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2/4 あなたはだあれ?

 放課後を終え、一人帰路につく。いつものことだが、昼休みにあれだけべたべたしている野ノ崎やミミと一緒に帰ることもないというのが、何とも閉鎖的な自分らしいと思う。

 学校帰りの途中に夕飯の材料を買うこともあるが、今日は何となくそういう気分でもない。

 夕方の四時。やることと言えば色々とあるが、のんびりしたいという思いもある。

 どうしたものか。そんなことを考えていると、向う側で少しざわついている光景が見えた。

 制服姿の男子数人に、知らない制服の女子一人が絡まれているのだ。

 おいおい、お前らいくらなんでもがっつきすぎだろ。止めに入るべきか無視するべきか悩んだ挙げ句、うちの学生が絡んでいるなんて情けない風評がもたらされるのはいただけないと判断し、僕はその群れにゆっくり近づいた。

「ちょっと何やってんの」

 幸い、ネクタイの淡いカーキ色からして絡んでいるのは一年だった。一年は僕が肩を叩くと何だとばかりににらみ返してくる。その元気は一瞬で、僕が一学年上を示す赤のネクタイをしているのを見ると途端に苦笑いを浮かべ、逃げ腰で引っ込みだした。

「続けてくれてもいいけど、携帯で即学校に連絡するからな。それでもいいならやれ」

「い、いや……じゃ!」

 リーダー格と思しき男が逃げると、一緒につるんでいた他の奴らも去っていった。

 だからこんなところで一人待ち合わせなんてすべきじゃないんだよ、君は――と心の底で呟いた瞬間、僕の目が丸くなった。

「か、神様さん?」

 そこには、うちの学校の制服でない、別の学園の制服姿である神様さんがいた。

 いやそりゃ確かに彼女は可愛い。可愛いから声をかけない道理がないのだが、それでも驚かされるものは驚かされる。

「やあやあ。ここで待ってたら会える気がして」

 以前も似たような言葉を聞いたぞ。ただ前回と違うのは、彼女が僕の学園のものと違う制服姿で僕に接してきているというところだ。

「これ、借りてきたんだ」

 はあ、借りる伝手があるんだ。少し驚きである。

「春日第一附属女子の制服。知ってる?」

「春日第一って……そんなとこに知り合いいたの」

「まあね。貸してーってねだってみたら案外簡単に借りられた」

 春日第一、ここら辺の女子校なら断トツの進学実績を誇る学園だ。それこそ入学するには必死な勉強が必要なそこに、神様さんの知り合いがいたことが驚きである。

 自由気ままな姿の他に、そういう一面があった。そんなことを知らずに付き合っていた僕の心の中に、わずかな空しさが去来していた。

「ねえねえ、どっか行こうよ」

 彼女が突然僕の腕を引く。その大胆な行動に、僕の胸ががしりとわしづかみにされたような思いを覚える。

 今日の彼女は、何だかいつもにまして不思議だ。僕は首を少し傾げながら、彼女に普段のことを訊ねていた。

「神様さん、今日バイトは?」

「んー休みだよ」

「そっか、ごめん、変なこと聞いて」

 僕がそういうと、彼女は気にしないとばかりにいつもの笑みを見せてきた。

 出来るだけ会いたいのは僕も同じだ。だがいつもメールや電話で済ませている相手にこんなアプローチをかける必要があるのだろうか。

 ……いや、神様さんだから分からないぞ。と僕はまた首をひねった。

 すると彼女は喜色満面で僕の腕に思い切り絡みついてきた。いつも横から見ているだけの豊満な胸が腕に押し当てられると、胸の拍数がとんと上がるのが嫌なほど感じられた。

「あ、あのさ、もうちょっと離れてくれた方が歩きやすいんだけど」

「……こういうの嫌い?」

「いや……そういうわけじゃないんだけど……」

 今日の神様さんのスタンスは何かおかしい。積極的と言ってしまえばそれまでだが、どこかしら高いそのテンションに僕は付いていくのがやっとだった。

 困惑する僕を尻目に、その絡みつく腕は一層強くなる。向こうはそれを性的アプローチとして捉えていないのか、僕を見ないで周りの光景だけを瞳に映している。

