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2/23 受験と今と妹のサポートは本当に両立出来ないのか

 二月の試練はまだ続く。期末試験の足音がすたすたと近づいてきていた。

 今日の昼休みは珍しく、開放されている屋上に置いてあるベンチに、野ノ崎とミミの三人で座っていた。

「今回はやらなきゃなあ」

 野ノ崎が大空を仰ぎながら話す。だが僕も否定せず「確かに」と答えた。

「結果次第で志望校強制変更ってそもそもシステムおかしくねえ? 日本の教育が歪なのを一宏、お前は感じないか?」

「感じない。ただ野ノ崎が必死にならないと第一志望を変えなきゃならないのは分かる」

「だからこそ、だ。ミミ、お前も進路そろそろ固めただろ」

「私ねえ……ますます迷走中」

 その言葉に僕と野ノ崎は同時に言葉を失った。以前から進路を決めかねているとは言っていたが、まだ決めていないというのは驚きを越え不安にしかならない。

「前は専門学校とか言ってたけど、今度はどうするつもりなんだよ」

「就職も悪くないかなあって。大学でやりたいことってのも見つからないし」

 最近、ミミがどんよりした表情になっているのをよく見かける。進路のことで相当悩んでいるのだろうが、少しはしっかり寝て後悔しない決断を見つけて欲しいというのが友としての思いだった。

「ねえ、ミミ。今はやりたいことが見つからなくても、入ってからやりたいことを見つけるってのもありじゃないかな。大学だったら転部とか三年次編入とかもあるし、やる気次第で変えられることもあるよ」

 僕の心配げな声さえも今は不要な雑音に聞こえるのか、ミミの表情は一層暗くなった。

 あのいつも明るい姿は、高校で青春を謳歌していたからこそ発揮されていたのかもしれない。出来ればミミにいつもの顔を取り戻してほしいのだが、今のこいつにそれを強要するのは、正に心を弄ぶ行為でしかない。

「あのね、カズ君。私来年もここに通うよ。でもね、少し考えたんだ」

「何を?」

「高校まで何となくで来て、楽しくやってきて。でもそれって自分の人生を真面目に考えてなかったから楽しくやれてただけで、苦しみながら頑張ってる人と比べたら何にもやってなかったんじゃなかったって気付かされたんだ」

 言い返せないことはなかった。励ますことも出来た。ただ、その言葉の重さに安易な返事はするべきではないとすぐに分かり、僕は黙ってミミの言葉の続きを聞いた。

「大学の次は社会に出て、社会に出られなかったらどうしようとか、段々不安になってきたんだ。全部、自分が適当にやってきたことの反動なんだけど」

「ミミ、お前考えすぎだ。一宏見てみろよ。何にも考えずに妹のサポートするために人生の大事な瞬間を捨てますだぞ? そうだな、一宏の言う通り大学入ってからやり直す方法もたくさんあるわけだし、とりあえず大学行っとけ」

「……途中で燃え尽きて辞めそう」

「入る前から辞めること考えてたら何にも出来ないぞ」

「まあ野ノ崎、ミミもかなり悩んでるんだ。安易なこと言うべきじゃないだろ」

「そうかなあ。俺にはあれだ、ずっと子供でいたいようにしか見えないけどな」

 その言葉にミミは小首を傾げる。野ノ崎はそれに気付いたのか、得意げに解説しだした。

「要するに、永遠に楽しい時間が過ごせたらいいな、子供のままでいたいなっていう思春期特有の考え方だ」

「子供みたいな考え方……」

「俺みたいに受験に迫られてたら、自然に捨てる感情なわけよ。いつまでも甘えてるわけにはいかないってな。ミミ、お前には甘さがある」

 おいおい、傷心気味の奴にかける言葉かよ。そう思いながらも、ミミは野ノ崎の言葉がしみているのか、俯きながらも一生懸命耳を傾けていた。

「一宏」

「何」

「お前も甘い」

「どの辺が」

「お前さ、妹が幸せなら自分も幸せとか言ってるだろ。そこがだ。お前の幸せは結局人生って枠でお前の中で完成するものだろ。他人の幸せを見て満足なんて、遠巻きに見てる敗者の感情なわけよ。自分の幸せが本当に何なのか、一生懸命考えてみろ」

 こいつよく喋るな、そう思いながらも、一理あると思い、僕も野ノ崎の言葉に頷いた。普段いい加減だが、時折こういうインテリなことを言い出すのが、野ノ崎の面倒なところである。

 僕の幸せ。右左のことはあるが、本音を言えば、神様さんとずっと一緒にいられれば、それが個人的な幸せの完成形であるのは分かっている。でも、一歩踏み出せない。今踏み出せば多分薄氷が綺麗に割れて溺れても逃げ出せない湖に落とされると思っている。

