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3/3 思っても見なかった祝福

 家に帰って、ささやかなビーフシチューパーティーを行った。なんて言ってもいつもと変わらない食事で、僕と右左は互いに笑い合っていた。

 眠る前、何ヶ月も心配した一日を呆気なく終えられたことに、ほっとすると同時に、何を心配していたんだろうと考えた。

 これも喉元過ぎれば熱さを忘れるという奴かもしれない。

 朝になり、僕は右左が家を出る準備を調えるのを待った。

「お待たせしました」

「いや、大丈夫。始業五分前には間に合う」

 時計は危機感迫る時間を示していない。僕達はゆっくり家を出た。

 制服姿の右左を見るのはこれで二日目だが、他の女子が羨むであろうほど細い体型をしている。ただ胸や尻と言った部分にも肉はあまりついておらず、その点はなかなかうまくいかないものだと思い知らされる。よく言えばスレンダー、悪く言えば肉付きの悪い美少女。それでも男子がアリのように群がるのだから、右左の見た目は衆目を引くのだろう。

 学校に着いて、靴箱で右左と別れる。今日の右左はオリエンテーションで学内散策、昼間には家に帰るだろう。僕は集合写真の撮影くらいで、取り立てて面白いことがあるわけではない。

「かぁずひろー!」

「カズ君、おはよう」

 廊下を歩いていると、聞き慣れた二つの声が耳に飛び込んできた。僕のいるクラスとは違う教室の前で、付き合いの長い友人である野ノ崎と三重美咲が手を振っていた。

 二人は小走りで近づいてくると、満面の笑みで僕の肩を叩いてきた。

「一宏、始業式会えなかったから心配したんだぞ」

 確かに思い返せば二人と始業式に出会った覚えがない。右左の復学について、最後の処理を終えるため、あれこれやっていたためだ。

 とはいえ、長い付き合いの友人がこうして顔を見せてくれるのはありがたい。僕は頬を緩め二人を見つめた。

「カズ君と同じクラスになれるかなって思ったけど、なれなかったね」

「俺も今年は一緒がよかったなあって思ってたんだけどな。そういや一宏、委員長……生徒会長に出世したんだったか、あいつも別のクラスだな」

 野ノ崎がしみじみと呟く。見知った人、仲がそれなりに良い人と新しいクラスで一緒にはなれなかった。僕のクラスは3ーA。成績順でクラス分けしているという噂があったが、成績優秀者であり、生徒会長まで務める委員長と一緒のクラスではない辺り、それは嘘であると得心した。

 委員長にも右左の復学には随分と世話になった。あとで顔出しして頭を下げておかないと。

「一宏、今日は忙しいだろうし、また授業始まった頃に一緒に昼飯食おうぜ」

「うんうん、その時妹さんも連れてきてくれていいよ」

「……何かお前ら、右左で遊んでるだろ」

「そ、そんなことないよ、ね? 野ノ崎君」

「そ、そうそう。まあ……すでになんか凄いって話は聞いてるけどな」

 昨日の騒ぎの話か。それとも僕や右左の知らないところですでに話題になっているのか。

 とはいえ、清楚にまとめて、小動物的な引っ込み思案な部分が庇護欲をかき立てる右左なら、そういう話が出ない方がおかしいのである。

「もしかしたら押しに負けてすぐに彼氏作ったりしてな」

「右左が幸せになれるんなら別にいいけど」

 と、僕が白けた声を返すと、野ノ崎はまるで少女のように頬を膨らませて僕を睨んだ。

「野ノ崎君、そろそろ教室戻らないと」

「あ、そんな時間か。新学年開始早々遅刻扱いだったら心証悪いしな。じゃ、一宏、またな」

「カズ君、またね」

 そして二人は去っていった。好き勝手に話して、好き勝手に去っていくところは去年と何等変わりない。

 もっとも、そんな平凡な日常が、右左の復学という一大イベントを迎えるにあたって、気持ちを楽にさせてくれたのも確かだった。

 あの二人にも、随分と助けられてるな。

 ……そして、あの人にも。

 そういえば、今日会う約束している。僕が会いに行くことは多いけど、僕が呼び出されることは珍しい。何があるのか。僕は『あの人』のことに思いを巡らせながら、教室に入った。

