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リトルフォーチューン―あるいは引きこもりの妹の話であって―  作者: やまみひなた@不定期更新
3.7/恋と愛
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3.7/2

 試験が終わってから、僕はバイトに勤しんでいるはずの神様さんにメールを送った。

『ちょっと厳しいかもしれない』

 そんな弱気な文言を。風が耳元を過ぎ去っていく。ひらりと舞う落ち葉が、今の自分に重なって見えた。

 結果はいずれ来る。今日は何も考えずに寝るか。僕は背伸びして駅前まで歩き出した。

「お、暗い顔してるねえ」

 いきなりそんな声を掛けられた。聞き覚えのある、小鳥のように澄んだ声。

 期待に添えない形になりそうな、僕の恋人の双子の姉である二宮人葉さんの姿がそこにあった。

 人葉さんは僕の側に来ると、いつもの悪戯めいた猫のような顔を浮かべて僕の脇腹を肘で突いてきた。

「どうも。というかわざわざここまで来たんですか?」

「でなきゃこんなとこ来ないって。試験、どうだった?」

 人葉さんは楽しげに聞いてくる。僕はあまりの手応えのなさに虚脱感を覚えていたところだ。あまりどうこうというのもない。

「……正直、あんまりです。手も足も出ないって感じじゃなかったんですけど、引っ掛かってる問題のイメージが強すぎて」

 弱気になった本音を吐露する。すると人葉さんは一笑に付して僕の背中をぱんと叩いた。

「そんなの気にする必要ないって。試験は返ってくるまで分からない。それに受験落ちたら私と付き合えるんだよ? もっと喜びに満ちあふれた顔しないと」

 いや、だからその話はなかったことにしましょうよ。そう言い切れない自分がまた情けなくて、俯いたままとぼとぼと歩き出した。

 ともすれば無言になる僕の横で、人葉さんは色々話す。こんな時に鬱陶しいと思う人もいるかもしれない。でも僕は分かっていた。彼女は気落ちする僕を励ますために色々話してくれているんだと。

 その姿は僕に落ちてほしいと願っている人のものではなく、僕の受験を応援してくれていた神様さんの姉の姿だった。

 あまりの重苦しい空気に耐えられない。僕は話題を変えるように人葉さんに話を振った。

「人葉さん、女子大受かったんですね、おめでとうございます」

 それか、そんな顔で人葉さんは横を見た。

「ここからはちょっと遠い感じ。車の免許取ろうと思ってて。時たまこっち帰るつもり」

 彼女は悲喜をを見せずさばさばとした声で言った。その一言一言に混じる白いもやが僕に真実を伝えようとしない。

 何も言えず、駅前まで歩いていく。でも、ここでしか聞く機会はない。僕は歩きながら、おもむろに彼女に訊ねた。

「あの、僕が受験に落ちたら付き合うって冗談ですよね」

 その一言が漏れた瞬間、彼女は一瞬顔を強ばらせた。

 だがしばらくして、いつもの笑顔に戻ると僕の背中を強く叩いてきた。

「受かるよ、君なら」

「……人葉さん」

「落ちたって多分双葉の感情も変わらないだろうし、私がしゃしゃり出る幕はないかな。だからさ、自信持っていいんだよ。頑張れ」

 彼女は僕の質問をはぐらかした。人葉さんに聞きたかったのはそんなのじゃない。でも彼女は本音の部分をさらけ出さない。

 何度も見てきた、強気を装っているのに、根の部分は弱気な、あの人葉さんだ。

「その、色々ありましけど、受験勉強を教えてくれなかったらこんな風になれなかったと思います。それが人葉さんの受験勉強の足を引っ張ってないかって心配だったんですけど……」

「気にしないで。夏頃には女子大受けるって決めてたから」

「どうして女子大だったんですか」

「変な男にウザ絡みされるの嫌だったから。……一宏君には私のこと、あんま関係ないかもね」

 彼女は寂しげに微笑み、改札をくぐり抜けていく。僕も最近作った鉄道系のICカードを宛て改札を潜った。

「でも一宏君に勉強教えるのももうないのかあ」

「……そんなこともないと思いますけど」

「大学の勉強に首突っ込むほど余裕はないよ。それに授業ちゃんと出て提出物さえ出せばAはもらえるんだから」

 人葉さんは未来を述べる。僕の未来を。でも自分の未来は頑なに話さない。夢があると言ったのに、その夢がどこにあるかも分からない寂しい話し方だった。

 悲しかった。何もしてやれない自分が、助けてやれないことが。僕は彼女を守りたいと願ったのに、その欠片も叶えられていない今の自分自身が情けなくて、どうしようもない奴に思えた。

 気が付けば僕は、受験が滑り気味だったことも忘れ、人葉さんの切なげな横顔に見とれ続けているだけだった。

「一宏君、君なら双葉と一緒にいい未来を見つけられるよ」

「……人葉さん」

「さってと、私は私で何とかやらなきゃ駄目だな。勉強も大変だけど彼氏も作んなきゃいけないし、あー大学生活までもう少しかあ」

 彼女の一言一言が、無理を言っている道化にしか見えない。

 それでも僕は口を挟めず、隣で苦笑を浮かべるしかなかった。

 電車のブレーキの鈍い音が響く。人葉さんは無言のまま手を振って、電車に乗った。僕も同じように手を振る。

 ……あれ?

 僕は目を少し凝らした。彼女は背を見せ目元を拭うように手を宛てていた。

 その涙の意味は分からない。でも僕の心に歪な傷を与えて、辛い思いをぶつけてきたのは確かだった。

 ……人葉さんと僕の関係はどうなるんだろう。

 終わりの近づいたその関係が、僕に嫌な感情を覚えさせた。

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