 じゃあいつ言うんだよ。そういう問題もあるが、薄氷がスケートをしても大丈夫なくらい硬い氷になかなかなってくれない。そのタイミングどころか機会さえ見えてこない。

 幸せなんて、自分の考え方次第。神様さんと知り合った頃に言われた言葉が蘇る。

「まあ一宏もミミも、頭まっさらにして期末試験頑張る、それで今はいいだろ」

「いいのかな……それで」

「それでいいんだよ。今は考えるより何か結果出すのがいいんだ」

 こいつ、多分教師とか向いてる。中学高校辺りだったら受けのいい教師になれそうだ。

 とはいえ、青空が曇天に見えるほどの嫌な言葉をたっぷり残したのは事実で、野ノ崎の得意げな顔つきはちょっとムカつかせるには充分だった。

「野ノ崎君は期末いけそうなの?」

「それは……別だ。目標は全部赤点回避して、担任を見返すくらいか」

「なあ、野ノ崎。それがきついのはお前が一番分かってるんじゃないか?」

「う、うるさいな! どうせお前には俺のこういう苦労なんて分かんねえよ。あとミミの悩みの本質も」

 僕がその本質を知ったところでどうにかなるわけでもないと思うのだが、野ノ崎はその点を突いて攻撃したいらしい。

 ただ、今の自分が少し後ろに歩き出している気がすることと、神様さんのまだ誰にも告げていない夢、そして色々まとわりついてきた僕の女性に関すること、それが複雑に絡まって分かりやすい解答を寄こしてくれないのも事実だった。

「まあ、野ノ崎も同じで僕の悩みは分かんないだけどね」

「何、お前悩みあるのか。教えろ」

「お前がいつも下世話な噂話してくることだよ。あれ本気で鬱陶しいからやめろ」

 僕がきつく注意すると、野ノ崎はしゅんと静まりかえってしまった。一応気にしていた部分ではあるらしい。

「でも二宮とのことは気になるんだよなあ、頭の片隅から排除しても」

「それが余計だってことだよ。終わってても続いててもお前に詮索されることも話すこともない」

「……分かった。これからは出来る限り控える」

「出来る限りってなんだよ」

「だから、頭の片隅から排除してもまた復活してくるんだよ、ゾンビみたいに」

 何と言うか、、面倒くさい思考をしてる奴だ。というか、何気に神様さんのことを考えている辺り、僕の中で鬱陶しさというか、こいつ自身を排除したい気持ちに駆られてくる。

 とはいえ、数少ない大切な友人の一人である。とりあえず、僕はため息を零した後二人に問い掛けた。

「二人がよかったら、うちで勉強会してもいいけど」

「カズ君、それ本当?」

「無趣味無趣味とせっつかれるのも疲れたし、野ノ崎のお前にだけは頼りたくねえっていう強がりも聞き飽きた。だから勉強会くらい開いてもいいって考え」

 僕がそう意図を説明すると、野ノ崎は唇を曲げながら、大空を仰いだ。

「お前にだけは勉強なんて教わりたくねえ」

「そうか、じゃあなしで」

「なんて言うと思ったか? 今は時期が時期だ。利用出来るものは全部利用させてもらう! それにまあ、一宏が普段どのくらい勉強してるか、そこも参考になるしな」

 ああ、そうか。そういう側面は見せたことがなかった気がする。趣味がないから夕食を取った後に一時間から三時間勉強するだけなんだが、それを世間では真面目にやってると称されることなのだろうか。

「じゃ、決まりで。いつがいい?」

「試験始まるより出来るだけ早くがいいな。一宏式勉強法を取り入れて俺は志望校をワンランク上げる!」

「ははは、カズ君、野ノ崎君凄く気合い入ってるよ」

「……まあ努力するのは本人だから僕からは何も言えないけど、いいんじゃないかな」

 僕は呆れたように呟いた。この間まで僕に教わりたくないと言い続けてきた奴の主張ではないが、その現金なところも含めて野ノ崎という男なのである。

「じゃあなるべく早くでいいなら明日でいいか。時間あるし」

「よっしゃ、かかってこい!」

「いや、お前にかかってこられる所以も何もないぞ。お前がかかってこい」

 僕が淡々と呟くと、野ノ崎はふて腐れたように頬を膨らませた。

「ミミは文系理系どっちだっけ」

「私は文系。数Ⅲとか物理とか出来る自信なんて全然ないし」

「野ノ崎は確か文系だったよな」

「そうだ、悪いか」

「いや……全員文系が揃ってるなって思って。やりやすい」

 僕が笑うと、二人は困ったようにお互いを見て諦めのような吐息を漏らした。この場合の文系を選んだは、夢があって文系を選んだのではなく、数Ⅲやら化学物理など文系脳には厳しい難敵から逃げた結果であろう。

「とりあえず、頑張っていこうか」

「一宏、頼むぜ」

 ……こいつ、以前僕には絶対頼まないって言ってなかったか? いや、十分くらい前にその言葉を聞いた気がするのだが、気のせいか?

 それくらい現金な方が野ノ崎らしくていいかもしれない。僕はあくびを一つして、空を見上げた。

 神様さん、今日もバイト頑張ってるだろうか。人葉さんはまた悪巧みしてないだろうか。

 青空が、少しだけ透き通って見えた。


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