 実質的な授業は明日から。その前に最終確認的なHRが開かれる。

 新しい知り合いは増えていないが、僕のことを知っている生徒はたくさんいて、周りから妹のことを何故か色々心配された。

 今度の担任は、歳の行った男性教諭だった。右左の事情や僕の家庭の事情も書類や色々なところで聞いているのだろう、スムーズに挨拶を終えることが出来た。

 昼になり、集合写真を撮り終えると、教室に戻り担任の一言でそのまま退散、となった。年齢から来る余裕なのか、割とフランクな性格の担任だな、と思った。

 そして、僕は少しずつ昂ぶってくる感情を抑えながら、『あの人』の待つ駅へ向かった。

 電車でわずか数駅。そこに何が待っているのだろう。まったく想像出来なくて、僕はただ電車から流れる景色を見つめていた。

 電車が目的地に着いた。僕はゆっくり降りて、改札の周囲を見回した。

 ――いた!

 僕の顔が思わず緩む。その勢いのまま、僕は待ってくれていた『彼女』の側に走っていった。

「こんにちは」

「あ、こんにちは。学校大丈夫だった?」

「今日は特に何にもなかったから。神様さんの方こそ大丈夫?」

「今日はバイト休みだし。ただ不確定要素は一つだけね……」

 と、彼女はすっと視線を後ろにやる。

 何だろう?

