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2/20 いきなり言われて困った果ての彼女の家

 あれから特に変わったこともなく、僕は学園の日常をこともなく過ごしていた。

 勿論、神様さんとメールと電話は欠かさず行っている。ただ最近の忙しさでお店の方に顔出し出来ていないのが困った所だった。

 僕の胸のに中に、またいつもの言葉が蘇った。父に言われたこれからの進路のことである。二年の終わり、進路に関して大詰めになっていても仕方ない。それでも家庭を放り投げた人間に言われるほど屈辱的なことはない。

「塚田くん」

 放課後、声をかけてきたのは委員長だった。彼女は喜色満面といった面持ちで僕に話しかけてくる。また映画の試写会でも当たったのだろうか?

「ああ、どうかした?」

「妹さんの方、どうかと思って。元気にしてる?」

「元気だよ。気力もみなぎってきて。ただ逆に、学校入り直した時にエネルギー切れを起こすんじゃないかってそれが心配かな」

 なるほどね、彼女はそう言いたげに顎に指を当てた。

「塚田くんは妹さんに何か助力してるの?」

「何にも。夕飯作りとか家事全般は僕の担当だけど、勉強面は全部本人任せ」

「それっていいのか悪いのか分からないわね。でも、塚田くんみたいな熱心な人がサポートしてくれてるんだから、妹さん、きっと大丈夫と思うな」

 そんなものだろうか。僕の助力無しでも右左はきっと立派にやり遂げると思うのだが、今の状態でそれを言っても仕方ない。

「とりあえず、今日はこの辺で帰るね」

「あ、ごめん。私も生徒会あるから。またね」

 彼女は柔らかい面持ちで去っていく。

 はあ、何か色々ややこしい日々だ。真っ直ぐ帰ろう。そう思って廊下を出ると、見知らぬ少女が壁にもたれかかっていた。ネクタイの色からして一年だ。みんながちらちら横目で見ていく。

 こんなところでさらし者にならなくても……。彼女の脇を素通りしようとした時、彼女は突然僕の前に飛び出してきた。うっかりしているとぶつかるくらいの距離だ。

「あ、あの、塚田先輩、初めまして!」

 彼女は僕の目の前に飛び出してくるやいなや、挨拶をしてきた。僕も困惑しながら挨拶を返した。

「ああ……初めまして」

「……その、今少しお時間ありますか?」

 何だろう、この宗教の勧誘に似た言葉は。しかし彼女から宗教の勧誘の臭いはしない。僕は大丈夫だよ、と答えて一つ学年が上の「大人の余裕」を見せてみた。

「ありがとうございます」

 そう言う彼女は今にも壊れそうなほど、足が震えていて、大丈夫かなと思える程だった。

 僕はしばらく彼女の歩く方に連れられていった。到着したのは人気の少ない裏庭。そこで何を話されるんだろう。僕は彼女にあえて声をかけず待ってみた。

「……その、面識もないのにこんなことを言うのも何ですけど、私、先輩のこと好きです!」

 ……はあ。何というか、返答に困る発言だった。見た目は愛くるしく可愛い容姿だし、それなりにモテそうな感じだ。

 ただ見知らぬ子にいきなりそんなことを言われても、非現実感ばかりが襲ってきて、自分の中にあるものを飲み込めない方が強い。

 そして何より、僕には神様さんがいる。せっかくここまで言ってくれたんだ、少し丁寧に返しておこう。

「ありがとう。でも今僕は、そういう恋愛に身をやつせないんだ」

「……委員長さんのことですか。それとも学校を退学した人のことですか?」

 泣きそうな表情で彼女は僕に追いすがる。ああ、この関係結構有名になっていたのか。事件の当事者だというのに、何故か淡々とそんな思いが去来する。

「どっちだろうね。でも、僕が君の言葉にはいって言えないのだけは確かなんだ。ごめん」

 僕が頭を下げると、彼女の目から抑えていた涙が零れだした。彼女はそれ以上何も言わず、そのまま頭を下げて、勢いのままどこかへと走り去っていった。

 何というか、罰ゲームで告白してこいってノリだったんじゃないかと思うくらい、手早い告白劇だったと思う。

 本当は委員長のことなんて頭にもない。僕が好きになった、神様さんにずっと側にいてほしいとだけ願っている。それは本当に贅沢なことなのだろうか。僕は悩む度に、困惑する自分に何も返せなくなっている。

