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リトルフォーチューン―あるいは引きこもりの妹の話であって―  作者: やまみひなた@不定期更新
3.6/特別という言葉の意味
144/163

3.6/23 終わりの言葉

 その後僕は白詰に連れられる形でファンシーショップなどを回った。こういう時にゲームセンターで写真でも撮るものだと思ったのだが、白詰はスマホのカメラでいいと言って僕と二人の写真を街をバックに写していった。

 夕暮れ時、僕は喫茶店に入っていた。特に食事は取らず、飲み物で足の疲れを癒す感じだ。

「ねえ、塚田君、この街のこと、思い出した?」

 白詰がアイスココアに刺さったストローに口づけながら僕に訊ねてくる。僕は一拍間を置いて、ゆっくり答えた。

「思い出した。でも今の街の方が大事だよ」

「……そっか」

「白詰には話してなかったけど、うち、親が離婚して、僕が父親に引き取られて、妹が母親に引き取られたんだ。でも母親は家事が全然出来ない人な上に、妹が精神的に追い詰められて引きこもりになってたんだ。二宮さんのこと抜きでも、今の街に戻ったことで僕も助けられた気がするんだ」

 僕の淡々と告げる言葉を聞きながら、白詰の視線はどんどん下に落ちていく。

 店の中に流れるジャズの音色が、耳を通り過ぎて心の欠片にも刺さらない。

「最初は妹と再会出来るって思って喜んでたのに、それが街で知り合った二宮さんのことでいっぱいになるなんて思ってなかった。人生どう転ぶか分からないな」

 僕が微苦笑を浮かべると、白詰は目を上げて、僕の目を直視してきた。

「……この街にいても、幸せはなかったん?」

 難しい質問だな、と思う。ここにいればいたで、何かしらの出会いはあるだろうし、知り合えた何かはあっただろう。

 でも僕は、そんなもしもよりも、右左と一緒に生活が出来て、神様さんや人葉さんがいて、メイドカフェで働ける今に充実を覚えている。それはきっと、この街にいてほしかったという白詰には通じないことだと分かっていた。