 そう思って視線を同じように移すと、彼女とそっくりな、もう一人の女性の姿が見えた。

「……なるほど」

「まあ、そういうこと」

 と、僕達が話していると、そのもう一人の『彼女』は僕達の側に近づいて高笑いを上げた。

「ははは、一宏君、そんな楽に双葉と二人っきりになれるとか思っていたのかね!」

「いや……それはともかくどうしてあなたがいるんですか」

 僕が困惑した目で彼女を見つめると、彼女はふざけた表情を解き、優しい笑顔で僕に答えた。

「今日のこれ、双葉と私、二人で考えたことだから」

「お姉ちゃん……まだ言うの早いよ」

 と、二人は何か目論見のあるような口ぶりで話す。だが僕はここへ何をするため呼ばれたかは知らない。

「あの、何かあるんですか?」

「それを知るために今から家に行くんだよ。双葉も一宏君も、さあ行こう」

 と、二人のよく似た美人姉妹に連れられ、僕は一度だけ行ったことのある彼女達の家へと向かった。

 歩き出した街並みは、以前と変わらずタワーマンションが多数立っている静かな街並みだった。少し離れたところでも、まだ新しいタワーマンションが建築されている最中だ。

 二人に連れられて来たのは一軒の高級マンション。この辺りでも群を抜いてる高層ビルで、ランドマークと言った雰囲気さえもある。

 慣れた手つきで部屋に向かう二人に連れられ、僕は頭を何となく下げていた。

「さてと、何が待っているのかな」

 と、僕が『神様さん』と呼んだ人とは違う、もう一人の女性が笑いながら口を開いた。

 扉が開かれる。ここへ来るのは二度目だが、緊張はまだ解けない。

「気楽にしていいから。変なことじゃないって」

 と、神様さんは笑う。彼女の特徴的なサイドアップのさらりとした黒髪が、少し上げた僕の手のひらに触れた。

 神様さんだけと思っていたが、双子のお姉さんもいるとは思っていなかった。そして突然指定された今日という日。それがまた不思議でならなかった。

「じゃ、一宏君、ここに座って」

 お姉さん――二宮人葉という名の彼女が、僕に告げる。僕はきょとんとしたまま座った。二宮双葉という名を持つ神様さんも、立ったまま冷蔵庫に向かう。

「あの、何が……」

「ふふ、双葉、いい?」

「大丈夫」

「じゃ、行きましょうか」

 と、人葉さんが笑うと、彼女は近くに置いてあった何かを取り出し、神様さんにも同じように渡した。

 え? と思っていると、それは突然甲高い破裂音を響かせた。そして、僕の目の前を色とりどりのひらひらした紙テープのようなものが覆う。

「半年間お疲れ様」

「一宏君、妹さんのサポート、よくやったぞ、褒めてやる」

 その言葉に僕はぽかんとしていた。何が起こったか分からない。二人が手にしていたのは、小さなパーティー用のクラッカー。

 でも、その言葉の意味が分かってきた時、僕はああ、そういうことで今日呼ばれたのかと、少しおかしく口を押さえた。

「こんなことしてくれなくてもいいのに、人葉さんも神様さんも几帳面だなあ」

「何言ってんの。きみがずっと頑張ってたの分かってたから、こうしてあげたかったの」

「そうそう。自分のことより妹のことを大事にするって、普通出来ないからね。もちろん私はしない」

 と、人葉さんの軽口を一通り聞いて、神様さんはくすりと微笑んで冷蔵庫に向かった。

 そこから取り出したのは、クリスマスに食べそうなローストチキンと、ホール状のショートケーキだった。

「これさ、双葉の手作り」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、言わないって約束だったじゃない」

「別に言ってもいいじゃん。あ、一宏君、このケーキ、完成までに三回失敗してるから」

 と、人葉さんはけらけら笑う。ケーキは見事な姿を見せつけて、三回も失敗したような空気は発していない。

「私はさー二回目失敗した時点でもう店でケーキ買おうって言ったんだけど、双葉が絶対自分でケーキ作るって意地になって。三回目失敗した時はバカかって思ったけど、作れるもんだね」

 人葉さんはにやにやしながら神様さんを見る。神様さんはむくれながら、僕から目を逸らした。

「神様さん、前レシピあったら大体のもの作れるって言ってたよね」

「……お菓子作りは初めてだったから」

「一宏君、そもそも菓子作りをしたことがない奴が、いきなりホールケーキに挑むかね? まずはクッキーとかちょっと簡単なものでしょ。でも今日を祝うのは手作りケーキだって言い張ってさ。強情すぎてちょっと疲れたわ」

 なるほどなあ、と僕は頷いてから、おいおいおいと自分の思考ががつんと戻る感覚を覚えた。

 今日が妹をサポートし続けていた僕をねぎらってくれる目的で開いたパーティーだというのは分かった。でもそこでケーキまで用意してくれるなんて、少し不思議だ。

 ……神様さんは僕をどう思っているのだろう。でもきっとそれは、神様さんから聞くのじゃなくて、僕から言い出すことだと分かる。

「お菓子屋さんで売ってるケーキでもよかったし、多分そっちの方が美味しいと思う。でも、やっぱり今日みたいな特別な日は、自分の手で作ったケーキでお祝いしたかったんだ」

