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リトルフォーチューン―あるいは引きこもりの妹の話であって―  作者: やまみひなた@不定期更新
3.7/恋と愛
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3.7/8

 その日、僕は学食にいた。

 目の前には難しい顔をした野ノ崎、そして就職が決まってから堅苦しい顔になっているミミ。

 僕の隣に座る右左も、その重苦しい空気に耐えられないのか、ずっと減らない弁当箱を見つめている。

「ミミ、就職決まってんだからもっと明るくしててもいいんじゃないか?」

「でもでも……数学苦手なのに事務やれって言われてうまくいくかわかんなくて……」

「パソコンにデータ放り込むだけだろ。気にしなくてもいいと思うけど」

 と、僕が諭すと、ミミはため息をこぼしながら、小さな弁当箱に入った食事を口にしだした。

 一方の野ノ崎である。この男のこの表情はある種納得出来る部分もあり、ある種不思議であるとも言えた。

「野ノ崎、受験合格おめでとう」

「……まあありがと」

 と、このようにあまり色よい反応が返ってこない。何が気にくわないのか、それも僕は知っていた。

 都会がいいと言い続けていた野ノ崎だったが、結局受かった大学が田舎の一校だけだった。

 偏差値的には悪くはないし、今の野ノ崎の行ける一番いい大学かもしれない。だがこいつは都会で遊びたいというもやもやした思いを抱えたまま受験を終えたのだ。

「ねえ、野ノ崎君、田舎にだっていい出会いがあると思うよ」

「そうは言うけど四年間も田舎にいたくねえよ……。ここまで帰るのに高速バス使って六時間とか疲れるばっかだって」

 と、野ノ崎は机に前のめりになった。何というか、あやすのも面倒くさい奴である。

「その点一宏はいいよなあ。可愛い彼女と側でいちゃいちゃ」

「たとえお前の方が二宮さんと先に知り合ってても渡す気は全くないからな」

「分かってるって。俺だって別に二宮と付き合いたいとか思わねーもん。それにしても田舎暮らしか……全然想像つかない」

 野ノ崎はまた大きなため息をこぼす。田舎は田舎でのどかな風景が漂っていて過ごしやすい部分もあるのだが、それを野ノ崎は是としないらしい。

「野ノ崎君、田舎って言うけどどんなとこなの?」

「五階以上の建物がない街。学生用のアパートは大量にある」

「いや……僕が言うのもなんだけどそこで新しい人間関係も出来るだろ」

「一宏には第一志望落ちた人間の気持ちなんて分かんねーよ。ま、でも浪人するよりかはましだから行くつもりではあるけどな」

 と、野ノ崎は体を起こし大きく伸びをした。

 この問題の解決法はまだまだ見つからないだろう。僕はあえて野ノ崎を無視して、右左をちらりと見た。

「右左、学校を代表して送辞を読むことになってるけど大丈夫?」

「演劇部の方に手伝ってもらって大きな声で話す練習をしてます」

 その言葉を聞き、さっきまで不満一辺倒だった野ノ崎は失笑を浮かべていた。僕は手元にあった熱いお茶を飲みながら、右左のそんな様子を眺めていた。

「熱心だな、一宏の妹は」

「野ノ崎さん、私、一年間でやりそびれたことがたくさんあった気がするんです。だから今精一杯頑張ろうと思ってる最中で……」

「右左ちゃん偉いね。私なんかなし崩し的に高校出ただけの人になるのに」

 それぞれに褒められ、右左は頬を赤らめながら俯く。窓の外では風が木々を揺らす。一年前の右左は、こんな景色をどんな思いで見つめていたのか、僕はあの裏切った瞬間をふいに思い出していた。

「右左ちゃん、来年からカズ君いなくなるけど大丈夫?」

「大丈夫です。っていうか、大丈夫じゃなきゃいけないと思ってます。兄さんに心配掛けられません」

 その漏れた一言に、野ノ崎は茶化すわけでもなく視線をテーブルに向けながら聞き入っていた。

「右左、休んでた一年は長く感じたかもしれないけど、これからの二年間はあっという間に過ぎる。僕が良かったって思えるような人生を歩んでほしい」

「分かってます。それが兄さんと私を繋いでいるものですから」

 右左のはにかむ姿に、僕も微笑んだ。

 右左を大切にしたいと思う日もあった。でもそれは神様さんと知り合ってなくなった。

 僕は人葉さんを本当はどう思っているのだろう。彼女のことを考えると胸の中にもやもやしたものが走るようになった。

『一宏君だったら一緒になりたい』

 そんなことを言われたことは一度や二度ではない。でも僕はそれを冗談だと言い聞かせ、手出しすることはなかった。

 神様さんを裏切るわけにはいかない。でも僕の本心がどこにあるのかも分からない。

 受験が終わって、一段落したはずなのに、高校生活の最後に残しているものがあるような気がする。

 僕はため息をこぼした。周りにいる三人はその意味が分からず僕を見つめてきた。

 こんなことを気取られるのはまずい。僕は笑ってその場をやり過ごした。

 二月十五日まで、あと四日と迫った日のことだった。

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