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2/3 昼時の座談会

 休日の間怠さに似た時間は気がつけばすぐに終わり、僕を再び生産性がないのに忙しい時間に落としていく。

 今朝も出かける前に、庭のクヌギに「行ってくる」と一声かけた。だからと言って、クヌギから声が返ってくるわけではない。それはもう、僕の自己満足としか言いようがないのだが、繰り返してしまうのは癖としか言いようがない。

 幾度かの小休憩を挟み、昼の大型休憩時間を迎える。その僕の目の前にいるのは、いつもと変わらず昔からの友人である野ノ崎と三重美咲であった。この代わり映えのしない三人で共に昼食を取っていた。

 と言っても、そこは更にいつもと変わらず、黙々と食事を取る僕の横で、野ノ崎が何やら休日にあった出来事に対して熱弁を振るうという光景が繰り広げられている。そこの困ったところは、とてつもなく面白い話が繰り広げられているわけではなく、ああ、そうとしか言いようがない話を延々とされることだ。

「でさあ、そこで可愛い女の子に声をかけられて、はいはい、って答えたわけ――」

 この男、見た目はよいのでこういう話は時折あるのだが、そこに続編の物語がついたことがない。もう少し気持ちを引き締めれば、いくらでもこの男の望む彼女なんて出来そうなものなのに、この男はそれにすら気付かないのである。さすが学年全体から残念な奴ナンバーワンの称号を得ているだけはある。

「それで、その女の子とどうなったの?」

「……特に何にもなかったよ」

「野ノ崎君惜しかったね。これで何連敗目だっけ?」

 ミミ、つまり三重美咲が野ノ崎にとって痛いところを突く。野ノ崎も悪意のない追求の一言は堪えたのか、黙って俯いていた。

 それにしても野ノ崎はいつも炭水化物の塊のようなうどんで、ミミは小さい弁当箱に入った食事で済ませている。それ自体は構わないのだが、飽きないのだろうか。僕は箸をかちりと滑らせた。

「ねえねえカズ君」

 ミミの弁当を遠目に眺めていると、不意打ちのように彼女から声をかけられた。ぼおっとしてたことを悟られてはまずい。僕は自分の弁当箱に箸を置き、向かいに座るミミに目を向けた。

「何」

「えっと、結構気になってたんだけど」

 と、ミミは勿体ぶった喋り方で揺さぶりをかけてくる。今更秘密にすることがあるわけでもなかろうに。僕は黙ったまま、次の言葉を待った。

「二宮さんとはどうなったの?」

 二宮さんって誰だ。と、一瞬考えて分かった。二宮双葉、僕が神様さんと呼ぶあの人のことだ。いつも神様さん、神様さんとあだ名で呼んでいるせいで本名の方がぽかんと空白になっている。

 秘密にすることなんて今更ないと思っていたが、思わぬところに伏兵はいるものだ。このことに関してはちょっとだけ、今も隠している。

 話してもいいのだが、僕と彼女は付き合っているわけではない。僕の一方的な秘する熱情があるだけで、彼女の気持ちは全く知らない。そして彼女はこの学園を去った人である。中途半端なゴシップで彼女を痛めつける原因を作りたくないというのが僕の確たる思いなのだ。

 そうだな、としばらく考え、僕はミミを見つめ返した。

「どう思う?」

「そうだなあ、カズ君、穏やかな感じがするし、妹さんのこともうまくいってるみたいだし、二宮さんとも時々会ってるんじゃないかなって思ってるんだけど」

 やばい、やばすぎる。ドンピシャじゃないか。いつものぼおっとしたような姿がかりそめのように、僕の動向に関して完全に当ててきている。

 どうやって切り抜けようか。そう考えていると、野ノ崎が腹を抱えながら僕の肩を突いてきた。

「ミミ、そんなわけねえだろ。二宮と会ってるなんてことがあったらもっとこう、こいつ派手に喜んでるって」

「……そうかなあ」

「そうだって。こいつと付き合いが長いから俺は分かる」

 いや、分かってないのはお前の方だ。と言い出さず、僕は誤って発射された救助用ゴムボートに捕まって野ノ崎の意見に同調するかのように頷いた。

 野ノ崎が勘の悪い奴で本当に助かった。僕はほっと胸を撫で下ろしながら、再びミミに顔を向けた。

「まあそうなら仕方ないけど。委員長さんとはどうなの?」

「ああ、そっちか……そっちも特にないな。ていうか、妹がここに戻るって話になってから色んな人に気を遣ってもらってるような感じがする」

 ようやく、一つ事実が漏れた。神様さんを面前で罵倒した姿を見てから、委員長を見る目が変わったのは事実だ。だが彼女は、僕の妹が学園に復帰するという噂を聞きつけ、真っ先に行動を起こしてくれた。教師側とのミーティング、来年はどんな感じになるのか。そういう甲斐甲斐しい姿を見せられてそれでも神様さんの一件があるから大嫌いです、とは言いにくくなった。

