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二つの恋の終わり

 休日、僕は右左を伴い電車に乗った。

 右左は電車に乗って遠出するのがおよそ一年ぶりらしく、めまぐるしく変わる景色に小さな子供のような反応を示していた。

 いつも家で着ているような薄手のキャミソールではなく、やや厚手のワンピース。寒さもあるのだろうが、さすがに外では恥ずかしいのだろう。僕はそんな常識的な右左の姿に、思わず笑っていた。

「朝食、どこで食べます?」

 降りる駅まであと少しというところで、右左が僕に訊ねた。せっかくだから、外で食べよう、そう提案したのは僕なのだが、具体的な案は持ち合わせていなかった。ハンバーガーショップに入るのも悪くはないが、右左は長い一人暮らしでそういった食事に飽きていそうだ。

「適当な喫茶店にでも入るか」

「そうですね、楽しみです」

 右左は軽く微笑み、そっと僕の手に自分の手を重ねてきた。そのさらりとした肌が触れた瞬間、妹だというのに胸の鼓動が跳ね上がった。

「今日は……昔みたいに、手を繋いで一緒にいたいです」

 電車の轟音にかき消されそうなか細い声で、右左が僕に囁いた。離す必要もないが、繋いでいる理由も無い。結局僕は落としどころを見つけることが出来ず、右左の手に握られたままだった。

 手を繋ぎながら、僕と右左は電車を降りた。改札口を抜ける時も、右左と僕の手は繋がれたままだった。もちろん、そこから先もだ。

「人……すごくたくさんいますね」

 右左がターミナルに群がる人々を見て、目を丸くした。この中にデパートもあるし、外へ行けば色々な店も群がっている。僕も久しぶりにこんな所へ来るが、予想以上の人だかりに驚いていた。

「とりあえず落ち着こう」

「はい」

 僕は右左を連れ、チェーン店のコーヒーショップに入った。朝方の時間と言うことで、まだ何とかモーニングセットに間に合う。僕はコーヒー、右左はココア。トーストされたサンドウィッチは二人前。それを手にして、窓際の席に座る。

 人の往来を眺めながら、僕は右左と離れた手をぎゅっと握りしめた。まだ感触もぬくもりも、確かな記憶として植え付けられている。皮膚、タンパク質が重なっただけ。部位が違うだけ。なら右左と手を繋ぐことと、神様さんにキスをされたことも同じなのか。