 神様さんに、きちんと思いを告げないと、いくらクヌギの加護があるからと言っても愛想を尽かされる可能性がある。

 でも僕に、そんな勇気はあるのか。ないとしか言いようがない。

 困ったな。名も知らぬ下級生に告白されたことで、狭い空間の中に閉じ込めていたことが顔を覗かせてきた。

 こんな時はメイドカフェに行くに限る。僕は制服姿のまま、駅へ向かった。

 駅に着くやいなや、切符を買って、メイドカフェのある街へ向かう。いつもの駅に向かう、見慣れた道が妙に心地よい。

 しばらくして列車が駅で止まった。それと同時に僕も降りる。心なしか早足で進んでいく。神様さんに会いたい、それだけのことだ。

 そして、メイドカフェに着いた。僕は扉を開け、彼女に会えると思った。

 ――が、その思いは無残にも打ち崩された。

「あ、ご主人様、お帰りなさいませ」

 接客に出てきたのはいつものきみかさん。だがその脇でてきぱきと働く神様さんはいない。

「ご主人様、そのお顔は双葉ちゃんに会いたいっていうお顔ですね」

 小声で彼女が呟いてくる。分かってるならどうにかしてくれよ。そう言いたいが、我慢して頷いた。

「今日双葉ちゃん風邪引いたらしくて……。お休みなんです」

「え、え? 風邪引いたんですか?」

「はい。本人は大丈夫って言ってたんですけど、喉がガラガラでこれは駄目って執事長が言って……。ごめんなさい。お出かけになりますか?」

「はい、今日はちょっと帰ります」

「申し訳ございません。またお越し下さいませ」

 彼女に頭を下げられ、僕のテンションは一気に下がった。一番会いたい日に会えないなんて。

 どうしたものだろうか。そう思っていた僕の頭の中に、いきなり光が走った。

 そうだ。人葉さんがいる。人葉さんに、住所を聞けばいい。

 ……と考えて、おいおいと思った。いくら親しい仲とはいえ、独り身の少女のところへ、男を上げるような非常識な家があるか?

 僕は諦めて駅へとぼとぼと歩いた。

 でも、ここで諦めるのは辛い。

 気付けば僕は携帯を手にしていた。そして、人葉さんの番号に電話をかけていく。もう今頃なら授業は終わっているはずだ。

 十回を超えるコール音。もうこれは通じないんじゃないかと思った時、電話を取る音が聞こえた。

「もしもし、人葉ちゃんですけど、一宏君?」

「はい。ちょっと今日は急用で」

「何? ってあれか、双葉が風邪引いたから心配したんでしょ」

 流石姉妹。物の見事に僕が何を求めていたのかを当ててくる。僕はしばらく黙った後、はい、と答えた。

「うち来たいの?」

「はい。双葉さんの様子、少しでも見たくて」

「でも私もいるよ? 大丈夫かなー?」

「そんなの気にしてられません! お願いします、家、行かせて下さい」

「好きだって言ってる女の子の家に上がるなんて、君もかなり大胆だなあ。まあいいよ。前、遊園地行く時に待った駅あるよね? あそこの改札口で待ち合わせ。それでいいかな?」