 とりあえず、スーパーにでも入るか。どっち道あとで買い物に行かなきゃいけなかったのは確かなんだ。

 神様さんもそれに同意したのか、いつものように慣れた足取りでスーパーに入る。

「今日の夕飯何作るの?」

「さすがにシチューも飽きてきたし、焼き魚にでもする予定。妹は一週間に五日ビーフシチューでもいいって言うんだけど、さすがに僕が付き合いきれない」

 僕のぼやきに彼女はくすくす笑う。しかし、夫婦で買い物に来たって腕を組みながら店を見るなんて珍しいのに、スーパーで夕食の材料を買いながら腕を組む学生は大変珍しいと言える。

 何となく、距離が掴めない。今日の神様さんは何かおかしい。僕がおかしいのかもしれないが、時折首をひねりたくなってしまうことがある。

「魚何好き?」

「あれ? 前言わなかったっけ。白身魚より青魚の方が好きだよ」

「あはは、忘れてた。青魚かあ、色々あるよね」

「サンマの季節でもないし、養殖物の鯖にでもする。自分一人だと栄養価無視して適当な食事にすればいいんだけど、妹の体調を崩させるわけにはいかないから、特に今は」

 僕がそう呟くと、組んだ腕から、彼女が上目遣いで僕を見つめてくる。

 何だろうか、何か違う感じがする。ただそれを口に出すことも出来なくて、僕は鮮魚コーナーにもやもやを抱えたまま歩き続けた。

「ふう、結構買ったね。学生としての活動、家事労働、全部こなすんだから凄いよ」

 彼女の口からそんな言葉が漏れる。しかし、いつも言ってるようなことを今更言い出すのに僕はやはり違和感を覚えてならなかった。

 最初は緊張していた腕組みも、レジの支払いでまでやられると、ちょっと鬱陶しく感じる。

 僕は彼女に何の嫌悪感も抱いたことがない。なのに、今日はところどころ、嫌悪感ではなく疑問のようなものを感じてならない。

 これはおかしい。僕は少し、彼女を試してみることにした。

「ねえ、神様さん」

「何?」

「今度、委員長が一緒に映画見てくれって言ってるんだけど、行った方がいいかな」

 僕がそういうと、彼女は首を傾げてから、こくりと頷いた。

「いいんじゃない? 別にどうってわけでもないし」

「そっか。あと買い物付き合ってくれてありがとう。時間あるし、ファミレス行く? それとも自動販売機で何か飲む?」

 僕が軽く提案すると、彼女は失笑しながら首を横に振った。

「いやいや、たかだか買い物付き合っただけだよ。いいっていいって」

 ……やっぱりな。僕の直感は間違っていなかった。

 僕は腕に絡みつく彼女をゆっくり振りほどいて、彼女の目を真っ直ぐ前から見据えた。

「ねえ」

「?」

「君、本当は誰?」

 僕が真剣な顔で告げると、一寸彼女は笑った。だがそれにまったく動じない僕の顔を見て、彼女は小首を傾げながら、逆に僕の目を見据えた。

「二宮双葉だよ」

「違うな」

「え?」

「神様さんは自分のことを名前で言わないから。私か神様。で、君は誰」

 僕が少し据わった声で告げると、彼女はしばらく苦笑した後、僕からすとと後ろ足で離れた。

 そしてにこっと笑うと、僕の目を、神様さんが見せるあの笑顔と同じ温度の瞳でじっと見つめてきた。

「ごめんね。でも君のこと、気に入ったよ」

「……え?」

「またね」

 そして彼女は駅の方へ小走りで駆けていき、僕の目の前から急激な勢いで消えていってしまった。

 何がしたかったのだ、彼女は。それに加え、神様さんそっくりの見た目で、全国でも名が轟くほどの進学校である春日第一の制服を着ているというのが、その微妙さに輪をかけていた。神様さんはもっと純朴で、そんな名前が歩いているような洗練された制服に袖を通すとは思えないのだ。

 ……考えていても仕方ない。右左に食事を提供するのが遅くなる。僕は一旦思考を切り替えて、家へと帰宅のため歩き出した。

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