 そんな詭弁、どこで使うんだよ。

 行き交う人の様々な顔を見つめながら、僕は愚かな己の考えをハンマーで殴りつけた。

「……兄さん、ありがとうございます」

 右左が神妙な面持ちで告げた。どうしたのだろうと、僕は右左に目をやった。

「兄さんが来る以前だったら、こんな風に自分が街を歩いてるなんて思えなかった」

「学園に来るまでは大丈夫だったんだろ?」

「何とか頑張ってました。でも、精神的に限界で、学園に入ってから疲れが出る感じで駄目になっちゃったんです」

 右左は申し訳なさそうに話す。人に話すことがはばかれる思い。それを僕に語っている。僕は右左と目を合わさず、相変わらず窓の外を見つめていた。

「本当のところを言うと、兄さんが帰ってきてもどうにもならないって思ってました」

「長い間会ってなかったし、そう思うのも仕方ないよ」

「でも兄さんは……私の理想よりも立派な人で、兄さんを見てたら自分の卑屈さが嫌になってくるんです」

 右左は相好を崩して僕を見つめる。視線が重なる。その強い刺激に耐えられず、僕は逃げるようにまた外へ視線を向けた。

「兄さんがどんな風に学園を過ごしてるのか、結構気になるんです」

「なんてこともないよ。とはいえ、右左にはそこら辺話してないな」

「話したとしても、都合のいいことしか兄さんは教えてくれないです。でも、そういう些細なことも、戻ろうと思うきっかけになるんですね」

 右左は心底嬉しそうに話す。僕は相づちを打つように頬を緩め、自分から言葉を発することが出来なかった。

 店内に流れるのは、サックスの音色が響くジャズソングと人の笑い声。僕はサンドウィッチを口にした。アボカドの脂質とエビの跳ねる歯ごたえが、口腔に広がる。

 何もなく、このままお互いに何かを見つめたまま、黙って今日一日が終わればいいのに。大切だと心底思っているはずの右左に、そんな感情を抱く自分が不思議でならなかった。

「兄さんは、私をどう思ってます?」

 外に目をくれていた僕に、右左がそっと訊ねた。僕はしばらく黙した後、おもむろに答えた。

「大切な妹だよ」

「ふふ、そうですよね」

 右左は含み笑いをして、ココアに口を付ける。それ以上の答えなんて出せるわけもなく、また右左も求めていないだろうに、何故そんな言葉をよこすのか。

 しばらくして、僕達は共に食事を取り終えた。会話が弾むかと思えばそうでもなく、結局僕の目には窓の外で忙しなく歩く人達だけが印象に残った。

「外に出ようか」

「はい」

 僕が立つと、右左はぴったり横につくように並び、自分の手を僕の手に重ねた。

 端から見れば、こんな美少女を連れていちゃついているお前死ねよ、とでも思われているかもしれない。でもその内情は全然違って、大切な妹に懐いてもらえて嬉しいはずなのに、何か複雑怪奇なものが僕ののど元で蠢いている。

「右左、どこに行く?」

「兄さんが決めてくれていいです」

 右左は僕の腕に体を寄せ、そんな言葉を発する。行くと言っても、右左の行きたい場所など僕には分からない。そういった世界をなおざりに扱ってきた罰であるとも言える。

 百貨店もあるし、ファンシーショップもあるし、ゲームセンターも何でもある。ただ残念なことに、財布の中身に余裕があっても僕にはあまり興味のない場所ばかりということだ。

 ひとまず右左を喜ばせることを考えないと。

 交差点で信号を待ちながら、僕は向かいの道を見つめた。

「……!」

 僕の目が見開いた。信号が変わる。何とかして消えないように。僕は右左には申し訳ないのだが、少し早足で信号を渡った。

「あれ? 変わった所で会うね」

 僕に優しい女性の声色がかけられる。僕はそれを聞いて、ただただ落ち着くような笑みを浮かべていた。

 きょとんとした顔の後、笑顔で受け入れてくれたのは、見間違えるはずもない、神様さんだった。その神様さんを見て、右左が困惑したように僕の手を引っ張る。

「あの、兄さん、この人……」

「えっと……そうだな、何て言えばいいのかな。神様さん、何て言えばいい?」

「は、はあ? 私に振るわけ? そうだなあ……まあこの人の友達……かな?」

 苦笑気味に関係をぼかす。右左も疑うような眼差しをしばらく見せていたが、この人通りの多い道沿いでいつまでも立ち止まってはいられない。

「神様さん、何してたの」

「いつも通りふらふら。ていうか、違うとこでまで会うなんてね」

「そう思う。妹と久しぶりに二人でどこか行こうってなって」

 と、僕が右左を紹介すると、右左はおずおずしながら頭を下げた。

「あー大丈夫大丈夫、気にしないで」

「いえ、いつも兄がお世話になっていると思うので……」

「そんな大したことじゃないよ。それより二人は今からどこ行くの?」

 渡りに船の救いを神様さんが差し出してくれた。こういう時、行きたい場所を決めるのは僕ではなく感性が近い女性の方がいい。

 僕は彼女に近づき、何とか出来ないか頼み込むことにした。

「妹と出てきたのはいいんだけど、服とか買う予定だったんだ。でもあんまり分かんなくて」

「……私もそんな分かんないし、妹さんいいの?」

 僕は右左を見る。やや不満げだが、僕が願ってもやまないという点において、断りにくい雰囲気が出ていたようだ。しばらくして右左もこくりと頷いた。

「まあ、妹さんに似合う可愛い服見つけよう。で、妹さんはこの男を喜ばせて!」

「そ、そういうのじゃないです……」

「ふふふ、これが私なりの一流のジョークよ」

 いや、それダダ滑りですよ。そんな言葉が喉を通り越えようとするが、何とか舌で押し戻し僕は神様さんにまた笑いかけた。

「とりあえず今日もよろしく」

「うん、まあこれも何かの縁かな」

 彼女はそっと歩きだした。その瞬間、ちらりと横目で、僕の目を真っ直ぐ捉える。右左はその目には気付かない。僕と神様さんの、秘密の合図だ。

 ひとまず僕達は、神様さんに連れられる形で通りにある服屋さんに入った。すぐ近くにあった男性向けの服屋は開拓時代のアメリカを想起させる店構えだったのに対し、こちらは店内が暖色で統一されて、落ち着く雰囲気を覚える。

