

 この人、そこまで神様さんのことが嫌いなのか。まあ、自分は神様ですって言ったり、グループ分けを嫌がる可愛いだけの内向きなキャラは、僕も事情を知らなきゃいらつくかもしれない。

 皆既月食の月は、少し時間が経って輝く日が来たのだろうか。その照らし出す太陽は、僕なのだろうか。

 考えてもあまり意味のないことだとふと空を見た。本物の太陽が放つまばゆい光と澄んだ青が、体を飲み込んだ。

「塚田君、またね」

 駅前で、彼女は去る。僕に難しい命題を与えて。

 考えたところでテストは待ってくれない。僕は夕食の材料を買いにスーパーの方へ足を向けた。

「へえ、あれが噂の双葉の天敵、委員長か。何だかんだ言って美人顔だね」

 いきなり知ったような言葉が投げられた。振り返ると、僕の後ろに二宮人葉さんがいた。

 彼女が来て特段困ることはないのだが、神様さんの家庭事情を知らない委員長が人葉さんを見れば間違いなく勘違いして、一触即発の事態に陥っただろう。

 冷や冷やさせるのはやめてほしい。僕はため息をこぼして彼女に近づいた。

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