 僕は即答で「はい」と返事した。彼女もよしよしとなだめるような声をかけ、そのまま電話を切った。

 神様さん、大丈夫だろうか。僕は告白されたことも忘れて、彼女のことばかりを考えていた。

 電車を乗継ぎ、以前に人葉さんと待ち合わせに使った駅に行く。もし彼女が僕をからかうつもりなら、僕を待たせたまま駅を素通りするということも出来なくない。

 だが僕は、人葉さんはそういう方面で意地悪をしない人という認識があった。だから、きっと大丈夫だ、そう言い聞かせ来る電車、来る電車を待ち続けた。

 駅に着いて三十分ほど経った頃だろうか。僕は空を見上げた。少し空が夕暮れ色に染まり出していた。右左にご飯を作ってあげるの、遅くなるかもな。そんな思いが去来する。

「お待たせー」

 遠くから声がする。澄んだ、綺麗な女の子の声。それは間違いなく僕が待ちわびた人葉さんの声だった。

「ごめんごめん、学校の中で電話してたとこ教師に見られてとっ捕まっちゃってさ。何とか最短で逃げ出してきたってところ」

「……成績いいのに変なとこ苦労してますね」

「こんなの苦労に入らないって。さ、うちに移動しますか」

 彼女は早速移動を開始する。と同時に、僕の腕に自分の腕を絡ませる。豊かな胸が押し当てられるが神様さん以外にそんなことをされても全く反応しない自分が、少し大丈夫かどうか心配になる。だからそういうのやめてくださいと言いたいのだが、今の僕に拒否権はなかった。

 街は僕の住んでいる街よりも若干大人しげで、派手さはなかったが、ベッドタウンとしては充分すぎる街の風景を映しだしている。

「サラリーマンとかそういう家の人が多いんだよね。さ、ここ曲がったとこにあるマンションが我が家だ。この時間は母は買い物でいないはず。堂々と上がりたまえ」

 彼女は我が意を得たりとばかりに笑ってくる。だから、そんな顔しないで下さいとしか言いようがないのに。

 しばらくして、一軒の巨大なタワーマンションに辿り着いた。ここらのマンションの中でも相当な高さを誇っていて、駅にも近くこの街における存在感はかなりのものだ。下手すると僕の家と出すお金が変わらないのではないかと、そこまで思わせるほどである。

 指紋式の自動ドアを人葉さんが開けて、僕を手招きする。僕は誰にしたのか分からない一礼と共に、マンションの中へ入っていった。

 数基あるエレベーターの一つに共に乗り込む。僕達以外誰もいない綺麗な密室の中で、人葉さんがぽつりと呟いた。

「お父さん、普通とはちょっと違うけど、やっぱり人間でさ、たくさん遺産残して亡くなっちゃったんだよね。だからこんなとこに住めるんだけど」

 それは僕に言ったのか、自分に言い聞かせたのか分からない言葉だった。

 しばらくして、エレベーターは真ん中付近の階で止まった。そこで人葉さんが降りていく。

 後に付く僕は、マンションから見える雄大な景色に圧倒されそうだった。ここらの景観がほとんど見えるような広大な光景は、人の心を開放的にさせる。

 それなのに、人葉さんは心を開いている様子はない。そんなもの、入る時の幻想なのかもしれないな、と僕は黙ったまま人葉さんの後ろに立った。

 角部屋の前に立ち止まると、人葉さんは鍵を手にした。手慣れた様子で簡単に開け、中に向かって「帰ってきたよー」と告げた。

 すると、中から寝ぼけたような声で「あーお姉ちゃん、お帰りー」という声が聞こえてきた。それと同時に、人葉さんが僕に向かってにやっと笑った。

 何だろう? 僕が疑問に思っていると、奥の部屋から無防備さを完全にさらけ出したパジャマ姿の神様さんが出てきた。上半身は下着を着けていないのか、動く度に胸の辺りがふるふる揺れるのがまた目に毒である。