「神様さん、ここ来るの?」

「時々ね。お、こういう感じのシャツとかよくないかな」

 神様さんは早速シャツを一枚手にして、右左にかざしてみる。落ち着いたトーンの好きな右左は、プリントが派手なそのシャツに一瞬面食らっていた。

「ん? 派手な柄とか苦手?」

「あ、あの……多分私には合わないって思うんです……」

「うむ、お嬢様路線か。よし、ならこっちの方に……」

 と、また神様さんは右左を連れ回す。端から見ている分には充分面白いが、右左は多少可哀想かなという気がした。

 もっとも、僕に止められるわけがない。神様さんにいいように遊ばれる右左を遠目に見つつ、近くにある女性ものの服を適当に眺めていた。

 結局その店でシャツを二枚ほど買って、僕達は再び神様さんに連れ出された。

「今度はここに入ろう」

 彼女が堂々と差すのは、明るい色の、女性用のランジェリーショップだった。右左は口を閉ざし、僕は唖然とした。

「そんな恥ずかしがるようなとこでもないでしょ。必要なものなんだし」

「い、いえ……こういうものは一人で買いに来ますから……」

「いやいや、試着とかしてみて、この下心満載の兄の心を打ち砕こうよ!」

 何を言ってるんだこの人は。僕が呆れていると、彼女はくすりと笑って僕の目を捉えた。

「じゃあ、私が試着したとこ、見せてあげよっか」

「……神様さん」

「はは、冗談冗談。せっかくだから甘いものでも食べようよ」

 と、彼女は右左の肩を叩いて前へ連れ出す。僕はこのハイテンションに付き合わされるのかと、疲れながらも清々しさを覚えていた。歩きだした彼女は僕の横にそっと寄り添い、小さく囁いた。

「さっきの、ちょっとだけ本気だったんだけどなあ」

 僕が顔を赤くして横を向いたときには、彼女はすでに前方へ行き、右左の側であちこち道案内していた。

 出会った当初、からかっていたのは僕の方だったのに、いつの間にか僕がからかわれる立場になっている。主従逆転。イニシアティブの取り方を思い出さないと、まずいことになる。

 右左に一方的に話しかけ、困惑させている彼女を後ろから見つめ、僕はそんなことをふと考えていた。



 それから夕方まで買い物や食事を繰り返し、僕達は帰路についていた。

 右左と来た当初はどうなるかと思っていたが、神様さんのおかげで楽になれた。右左も戸惑いつつ、最後は少しだけ彼女に笑うようになった。やっぱり彼女は人を幸せに出来る、そういう人だ。

