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リトルフォーチューン―あるいは引きこもりの妹の話であって―  作者: やまみひなた@不定期更新
3.6/特別という言葉の意味
141/163

3.6/21 思うのか思われているのか

 翌日僕はバイトを終えて家に帰ると、自室に戻ってスマートフォンを手にしていた。

 思えばこの間中間や実力試験をやったような気がするのに、もう期末の時期が近づいてきている。

 僕が理系転向したという話は学校の中でそれなりに知られていて、理由は何故と聞かれることも増えた。

 ただそこで神様さんの名前を出しても、僕にとって面白い結果なんて一つも得られないのは分かっているので、適当に「文系より職があるかもしれないと思って」と無難な答えを寄こしていた。

 野ノ崎のテスト前の異様なテンションは、エナジードリンクの飲み過ぎだろうと思うが、進路の決まらないミミのテンションの低さは、エナジードリンクにでも頼った方がいいんじゃないかと思うほどだ。

 次のテストの結果は、何も与えない。推薦が決まって遊んでる奴らにも、進路を決めた僕のような人間にも、三年後半の試験なんて実力の確認以外の意味はない。

 僕はベッドに腰掛け、電話をかけた。思えば人葉さんも試験が近づいている。僕のせいで成績下がったとか迷惑かけなきゃいいけど、と思った時、この間学校休ませた時点で充分迷惑をかけたと思い直した。

 この穴埋めもいつかしなきゃいけないけど、今はまだ入試が控えている。どうしようもない。

「あ、一宏君? 電話なんかかけてきてどうした?」

 人葉さんの明るい声が響くと、僕の心が少し落ち着く。

 最近不思議に思うのだが、神様さんと話している時に感じる安らぎに似たものを、人葉さんと話している時にも感じる。

 付き合えたし一線を越えたから神様さんに対し倦怠期を覚えているわけではない。今でもあの人のちょっとした仕草にドキドキすることもある。

 それでも、人葉さんに僕は安らぎを覚える。胸の高鳴りではなく、安らぎだ。

 心地いい、それは友人ということだろうか。確かに今の僕と彼女の関係を考えると友人というカテゴリーがあっている気もする。でも、野ノ崎やミミには感じないものを、人葉さんには覚える。

 分からない。だから先延ばしにして、今は笑う。

「あの、今度の土曜のことで」

 僕が苦笑すると、人葉さんは少し黙りこくってしまった。

「この間熱出した時に、前の学校の友人と会う約束してたのに会えなかったんです。だから、その埋め合わせを日曜にしようって話になって、今度の土曜の勉強会はなしにしてもらいたいんです」

 僕がそう呟くと、人葉さんは怪訝な表情でも浮かべているのか、少しむすっとした声で返してきた。

「うーんそれは分かるけど……昼近くくらいだったら何とかならない?」

「それが前の街に来てほしいって言われて。そこ、電車で片道三時間かかるとこなんですよ。また疲れて倒れると本末転倒なんで……」

 僕が謝ると、人葉さんは一つため息をこぼしてから、大きく笑った。

「そういうことなら仕方ないかな。双葉も行くの?」

「神様さんが二人で会えって。思い出の残してきたものを拾ってこいって感じで」

「なるほどな。まあ双葉らしい反応だわ」

 何となく納得したような声で人葉さんは言葉を紡ぐ。人葉さんは神様さんが羨ましいと言ったことがあった。それは今もなのだろうか。

 人葉さんと出会ったのは今年の一月。その頃は彼女に好きだと言われる関係になるとは思っていなかった。それがずるずると続いて、僕は今、どうするべきか分からない領域に踏み込んでしまった。

「一宏君、入試も大事だけど学校の試験は?」

「それは何とかなると思います。むしろそれ、人葉さんに言いたいことなんですけどね」

 と、僕が低い調子の声で訊ねると、人葉さんは一蹴するように鼻で笑った。

「学校のトップに居続ける、それが入学した時からの目標だったから。とはいえそんなにきついライバルもいないしね」

「人葉さん、いつも聞きそびれてますけど、試験の点数どれくらい取ってるんですか?」

「九割くらい。右左ちゃんの九割五分には負けるよ」

 いや、学校が違うでしょう。あなたの通ってる学校の実力試験なんて下手な大学の入試より難しいなんて誰でも知ってることですと僕は言いたくなったが、ぐっと言葉を飲み込んで苦笑でやり過ごした。

「偏差値とか……」

「偏差値? その時々で変わるからあんまり気にしてないんだよね。模試の志望校のところもA判定出るとこしか書かないし。あと旅人とか書いてた時期もあったかな。あれ先生にかなり怒られたけどその裏見定めるのが教師でしょって言いたくなったなあ」