 それはきっと、僕の中で神様さんのことが少し解消されたこともあるのだろう。僕はやや穏やかに、彼女のことを見つめるようになっていた。

「妹とはうまくやってんの」

 うどんをすすりながら野ノ崎が訊ねてくる。うまくやれてるかやれてないかで言えば、まあうまくやれている方ではないだろうか。妹の右左にあった恋愛感情のようなものがまだどれくらい残っているかは分からないが、僕にはまったく別の瞳に映る人がいる。その空気でしか読み取れない事実を右左がどう受け止めているのか、そこまでは知らない。

「でもカズ君が元気だし、妹さんもそういうのが励みになって学校に戻りたいって言ってるのかもしれないよ」

「とはいえなあ、一緒に通う時間なんて一年しかないんだぞ。そのために戻るってのも変な話じゃないか?」

「うーん……妹さん、カズ君のこと慕ってるみたいだから、そういうのもあるのかなって思っただけなんだけど」

 ミミの言葉に野ノ崎はニヒルに決めたつもりであろう笑いをこぼす。何が面白いのかはまったく分からないが、こいつの中では僕以上に僕を理解出来ているらしい。

 右左が毎日きちんと食事を取り、四月に向かって努力している。右左のことはそれだけで充分だった。

 それよりも神様さんのことである。彼女は僕のことをどう思って過ごしているのか、それだけで頭がぐるぐると回りそうな日々が時折訪れる。

 右左のことも分からないけど、神様さんの思っていることなんてもっと分からない。

 恋愛は楽しい。そんなことを言う人はよくいるけど、僕は神様さんといる時間は楽しく思えても恋愛が楽しいなんて少しも思えなかった。

 言い出せない自分自身の弱さが見えてきて、それがもどかしい。

「二宮さんも、カズ君いる今だったら学校でうまくやれるかもね」

 ミミが根拠のないことを突然漏らす。そんなはずはあるまい。そう、彼女が今更学園に戻ったところで意味のないことなのだ。

 だが、それとは別に、彼女が学園に通ってくれれば僕の人生に大きな彩りが加えられるだろうというのも分かっていた。

 叶わない願望である。でも僕は、みんなが知らないメイド服姿で接客している彼女を知っている。だから、それはそれで構わないんじゃないか、そういうちょっとした余裕を持って生きることが出来ていた。

「でも一宏の妹来たら、学校大騒ぎになるだろうなあ」

「なんでまた」

「あんだけの美少女だぞ? お前は家で見慣れてるかもしれないけど、あれだけのはそうそういないって。一年二年三年、全員で取り合いになるだろうな」

 僕は野ノ崎の言葉に「そうか」とだけ返した。すると野ノ崎はその反応が意外だったと言わんばかりに立ち上がって僕の目を間近で見てきた。

「お前、妹に恋人出来るかもしれないんだぞ! いいのか、それで」

「右左の人生は右左が決めることだ。僕が多少ガイドをしてもいいけど、大きな影響を与えるのは間違いだと思う」

 僕の理路整然とした答えに、野ノ崎は唖然としながらミミの肩を突いた。こいつはこんなことを言う奴じゃなかった、そう言いたそうな眼差しだが、ミミも少しばかり苦笑しながら、野ノ崎の追求を躱していた。

「ミミまで……」

「カズ君だって妹さんと再会して半年くらい経つし、関係も色々変わったんだと思うよ」

「まあ……それもそうか」

 納得するの早いな、お前。そう言いたいのをぐっと抑え、僕は無言で窓の外を見た。神様さんや右左は、この晴天をどんな気持ちで見ているのだろう。

 僕には綺麗な空に見えた。まだ先の見えない、飛行機雲が延びていくような、そんな空だ。

 この幸せが、右左や神様さんに届きますように。あと、ミミやついでに野ノ崎にも届きますように。

 僕はそんな思いを胸にそっとしまって、残っている弁当に再び箸を伸ばした。

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