 クラスを崩壊させた、そういう過去もあるのかもしれないが、少なくとも僕はそれに興味がない。神様さんという人が会える存在である、それが大切なのだ。

 彼女と駅で別れるかと思ったが、彼女も電車に乗るらしく、同じように改札をくぐった。右左は疲れて、なかなか声を発さない。まるで遊園地の帰りの子供のようだ。

「神様さんはどこまで行くの?」

「えっとね――」

 そう彼女が示したのは、僕の街の三つほど前の駅だった。案外遠くない。

 僕は右左を見た。少し疲れている感じもする。そうだな、と僕は自分に頷き、神様さんに軽く提案した。

「送っていってもいいかな」

「え? ええ? 大丈夫だよ。それに妹さんどうするの」

「疲れてるみたいだし、先に帰らせる。神様さんともう少し話したいし」

 右左がちらりとこちらを見る。神様さんは右左の警戒をかいくぐるように、小声で訊ねた。

「……二人で話したいってこと?」

「まあ、そうなるかな」

 僕も小声で返すと、彼女の表情が途端に緩んだ。彼女のその笑顔を見ただけで、ああ今日はいい一日だったなと思える。

「右左、一人で先に帰れる?」

「……まあ兄さんがそうしたいんだったら、仕方ないです」

「ごめん、わがまま言って。今度何か埋め合わせはするよ」

「別にいいです。兄さん、ちゃんと送ってあげてくださいね」

 右左の理解のある言葉に、僕は納得したように首を振った。やっぱり世界は善意で回っている。そう信じることこそが、自分をよくする第一歩なのだ。

 しばらくして、神様さんの降りる駅に着いた。僕は右左を見送り、神様さんに「行こうか」と声をかけ、歩きだした。

 時間はそれほど遅くないのに、冬の近づいてきた空はもう暗い。

 人通りが少なくなると、神様さんが僕の手を握ってきた。少し冷たくなっていたその手を、僕もしっかりと握り返した。

「今日は手、掴んでくれるんだね」

「まあ、そうかもしれない」

 彼女のどこか照れた言葉に、僕もよそよそしく答えてしまう。

「寒くなったねー」

 彼女が空を見上げた。吐息も白くなり、もうしばらくすれば年も変わるという時期だと思い知らされる。

「神様さんと知り合った頃って、まだちょっと暖かかったね」

「そうだったっけ?」

「そうだよ。僕が街に引っ越してきた日だったから、よく覚えてるんだ」

 並び、手を繋ぎながらそんな言葉を告げる。彼女はゆっくりゆっくり、時間を作るように小さな歩幅で進んでいた。

「誰かを幸せにしなきゃいけないのに、他人に不幸を押しつけちゃったからなあ」

「……学園のことなんて、もう気にしなくていいよ。あの場にいても神様さんの良さなんて誰も分からなかったんだ」

「じゃあ、きみは私の良さ、分かってくれる?」

 彼女が小首を傾げ、悪戯っぽく訊ねる。僕は大まじめな顔で、縦に首を振った。

「やっぱりきみは優しいなあ。好きになったら負けっていうのは分かるのに」

「……なんで好きになるのがいけないの」

「私は神様だからね。きみの幸せを守るためには、本当は私が好きになるのもいけないことなんだよ」

 彼女はとつとつと話す。僕は俯きながら、彼女の歩む足をじっと見つめていた。

 本当にそれでいいのだろうか。僕は彼女と出会って、たくさん幸福にしてもらった。それなのに、彼女の好きだという思いに応えることがいけないというのは、おかしい。

 いや、違う。ここまで来て自分に馬鹿らしい嘘をつくのはやめにしよう。

 そう、僕は彼女を好きになった。右左といても彼女のことを考えるくらい、彼女のことしか頭にない。今まで誰にも恋をしなかったのに、彼女の柔らかな態度が僕を変えた。

 だから、僕は今日、はっきり告げる。たとえそれが、神様さんに指摘された「終わりになる」ということであったとしても。

「……どうしたの? 気分悪い?」

「……違うんだ」

「じゃあ何?」

「……神様さん、僕は自分の気持ちに気がつきました。だから聞いて下さい」

 僕は立ち止まった。そして握っている彼女の手を、少しだけ強く握りしめる。

「神様さんが終わりだって言っても、僕は自分の気持ちを止めることは出来そうにないんです。僕はやっぱり、どう考えても神様さんのことが好きで、大好きで、恋をしているんです」