「白詰のことを忘れてたのは謝る。でも、引っ越し続きで友達を作りたくなかったっていう気持ちは分かってほしい」

「……それ、塚田君の理屈やね」

「え?」

「塚田君、周りの人の仲良くしたいっていう気持ち全部捨ててたもん。そういうの拾ってたらもっと違う形になってたと思う」

 白詰のぽそぽそ呟く声は、言い淀みのない真っ直ぐな感情を表す言葉だった。

 僕はどうしたらよかったんだろう。引っ越しは親の言い分だ。逆らうことなんて出来なかった。でも、それとは別に、この街で友人を作ることくらいは出来たかもしれない。

 今更過去を嘆いてもどうしようもない。僕は白詰に言い返すことが出来ず、静かにコーヒーを飲み終えた。

「こんな辛気くさい話してもなんやし、時間も時間やから帰ろうか」

 白詰は先ほどまでの陰鬱な表情が嘘のように笑顔を見せた。僕は「ああ」と答え、席を立った。

 共に歩く、駅までの道。学校生活の時に、何度かあったそれを、今もう一度踏みしめている。

 僕は白詰を傷つけるために今日ここへ来たのだろうか。それを思うと、自分の愚かさを呪いたくなった。

 駅に着き、白詰は定期を出し改札を潜る。僕は切符を買った。これから三時間、家に時間をかけて帰らなきゃいけない。

 でも、無駄な時間だとは思わなかった。失っていた時間、白詰ともう一度時間を紡いでいければ、今日の失態は取り返せる。

 プラットホームで、僕達は電車が来るまで待っていた。白詰はずっとにこにこしている。見ているこちらが明るくなれそうだった。

「白詰、今更だけど大学合格おめでとう。僕も頑張る」

「うん。それと、今日塚田君と会えてよかった。本当、ありがとうね」

 白詰がそんな言葉を発したのとほぼ同じくして、白詰の乗る上りの列車がやってきた。

 白詰は電車に乗り込む。そして大きく僕に手を振った。

「ほんと、本当に塚田君、色々ありがとう! ずっと忘れへんから!」

 白詰がそんなことを大きく叫んだ瞬間、扉が閉まった。

 僕はその言葉を聞いて、呆然とした。月並みな言葉だが、心の中にぽっかりと穴が空いたような気分を味わった。

 白詰の言葉の意味が分からない。僕はどうしたものだろうと思ったが、ひとまずやってきた電車に乗り込んだ。

 気持ちが妙にそわそわする。白詰のあの言葉は、まるで別れみたいだ。これから近くの大学に通うというのに、そんな言葉をかけなくてもいいだろうと思ったのに。

 僕は――自分が分からなくなった。

「あ、メール来てる……」

 僕はスマホを取り出した。発信者は白詰だった。

 何が書いてあるんだろう。僕はゆっくりそれを見た。

『塚田君、今日はありがとう。でも、これで気持ちの整理が付きました。最後に塚田君と会って、自分の中にあった恋愛感情を捨てることが出来ました』

 僕はその文面を見て黙りこくった。そんな感情がまったくないなんて思っていないわけではなかった。でも、それは低確率かつ朧気なもので、強い情念を持つものではないと思っていたからだ。

 僕は嫌な感情を抱えたまま、続きに目を通した。

『二宮さんは凄くいい人だと思います。魅力的だし美人だし、塚田君にお似合いの人だと思いました。でも、困った時に助けてもらった二宮さんも、私も、同じように塚田君に助けられたのに、どうして差が付いちゃったのか、それを考えるとずっと苦しかったです。だから、もう私は塚田君とふれあうことをやめます。新しい自分になって、もし会えた時に笑顔を見せられる私になれたらいいかなってそれが今の願いです。最後に、本当に助けてくれたこと、こんな弱い人間付き合ってくれてありがとう』

 それを最後にメールは終わった。

 僕は慌ててメールを打った。少しでも話したい。今のこの混乱する感情を収めたい。

 だが――メールは届かなかった。受信拒否されてる。

 なら電話だ。着信拒否にされてる気もするが、それでもかけないよりましだ。

 かかれ……かかれ……僕の願いを込めたコールが十回を越えた頃だろうか。電話が静かに取られた。

「白詰!」

 僕は思わず大声で叫んでいた。その向こうで、白詰の寂しげな薄い笑い声が響いてくる。

「電話……どうしたん?」

「あんなメール見て電話かけない奴なんていないだろ! 白詰! どういうことだよ!」

 僕が詰問すると、白詰はゆっくりした声で答えた。緊張の解けた、吃らない声だ。

「あのね、塚田君、私分かった。私は二宮さんになれなかったんやって」

「……二宮さんに」

「同じように助けられたのに、二宮さんは塚田君に好きって思ってもらえて。私は友達っぽいくらいの存在にしかなれなかった。それに塚田君が二宮さんのこと話す時、凄くいきいきしてる。だから、最後に好きって言って終わろうって思ってん」

 白詰の覚悟は相当なものだった。僕はその気持ちに気圧され言い返すことが出来なかった。

「塚田君、優しいから友達でも続けようって言ってくれそうだけど、それに甘えたら、今までの自分に戻るから。だから、私、塚田君のこと諦めることにした。さよなら、それとありがとう、私の大好きだった塚田君」

 そして、電話は切れた。

 僕はスマートフォンを握りながら、俯いていた。俯いていると、目から雫が零れだした。

 白詰のことを好きだった? そんなわけではない。

 じゃあどうして今泣いているんだ?

 その答えはすぐに出た。

 僕は失うことを知らなかった。大切な友人だと気付かされた白詰を傷つけて、去られて、僕は初めて大切な人を失った。

 その失う恐怖を、僕は知らないまま生きてきた。

 僕は結局、三駅ほど腕で隠すように涙をこぼしながら、自分の愚かさに悔しさを募らせるばかりだった。

 出来れば、白詰のこれからが幸せでありますように。そんな虚勢を張るのが精一杯の僕は、どれだけ惨めだろうか。

 こうして、僕と白詰の短い旧交は、静かに幕を閉じた。

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