 僕は黙ったまま頬を紅潮させた。神様さんも、何も言えず頬を紅潮させていた。

「可愛い可愛い双葉のためにお姉ちゃん、お土産持って帰ってきちゃった」

「ちょ、ちょ、ちょっと! なんできみがいるわけ!?」

「か、神様さん! パジャマ着てるんだからもうちょっと落ち着いて!」

 僕達は無意味な言い争いを始めた。その着火点である人葉さんは悪気などどこにもないという感じで一人自室へ戻っていった。

 そんなこんな無駄な言葉の応酬が五分ほど続いた後、僕達はようやく止まった。神様さんは僕と会うために、パジャマから着替えてくるという話に。そして人葉さんはイタズラ成功とばかりに私服に着替えて玄関に戻ってきた。

 戻ってきた人葉さんは悠然とした笑みを浮かべながら、どうぞどうぞと僕を家に上げてくる。今更そんな顔されても遅いんだが、と言いたいところをぐっと我慢して、僕は頭を下げ家に上がった。

「双葉の部屋でいいよね?」

「え、え?」

「双葉の部屋。じゃ、一宏君、どうぞ。双葉も、私もいるから変なことはさせないから」

 何だろう、人葉さんにここまでからかわれて普通なら怒りもわくはずなのだが、何故か今は怒りよりも恥ずかしさの方が先立つ。

 神様さんも諦めたのか、部屋に僕を招き入れる。部屋にはアニメのポスターやら先日あげたくじのフィギュア、棚にはライトノベルが並べられ、意外な一面を垣間見ることが出来た。

「こいつねー世間様を忌避してたくせに隠れオタクなんだよね」

「う、うるさいな。趣味無しのお姉ちゃんにあれこれ言われたくない」

「趣味無しの方が気楽だって。さて、一宏君は何しにきたんだっけ?」

 わざとらしく人葉さんが僕に話を振る。僕は頭を下げ、神様さんの目をじっと捉えた。

「バイト先に行ったら……風邪引いて休みって聞いて、それでいてもたってもいられなくて人葉さんに連絡したらこうなっちゃって……」

 僕がそういうと、彼女は大きなため息をついた。そして満面の笑みで僕を迎え入れてくれた。

「ありがと。そうやって心配してくれる人がいるだけで、嬉しい」

 彼女は素直に僕の言葉を受け入れ、そして近づいてくれた。先ほどまでの薄着と違って、少し服は厚くなったけど、それでも薄手であることは間違いない。それが僕の心拍数を途端に上げていく。

「で、なんで急にバイト先まで来たわけ?」

「あ、それ私も聞いてなかったわ。何かあった?」

「あ、ああ……ええっと、話すと長くなるんだけど……」

 と、僕は長くなると言ったのに、それほど長くなりそうにない下級生との告白劇の話を二人の前で晒した。

 人葉さんも神様さんも、聞いてから「なるほどねえ」と返答する。

「まあ、今までなかったのが不思議な話だよね」

「一宏君、格好いいからね。確か学校の成績もいいんでしょ?」

「なんでそれ知ってるんですか」

「ふふん、人葉さんの情報網なめてもらっちゃ困るな。きみんとこの学校の子で知り合いいてね。聞いてみたらそうだった。学校中で噂になってるけど彼女いないの不思議だって」

 彼女いないのどうでもよくないですか。そう言いたいけど、僕は黙って話の続きを語った。

「いや……そういうのは全部妹が持ってく話と思って、僕は何にも聞かなかった話です。強いて挙げるなら委員長がずっと噂になってるくらいで」

 委員長がと言うと、神様さんはむっとした顔で、人葉さんはくすくすとおかしそうに口を押さえていた。

「双葉の因縁の相手が執拗に絡むってのも笑える話だねー」

「それってそんなにおかしい話? 私はむしろ大迷惑なんだけど」

「んん? 迷惑? 何が迷惑なの?」

「そ、その……この人と友達やるのに、色々あるから」

 神様さんは歯切れの悪い言葉で流れを切る。ここで僕の恋人をやるのに面倒だからって言ってくれたら、どれだけ救われたか。でもそんなにうまくいくわけもない。それが恋愛だ。

