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リトルフォーチューン―あるいは引きこもりの妹の話であって―  作者: やまみひなた@不定期更新
3.6/特別という言葉の意味
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3.6/24 『失う』(3.6章終)

 週明け、午後の休み時間、珍しく野ノ崎と渡り廊下で出会った。

 あいつはあいつで受験勉強を必死になってやっていて、相当な疲れを見せていた。

「一宏、この間のこと……まあ何ていうか、辛いな」

 野ノ崎には朝方会った時に、軽く白詰と事が終わったを告げた。その詳しい話を、今している最中だ。

「友達で居続けたい一宏と、恋人になりたかったあの子じゃ、話がまとまるわけないよな」

「……まあな。でも、何か出来たことがあるんじゃなかったって思う」

「そういうの、後悔先に立たずって言うんだぞ。というより、その時思いつかなかっただけで後であれが最善手だったとか色々考えるだけなんだよな。でも一宏、ショック受け続けてる時間なんてないぞ。お前の一番大切な二宮のためにも、受験失敗出来ないんだからな」

 やっぱり野ノ崎はいい奴だった。色々下らない噂は好きでも、最後の最後に友人を思う言葉を掛けられる。

「バイトもやらなきゃいけない、受験勉強もある、家事全般こなす、それで恋愛も一生懸命だろ、よく出来るな、お前」

「でも、それ世の中の主婦の人なら結構こなしてると思うけどな」

「まあ……パートとか行ってる主婦ならこなしてるかもしれないけどさ、お前は受験勉強がかなりの比率で入ってるわけだろ。ま、あんま無理すんなよ」

 最後に野ノ崎は僕の肩をぽんと叩いて、あくびをしながらその場を去った。

 僕は失うことに、怯えていることを覚えた。神様さんは失いたくない。では、人葉さんが僕の前から去るということになると、どういう感情を覚えるのだろう。

 きっと僕は、白詰の時と同じように、くよくよして、何日も立ち直れない日が続くんだろう。

 失うことが、こんな辛いことだなんて、今までの人間性を失っていた僕ならずっと分からなかった感情だ。

 白詰は、そんなことを僕に教えてくれた、大切な人だった。そして、友人でいることさえも断ち切って、新しい自分へと向かおうという強さを持っていた。

 頑張れ、白詰。僕も頑張る。

 僕は背伸びして歩き出した。すると、珍しくポケットに入れているスマートフォンが揺れ出した。

 こんな時間に誰だろう。僕がディスプレイを見ると、『二宮人葉』と映し出されていた。

 こんな時に珍しいな。僕は人葉さんの電話に出た。

「もしもし、一宏君?」

「はい。こんな時間にどうかしたんですか?」

 僕が訊ねると、人葉さんはくすくす笑いながら僕をなじってきた。

「双葉から聞いたよ。あの可愛い子と別れたんだってね」

 その話か。傷心の今には多少痛い話だが、僕はあえて笑った。

「友達も無理だって言われました。でも、恋人にはなれなかったし、一つのきりのいい形としては充分にアリだったのかなって思いました」

 僕がそう呟くと、人葉さんはしばらく黙り込んだ。

 本当にこの時間にかけてくるなんてどういう風の吹き回しだろう? 僕が疑問を挟んでいると、彼女は小声で僕に呟いてきた。

「ねえ、一宏君、受験はどう」

「人葉さんのおかげで合格六割、不合格四割くらいまで行きました。模試の判定もBくらいはいけてます」

「そっか……頑張ってるね」

 と、彼女は自分が教えているというのに、まるで他人事のように告げた。

 やっぱり今日の人葉さんはおかしい。僕は勇気を振り絞って、彼女に静かに訊ねた。

「あの、人葉さん、やっぱりなんかありますよね? どうしたんですか?」

「一宏君と賭けしようと思って」

「賭け?」

「一宏君が合格したら、双葉と付き合いを続けてもらって、私はきっぱり身を引く」

「……え」

「その逆で、一宏君が受験に落ちたら、罰として双葉と別れて私と付き合う。そういう賭け」

 何を馬鹿なことを言っているんだ。その一言が勇気を振り絞っても出てこない。

 僕はまた、失うのか。神様さんか、人葉さんが、他の男のものになるのを指をくわえて見ることになるのか。

「……人葉さん、そんな賭けやめましょうよ」

「私は本気だよ。そうでないと、君のこと、忘れられなくなるから」

 僕のスマートフォンを持つ手が震えていた。

 失う。

 その言葉の意味を知った今、それが恐怖に変わる。せっかく大切に思える人と知り合えたのに、別れるなんて嫌だ。

「人葉さん、そういうのやめましょう」

「それは君が決めることじゃないよ。受験が受かっても落ちても彼女持ちになれるんだからいいじゃない。それじゃ、また土曜勉強頑張ろうね」

 その言葉を残して、電話が切れた。

 僕はどうすればいいのだろう。

 脳裏に蘇る、神様さんの笑顔と、人葉さんの無邪気な表情、そして白詰の悲しげな顔。

 僕は渡り廊下から見える空を見上げ、自分の不甲斐なさを痛感していた。

 受験が一つのターニングポイントになる。

 今はそれに集中しよう。僕は、そのことを思いながら、重い足取りで教室に戻った。

 僕のこの恋愛はどんな終わりを迎えるのだろう。それが分からず、頭が混乱するという感情にさいなまれた。

始まる前に終わると言いました。

今回は似たような境遇に置かれたのに選ばれなかった少女というテーマで描きました。白詰もそうだし人葉もそうだし、双葉と同じような道を歩んでいるのに、選ばれない。そういったビターな部分もたまにかかないとカタルシスがないよね……というところでした

そしてそれは話が終わるということではなく3.6章を終わらせるということでした。

というわけで次回本当の完結編、3.7章をまた一月後に掲載しようと思います。

長い間付き合って下さってる方には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいですが、なかなか書けない私が悪いわけであります。

せっかくなので、もう少しお付き合いいただけると幸いです。それではまた一月後にお会いしましょう。

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