 僕の言葉を聞いて、彼女は寂しげに笑った。

「……そうだと思ってたよ」

「じゃあ……」

 彼女は僕にしなだれかかり、首元に柔らかく腕を回した。そしていつものように瞳を重ね、そっと口づけを重ねてくる。

 終わりなんかじゃない。これから始まるんだ。

 そう、それなのに。

「……やっぱり、駄目なんだよ」

 北風に消え入りそうな一言が漏れた。

 僕ははっと目を開けた。僕の目の前に、口づけを交わしている女性がいる。

 それは、神様さんではなかった。

 背丈の低い、よく見知った子。それが僕に腕を回し、口づけを交わしていた。

 その少女は、右左だった。右左が、僕と口づけを交わしていた。

「右左……?」

「兄さん、今日は一日ありがとうございます。楽しかったです」

 先に帰らせたはずの右左が目の前にいる。僕は辺りを見た。先ほどまで神様さんといた街ではなく、よく知っている、自分の家の前だった。

「右左、今日もう一人いただろ、その人――」

「どうしました? 兄さん、今日一日、私とデートだって言ってはしゃいでたじゃないですか」

 右左が緩く笑む。その微笑は、妹のものではなく、女性として僕に訴えかけるものだった。

 僕は神様さんと一緒にいたはずで、今日一日神様さんを交えて右左と過ごしていたはずだ。それなのにどうして右左は、二人でいたと言うのだろう。

 ――駄目なんだよ。

 神様さんの優しい声色が頭の中を跳ねては返り、また跳ねては返っていく。

 そして、その言葉が僕の右の耳元にぶつかった時、僕ははっと目を開いた。

 そうか、そうだったのか。だから神様さんは好きになるなと言ったのか。

「兄さん、寒いですから、早く中に入りましょう」

 右左の手元には、買い物袋が収まっている。それは僕は神様さんと共に買ったと思った。でも現実は違う。

 僕は。

 右左と二人で買い物に行き。

 ごく自然に振る舞った。

 苦痛から逃れるために、現実という景色を強引に書き換えて。

 そして、僕が望んだのは。

 不幸である、楠儀右左だったのだ。

 右左は僕の腕を掴みながら、家に入ろうと促す。僕は「ああ」と答えながらも、なかなかその一歩が踏み出せない。

 僕は右左を愛していた。だが右左を愛することにためらいを覚えていた。だから神様さんという架空の存在を作り出し、そこに右左と出来ない会話を募らせた。

 やがてその妄想は拡大し、僕の理想である右左を、神様さんに託した。そして理想の右左である彼女に僕は惹かれ、彼女もまた僕に惹かれていった。

 でも、僕はどこかで右左に一線を引いていた。右左を好きになってはいけない。そしてまた現実の右左も、僕の理想とするか弱く儚い少女ではなく、強く自分で一歩を踏み出す存在になりつつあった。

 ああそうだ、今なら全て思い出せる。あれもこれも、全部都合よく僕の認識が書き換えていたのだ。僕が会いたいと願えばすぐに現れる、そんな少女がいるはずはない。

 だから彼女は僕にとって「神様」であった。

 好きになってしまえば、終わる。それは僕が理想の右左に恋をし、一線を引いていた自分を崩すということだ。僕が神様さんに告白することで、自我にパラドックスが生じて、全て崩れ去った。これが現実だ。

 僕は神様さんに会いたいと念じる。だが自分の中でどうやって組み立てていたのか理解してしまった今、それはどのようにしてもただの妄想であると頭が一蹴する。

 どちらにしろ、叶わない恋だった。なら、神様さんの言った通り、彼女の思いを淡々と受け止めて、僕から答えを返さない妄想の世界の方が幸せだったのか? 快楽甘美に酔いしれるだけの麻薬的な世界ならそれでもいいだろう。いや、僕は今日もそうやって自分の世界と右左といる自分を切り離していた。出来ないわけじゃなかった。

 でも僕はほしかった。本物の神様さんが。

 右左は心配そうに僕を覗き込む。僕は右左を一度抱きしめた。右左も同じように僕の体に手を回してくる。

 現実のぬくもりだ。もう、神様さんはいない。そして右左に恋をしていた僕も消え失せ、神様さんという大切な存在を失った間抜けが残ったのだ。

 寒風が僕の涙をかき消していく。僕はただ、右左に悟られないために嗚咽すら上げることが出来ず、失ったものの大切さを感じていた。

 僕はクヌギを見た。あの木にノスタルジアを与えられ、右左という少女を不幸にすることで僕の世界は成り立っていたのだと、今ようやく理解した。

 僕は右左を抱きしめながら、自分で積もらせた苦しみに、声もなく嘆いた。

 この日、僕の幻想は幕を閉じ、二つの恋が同時に終わりを迎えた。

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