「ともかく、きみはなんだかんだで学校でモテターゲットに入ってるわけだ」

「神様さんも学校に残ってたら普通にアタックされまくってたと思うけどな……」

「入って二ヶ月で何にもなかった時点で察して」

「分かりました」

 そういえば、神様さんにアタックはなかなか仕掛けられないんだったか。その上周りには奇人扱いされていたのだから、仕方ないと言えば仕方ない。

「私は学校の帰りによくナンパされるよー。無視するけどね」

「……あなたのその危うさに僕は心配以外覚えられません」

「一宏君が心配してくれるんだったら、もうちょっと危険な状態に陥ってみようかな?」

 この人、どこまで本気で言ってるんだろうか。僕は無言のまま、神様さんを見た。

「何気にこの三人で話すの初めてだよね。双葉、感謝しなよ」

「いや、三人で話したいとか言ってないでしょ。なんで感謝しなきゃいけないの」

「双葉を大切にしたいって言ってる一宏君を家に連れてくるファインプレーだぞ。もっと喜んでもいいだろ」

 その言葉を聞くと、神様さんは僕をしばらく呆けたような表情で見ていた。何かおかしなことでもあっただろうか。僕は彼女を見つめ返した。

「あの、私のこと、大切にしたいって本当?」

「当たり前だよ。妹は大変だから大切にしなきゃって思ってるけど、神様さんに対する大切にしたいっていうのは……その、またちょっと違うベクトルだけど大事なことだよ」

 そう言うと、神様さんはくるりと背を見せ、何も言わなくなった。一方、その横で人葉さんはにやにやしていた。

「それより双葉、風邪大丈夫なの」

「か、風邪は一日寝てたら何とかなった。ていうか、お姉ちゃんがこの人連れてきてくれたから、回復が早まったって言うか」

 神様さんは早口でまくしたてる。人葉さんは何かおかしかったのか、鼻息を漏らすと、「あとは好き勝手にして」と言い残し部屋から立ち去った。

 そこそこ広い部屋に、僕と神様さんの二人きり。もし告白するチャンスがあるとするなら、今のこの瞬間だろうか。

 いや、風邪をひいている現状それは時期尚早だろう。僕は自分に言い聞かせ、ベッドに座る神様さんを見た。

 彼女は先ほどの顔の紅潮がまだ解けないのか、俯いて僕を見てくれない。それはそれで結構寂しいよなあ。そう思いながら、僕は床に正座した。

「あ、ごめん、椅子に座る?」

「いいよ。正座とか慣れてる」

 嘘だけどね。ただ気を遣わせたくなかっただけ。僕はそのまま神様さんの顔を見上げた。

 時間が経つと、さすがに神様さんの紅潮も晴れてくるもので、ベッドに座りながら、機嫌良さそうに僕を見下ろしていた。

「それにしてもお姉ちゃん意地悪だよね」

「まあ否定出来ないけど、今回に関しては助けられた」

「そうか……今日だよね、下級生に告白されたの」

「そう。全然知らない子。そんな子に言われたからすごくびっくりした」

 僕の淡々と話す様に、彼女はむむ……と長考に入る。

「やっぱり委員長のブロックが効いてるんじゃない? あの面倒な人突破して告白しようなんて、その下級生の子も勇気あるなあ」

「委員長が面倒かどうかは別として、知らない子に言われるのがどれだけびっくりするのかようやく分かった。神様さんのバイト先での苦労も少し理解出来た」

「私は……大丈夫だよ。加護があるからね。でもそっか。きみが告白されて誰かと付き合い出す可能性って忘れてたけどあるんだよね」

 そう、ほんの少し前にそれを実の妹に対して行おうとしていたとはさすがに言えない。消せない過去だが、晒すべき過去ではないことは重々承知である。

「ねえ、誰か付き合いたい人とかいないの?」

「え……」

「きっと、きみの知らないところできみを色んな子が好きでいると思う。ほんの少しのきっかけで、きみと付き合うことだってあると思う。そういうの……ないの?」

 彼女の言葉が、背の裏側をくすぐる。黙っていると、僕を神様が笑って見ていた。