 だからあなたの場合は受けるところが凄くてもA判定が出るでしょうと言いたくなった。

 ただ、僕は彼女がこの街に残るのか、どんな大学に行くのか、興味ではなく不安で知りたい気持ちがあった。

 以前言われた、遊んでいるような男につまみ食いされるようなことがあると想像した時、自分でも信じられないくらいの嫉妬と気持ち悪さに駆られた。

 なら、自分の女にしたいのか。それは神様さんのいる僕に言えることではない。それは立場を変えただけで僕がさっき言った「つまみ食いをする男」になったということだ。

 人葉さんと勉強をしている時は、厳しいけれど楽しい。なのに、こうして他愛のない話をしていると、苦しくなる時がある。僕は彼女に何を求めている? それが分からなくて、僕はまた言葉を濁して誤魔化すばかりだった。

 僕が困惑して沈黙していたことに気付いたのか、人葉さんはくすりと笑って声をかけてくれた。

「しかし前に住んでたとこ、片道三時間か。それさ、引っ越し前に右左ちゃんに会いに行けたんじゃない?」

「まあ……そうなりますね。ただ右左に会いに行く勇気がなかったのも事実です」

 僕は悔やむような言葉を呟く。そのすぐ後に、もう一つの事実を告げた。

「ただ高校の頃に住んでたとこはそこだったってだけで、小中の間に引っ越し三回してるんですよね」

「はあ……なかなか引っ越しが多かったって聞くけどハードな人生送ってるな。そりゃ友人作らないか」

「僕が臆病だっただけです。この間会った友人だって、僕が一歩踏み出せばもっと仲良く出来たのに、どうせ別れるからって何にもしなかったのは僕の方です」

 僕が粛々と呟くと、人葉さんはくすりと柔らかい吐息を電話越しに響かせた。

「そう考えても仕方ない、君は悪くないよ」

「え……」

「君が本気で友人を作らない人間なら、双葉も私も君と仲良くなってない。君は立派な人間まであと少し」

「あと少し……その部分ってどこですか」

「受験に受かること。そこから先、君自身の本当の人生が始まる。だから、あと少し頑張ろうよ」

 僕はそれだけ言ってくれる人葉さんをないがしろにしている自分が恥ずかしく思えた。

 彼女が望むことをしてあげたい。でも出来ないこともある。

 僕はこのまま、不義理な人間として終わるのだろうか。目を閉じる僕のこの姿は、人葉さんに見せられないなと思った。

「一宏君、ま、色々思うことはあるけど、日曜楽しんでくるんだよ」

「楽しむ……ですか」

「この間の子だってせっかく前の街に呼び出したわけだし、何にも考えてないわけじゃないから。君に言いたいこと、伝えたいことがあるから、来てくれって言ったわけでしょ? ま、私から言えるのはそれくらいかな」

 冷やかすようにくすくすと笑い声を交えながら、彼女は僕をからかう。

 ただ白詰が何の考えもなしに僕を呼び出すとも思えず、僕は何を言われても受け止めるだけの気持ちを持とうとは考えていた。

 やっぱり、人葉さんには敵わない。僕は自分のその気持ちを表すように一人笑い、人葉さんに一声掛けた。

「人葉さんも、試験頑張ってくださいよ。どこの大学行くのか知らないですけど、人葉さんにも立派になってもらいたいですから」

「一宏君双葉みたいなこと言うー。ほんとその辺似た者カップルだよね」

「同じようなこと話してて、同じ心配をしてるだけですよ。僕と神様さんが凄く似てるなんてこと、あんまりないですから」

 僕の言葉を聞き終えると、彼女は充分話したと思ったのか、「うん」と一つ呟いて僕に電話を切るように話しかけてきた。

「それじゃ、一宏君、自習頑張ってね。次に会う時には合格に近づいてるように思えるくらいにね」

「はい。あ、人葉さん、問題集にチェック入れてくれたの、本当にありがとうございます。おかげで勉強はかどってます」

「君が寝てる間暇だったからやっただけだよ。気にしなくていい。試験本番に命削るんだから今はまた少しゆっくりしといた方がいいよ」

「分かりました。それじゃ、また。おやすみなさい」

 一言を残して、電話を切る。今日これと言った勉強をしたわけでもないのに、何か成長出来た気がした。

 神様さんは人葉さんが直接話したいことがあると言った。今日の会話を振り返って、そんなことは何かあっただろうかと思ってしまう。

 ただ、今までなかなか伝えられなかった感謝の思いを告げられたのは、ちょっとだけ良かったかなとも感じた。

 ……僕は人葉さんに何を求めているのだろう。それが見えず、僕はまた悩んだ。

 ただ一つだけ確かなのは、今度の日曜に白詰と以前の街で会うということだ。

 あの街に何の思い出もない。中学の終わりに引っ越ししてきて、高校の一年半を過ごしたというちょっとした時間を過ごしただけの街だ。

 でも白詰は、あの街の高校で三年間通い続けた。僕とは思い入れが違う。

 何か言えることがあるのか。言われることはあるのか。

 心の中に浮かぶのは、期待よりも不安。それだけは自分でも手に取るように分かった。

 暖房のついた部屋と違って、あの街の寒さをまた感じるのか。日曜、何が待っているんだろう。僕は遠い目をしながらベッドの上に寝転がった。

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