3/6 昼食メンバーに新しい人材が加わりました(下)
さて、これで昼食も終わりか……と思っていると、ふと視界の端に、こちらへ向けた視線が向けられているのに気付いた。
あれは、と思っている間にその視線の主である女性はこちらへ来る。笑顔を浮かべながら、その人物は頭を下げてきた。
「塚田先輩、お久しぶりです!」
突然発せられた言葉に僕以外の三人はぽかんとしていた。そう言えば、この子のことは神様さん辺りにしか話してなかったな、と今までの行動を僕は反省していた。
「カズ君……この子誰?」
「二年の子」
「いやネクタイ見りゃ色で分かるよ。どういう関係の子かってことだよ」
と、矢継ぎ早に僕に質問が投げられる。そうは言っても、いきなり告白されて、その答えを否定するのが可哀想だから保留にしているだけの関係、なんてのは言いにくい。
僕が答えに窮していると、その少女、木島さんだったかが、僕の代わりに話し出した。
「あの、私、塚田先輩に憧れてるだけです。あんまり気にしないでください」
「いや……気にしないでって言ってもなあ……てか一宏からそんな話聞いてないぞ」
「話す必要なかったからな」
僕達が淡々と話していると、右左が彼女の顔をじっと見ていた。だが相変わらず記憶にないのか、それとも初対面なのか、どう接すればいいのか困惑している。
「あの、楠木さん、私のこと知ってる?」
「いえ……でも二年っていうことは、私、同じ学年だったんですよね」
「そうそう! 楠木さん、二年の間でも話題だよ。凄く可愛い子が帰ってきたって」
彼女は浮かれた声で右左に話しかける。だが右左はそのテンションが苦手なのか、少し引き気味に体を反らしていた。
「で、お前の立ち位置は分かったけど、一宏に用事、それとも一宏妹に用事、どっちだ」
野ノ崎が珍しく冷たい声を発した。それは突き放すようでもあり、木島さんは少し暗い顔を見せた。
「あの……楠木さんが学校に帰ってきたって聞いたので、一度挨拶しておきたかっただけなんです。邪魔でしたね、それじゃ先輩、またよろしくお願いいたします」
と、彼女は一言残すと、来た時の勢いのまま、学食の外へと走り抜けていった。
黙り込んだ僕達の間に、重苦しい空気が過ぎる。その七割くらいは右左からで、元凶の野ノ崎は口を結んだまま腕組みをしていた。
「あの、野ノ崎君、さすがに今のは感じ悪いよ」
「まあな」
「分かってたならもう少し優しく接してあげようよ……。私たちじゃなくて、右左ちゃんとかカズ君に用があったみたいだし」
ミミは今更になってしまったと後悔したような顔で、フォローを入れる。だが野ノ崎は腕組みを解くことなく、ミミに切れ味鋭い声で言い切った。
「ミミ、あいつ、一宏の妹をダシにして、一宏に近づこうとしただけだぞ」
「まあ……そうかもしれないけど……」
野ノ崎はそう言うと、手元にあった学食の茶を飲んで、右左ににっと笑った。
「おい、一宏妹」
「……何ですか?」
「一宏のいいところ、一つ教えてやる」
野ノ崎が僕を褒めるなんて、ちょっと不気味だ。そんな話なんて、僕も一度も聞いたことがない。
右左もそんなことに興味津々なのか、少し身を乗り出して野ノ崎の目に自分の目を重ね合わせていた。
「さっきの奴みたいなの来たら、普通どんな態度取るか分かるか?」
「……分かりません」
「だろうな。普通ならまああんな感じの奴が来たら可愛いなとか付き合いたくないとか、陰で笑い話にする奴がほとんどだ。俺だってそうする。でも一宏は絶対に笑い話になんかしなくて、相手を傷つけたりしない。俺の悪口は平気で言うくせにな」
最後にオチを付けながら、野ノ崎は僕を褒めちぎった。そう言えば、人にあまり興味がないせいか、そういう陰口をたたいたことはないような気がする。父と母に関しては右左のことで相当毒を吐いているが。
野ノ崎は一旦立って、ポットに近づいてお茶をまた注いでいく。その間、右左は何か感心したかのように、僕を横目で見ていた。
「兄さんは、誰にでも優しいんですね」
「面倒なだけだよ」
「面倒だって人は、他人のフォローなんてそう出来ないよ。カズ君は本当にいい人だから、右左ちゃんは自慢していいんだよ」
ミミは右左を励ます。考えてみれば、右左はここへ戻ってくることは出来たが、人間性を回復したとまでは言えない。それが今、少しずつ成長しようとしている。兄として、手助け出来ることがあるなら何でもすべきだろう。
「あの、三重さん」
「何?」
「私も、兄さんみたいな優しい人になれるでしょうか」
堰を切ったような一声を、右左がミミに向けて放った。ミミはわざと小首を傾げながら、一拍置いて右左に答えた。
「それは右左ちゃんが意識すれば出来ることかな。頑張れとも言わないし、なれとも言わないよ。でも、なりたいなら一生懸命、カズ君の背中を見て学べばいいんじゃないかな」
ミミの助言に右左は頭を下げた。こういう関係も、また、僕達にしか築けないものだ。
自分の分のお茶だけ持ってきた野ノ崎が席に着く。そして僕をまたじっと見てきた。
「で、一宏、さっきの二年はどういう関係なわけ」
「まあ、隠し事にする必要もないか。二月にいきなり告白されて、今は受けることは出来ないけど頑張ってって答えた」
と、僕が返答すると、野ノ崎は呆れたようにため息を零した。
「お前も妹も、きっぱり断るってことを知らんのか。付き合う気ないんだろ」
「まあ現状そうかも。ただ傷つけるのは嫌だったから」
「その中途半端な優しさが余計に人を傷つけるわけなんだが……一宏らしいな」
野ノ崎は付き合っていられないとばかりに投げやりな声を返した。神様さんにフォローしろと言われたからそうしているだけであって、僕の主体性はそれほどないのだが、それを話すと余計に面倒なことになるのでとりあえず黙った。
「色々あるけど、まずは明後日からの実力試験! この二ヶ月気合い入れて勉強に励んだからな。楽しみだー!」
「野ノ崎さんって、努力家なんですね」
「右左、騙されるな。こいつは一年から今までサボり続けたツケが今来てるだけだ。右左は久しぶりのテストだからって勢いつけすぎるなよ」
僕の言葉に右左は笑顔で「はい!」と答えた。その様子を頬杖を突きながら見ていた野ノ崎も、静かに笑っていた。ミミも笑っている。
僕達のこれからがどうなるか分からない。でも、ほんの一歩だけ踏み出せたかもしれない。空っぽになった弁当箱を見つめ、緑陽が辺りを包みだした中庭を、僕は眩しく見つめていた。