「全部、きみ次第のこと、私がどうこう言っても仕方ないか」

「……その、付き合いたい子はいる」

「え?」

「いるけど、僕の勇気がないから、何も言えてない。周りは僕が冷静だとか強いとか色々言うけど、全然そんなことない。弱くて何も言えない、間抜けなんだ」

 僕がその言葉を発すると、何故か神様さんも黙ってしまった。

 お互いの中に、何かがあるように何も言えないもどかしさが過ぎる。

「あ、あのね、幸せになれるといいね」

「……僕の幸せは、その付き合いたい人と付き合えることなんだ。でも、その人の気持ちが分からない。だから、難しい」

「その……よかったら、その人を応援したいから、誰か教えてくれないかな?」

 再び空間に沈黙が過ぎる。

 ここで言えれば楽なのに。でも彼女は今バイトや将来の夢で忙しい。ただ学生をやってる僕とは違うのだ。

 いや、いっそのこと玉砕覚悟で言ってしまおう。

 僕は決意した。もうどうにでもなれ。

「あの――」

「はーい、その付き合いたい子と言うのは人葉お姉ちゃんなんだよねー」

「お、お姉ちゃん?」

「部屋の外から聞かせてもらってた」

「盗み聞きするな! え、えっと、きみの付き合いたい人って本当にお姉ちゃんなの!?」

「ち、違う! それだけは絶対違う!」

「ひどー。こっちはあれこれ思ってることがあるのに。まあ人葉さんに色々言われるのも一宏君のプライドが許さないかな?」

 と、また彼女はからかってくる。さっきまでの張り詰めていた空気が一変、緊張などどこかに消え失せた馬鹿らしい空気が過ぎっていた。

 神様さんは僕から視線を外し、胸を撫で下ろしている。僕だって胸を撫で下ろしたかった。こんなことで神様さんとの関係が終わりではあまりにも空しいではないか。

「一宏君、一つだけアドバイス」

「何ですか、ふざけたのはやめてくださいよね」

「一回振られたからって言って、その子の本音は掴めないよ。何度もアタックして掴める恋もあるってことさ」

「それって今日のことですか、それとも僕のことですか」

「それを理解するのはきみ次第さ。さーてと、双葉、風邪引いてるんだからあんまり無茶しちゃ駄目だよ。そろそろ寝てお開きにしないと、一宏君とこの夕食作れなくなるんだから」

 人葉さんの真っ当な指摘に、神様さんは「そうだった」と答えた。ここにずっといたいのは確かなのだが、このままでは右左が飢え死んでしまう。

 僕は頭を下げ、立ち上がった。正座していたせいで足にしびれが走るが、それを表に出すわけにはいかない。笑いながら直立すると、足も笑い出した。我慢、ここは我慢である。

「それじゃ、帰ります。神様さんもゆっくり寝て、また頑張ってね」

「うん、またお店に来てね」

「コスプレデーの時でも?」

「……いいよ、来ても。それくらいこなせなきゃ接客業なんて出来ないって思ったから」

 凄い強気だ。しかしそのくらいの強気はうれしさにも繋がる。僕は、それじゃ、と頭を下げ二宮家のあるマンションを離れた。

 それにしても、凄く大きなマンションだ。こんなとこに住んでて、姉は超進学校の成績トップ、母と妹は神様。何だか僕が最初に出会った頃に想像していたのとは全然違う人だ。

 それにしても、付き合うってことはどういうことなのだろう。単純な命題をぐるぐると考えていると、いつもの僕の住む街に戻っていた。

 誰かに好きと思われる気持ち。好きと思う気持ち。重ならない時ほど悲しいものはないのか、それとも人葉さんの言うように、何度もアタックすべきなのか。

 人生甘く生きてきた僕にはまだちょっと分からなかった。

 雪が降る。こんな日があとどのくらい続くのだろう。寒さの中、マフラー返し損ねてるなと、僕はぼんやり考えた。

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