「神様さん……本当にありがとう」

 と、僕が頭を垂れていると、人葉さんが僕に目を向け、くくと小さく笑った。

「どうでもいいけど、ローストチキン温めなくていいのー? サラダはー? ケーキは最後だろー」

「あ、そ、そうだった。きみは座ってて。あとは私がやるから」

「私はどうするんだ、私は」

「お姉ちゃん邪魔だから座ってて」

 と、神様さんは人葉さんを席につかせた。僕も同じように一礼して席に着く。

 それにしても立派なケーキだ。神様さんのバイト先であるメイドカフェでシフォンケーキを出しているが、あれじゃ駄目だったのだろうか。

 いや、駄目だったんだろう。そこまでして、僕と右左のこれからを祝ってくれることが、とてつもなく嬉しかった。

「それにしても一宏君、妹さん、どんな感じだった?」

「……緊張してました。最初校舎に足を踏み入れた時、足が震えてて。もしかして無理じゃないかって思ってたんですけど、最後は自分の力で乗り越えてました」

「君の妹さんは君が思っているよりも強い子なんだよ。でも凄く可愛いんでしょ? なんか写真とか撮ってないの?」

 人葉さんは興味津々といった面持ちでぐいぐいと前のめりに僕に訊ねてくる。僕は苦笑しながら、スマートフォンを取り出した。

「この間、新入生の挨拶が終わった後に家で写真撮りました。見ます?」

「見る見る。絶対に見る。どんな子かなー」

 僕がスマートフォンを操作して写真を映し出す。人葉さんはそれを餌に釣られた魚のように、激しい食い付きようで覗き込んできた。

「おお、これが君の妹さんか。確かにこれは争奪戦が起きそうなくらいの美少女じゃないか」

「まあ……否定しにくいですよね。僕は人葉さんや神様さんの方が美人だと思ってますけど」

 と、僕が呟くと、台所でローストチキンを温めていた神様さんの肩が少しぴくっと動いた。

「ねえお姉ちゃん、どんな感じの子?」

「さらさらーっとした長い黒髪の正統派美少女。目元ぱちくりしてるとこ辺り、一宏君そっくり。無茶苦茶可愛いよ」

「ま、まあ、妹さんだしね。色々大変とは思うけど、頑張って欲しいな」

 そう告げる神様さんは一切振り向こうとしない。あくまでローストチキンに向かい合っている。

 何か話を変えようか。気になっていた立派なローストチキンのことを訊ねた。

「そう言えばローストチキンはどうしたの?」

「それも私が作った。そっちは失敗してないからね」

「凄いね。去年のクリスマスは、妹と買ってきたローストチキン食べてた」

「七面鳥じゃないんだ」

「まあその辺はアバウトにやってるから。でもやっぱり神様さんは凄いな。僕も料理は得意な方だって思ってるけど、ローストチキンとか作るのはちょっと面倒って思っちゃうからね」

 僕は何度も神様さんを褒める。だが褒めれば褒めるほど、彼女は背を見せ続け、僕の方を見てくれなくなる。何か不機嫌にさせてしまう要素を含んでいただろうか? 僕は首を傾げながら、手持ち無沙汰の人葉さんと話すことにした。

「人葉さんは新学年どうでした?」

「あー誰がクラスメイトか覚えてない」

「……相変わらずですね。僕の受験とか気にしてくれますけど、人葉さんはどうなんですか」

「それもねえ。どっか田舎に行ってみたいって気持ちもあるんだけど、止められるんだよね。面倒くさい」

 僕の友人である野ノ崎はひたすら田舎に行きたくないと叫び続けている。だが成績優秀でどの大学でもおおよそ無事に合格できるであろうと予想出来る人葉さんが田舎に行きたいというのは多少なりともの驚きを僕に与えていた。

 世の中はうまく回らない。そんな言葉が脳裏に過ぎった。

「田舎でさ、私のことなんて何にも知らない人と新しい関係築いて、色んな自然を体感するのもいいかなーって思って」

「お姉ちゃん、田舎の人って案外意地悪だよ。お姉ちゃんに耐えられるの?」

 神様さんが振り向いてにこっと笑顔を向ける。人葉さんははあ、とため息をついて首を回した。

「そんなこと気にしてたら一生何処にも行けない気がするんだけどね、双葉」

「それもそうかも。でもお姉ちゃん人の評判結構気にする方だから、心配しただけ」

「ま、双葉もなるようになればいいんじゃない? 人葉さんという最大にして最高のライバルがいるけどね」

 人葉さんがにやりと笑うと、神様さんはむすっとした顔を隠さずに見せた。

 と、そんなことをしている間に、電子レンジにかけていたローストチキンが温まった。神様さんはバイト先で見せる忙しそうな顔で、ローストチキンの載った耐熱皿をミトンを付けた手で取り出した。

「うむ、これはうまそうだ」

「……お姉ちゃんが言わなくていいよ。たくさん食べてね。食中毒とか危ないから、持ち帰りさせないって決めてるから」

「分かった。たくさん食べる。ていうか、今日は腹に余裕がある」

 僕は冷蔵庫から出されたサラダボウルの野菜に視線を向けた。食べきれるかどうかは、こいつが鍵を握っている。

「じゃ、言い合ってても仕方ないし、食べましょうか」

「お姉ちゃんが勝手に言い合わせてるだけだと思うんだけど……」

「何を言う。ただ双葉の料理の腕は信用してるから、私もがっつり食べさせてもらうよー」

 と、それぞれにナイフとフォークが渡された。

 そういえば、これ、かなりお金かかってそうだけど、僕は何か払わなくていいのだろうか。

 僕はそんなことを感じながら、出された料理の旨さに舌鼓を打っていた。

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