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リトルフォーチューン―あるいは引きこもりの妹の話であって―  作者: やまみひなた@不定期更新
3.6/特別という言葉の意味
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3.6/20 二人の約束

 授業が終わってバイト先に向かう途中の僕は、大慌てでスマートフォンを取り出した。

 白詰、電話出られるといいけど。僕は祈る気持ちで白詰の電話へかけていった。

 十コールくらいしても出てこない。電話で直接話すのは無理か。僕は静かに電話を切った。寒空が余計に寂しく感じる。

 と、入れ替わりに電話がかかってきた。発信者は白詰だった。

 僕は滑りそうになる手を必死に抑えて電話を取った。

「つ、塚田君、電話かけてくれたん? あ、ありがとう」

「いや、こっちの都合で電話かけただけだから。この間はごめん」

 僕が静かに謝ると、白詰はくすくす笑いながらゆっくりとした口調で答えた。

「塚田君みたいな人が、体調崩すなんて、滅多にないことやから、気にしてへんよ」

 優しい白詰の言葉が、少しだけ刺さってくる。僕は改めて今日の目的を端的に告げることにした。

「あのさ、白詰。この間会えなかった分、会えないかな」

「え、え……?」

「二宮さんがさ、この間会った時二人の昔話あんまり出来なかったから悪かったって言って。だから二人で会ってきてほしいって言ってきたんだ。……その、白詰さえよければ二人で街の案内とかするけど」

 と、僕が歯切れの悪い言葉でぽそぽそ呟くと、白詰は破顔一笑という表現がぴったりの大きな笑い声で答えた。

「ほんと、に、二宮さんってええ人やね」

「それは認める。でなきゃこんな風に出来ないし」

「あのな、塚田君。いっつも私そっちの街行って、ば、ばっかりやろ。だ、だから、昔話するために、前の街で会いたい……やけど駄目かな」

 白詰はぽそぽそと話す。それが悪いわけはない。ただ僕はあの街に大した思い出を持っていない。そんな僕が今更あの街に戻って何が出来るのだろう。

 難しいなと思いつつも、引っ込み思案な白詰が自発的な提言を行ったのだ、拒否する所以もない。

 僕はしばらくして「いいよ」と答えた。

「日にち、いつがいい?」

「つ、塚田君のバイトがない日でいいよ」

「休みか……本当は日曜はかき入れ時だからまずいんだけど……休み取るよ」

「そ、そんなんあかんって!」

「店の人達は言ったら話聞いてくれる人ばっかりだから。それじゃ、十時に高校の駅で待ち合わせでいいかな」

 僕が押し切るように告げると、白詰はしばらく黙り込んだ後、「うん」と静かに答えた。

「あのね、つ、塚田君」

「何?」

「今度の日曜楽しみにしてる。それじゃ、バ、バイト頑張ってね」

 そして、僕が返答するより先に白詰から電話が切られた。

 神様さんが白詰と僕の背中を押してくれた。僕は白詰に謝れるのだろうか。いや、謝ったところでそれは過去の話だ。未来に繋がる話を何かしなければいけないということに、僕は今更気付いた。

 でも、僕の未来には神様さんがいる。白詰と仲のいい友人でいられたらいいのだけど。僕はぼんやりと暗くなった空を見上げながら、困ったようにため息をこぼした。

 バイト先に裏口から入って、制服に着替える。五日も休むと何か全く知らないところへ来たような錯覚に陥る。

 僕が客席の方へ向かうと、執事長がにこりと笑って僕を受け入れてくれた。

「久しぶり、塚田君。体調は大丈夫かい?」

「あ、はい、おかげさまで快復しました。でもお店に迷惑かけたことは反省してます」

 と、僕が頭を下げると、執事長はコーヒーカップを差し出した。

「僕は悪いと思っていないよ。でも君がその気持ちを払拭したいなら、接客を頑張ることだけだね。期待してるよ」

「……はい!」

 僕はコーヒーを受け取り、注文したお客さんの元へ向かった。

 神様さんは女性のお客さんと軽い談笑をしている。こうしてお客さんと店員の距離が近いのがここのいいところだ。あの一人で来ている女性客もここの常連さんだ。

「あ、一宏君」

 接客中の彼女が僕を見て、手招きしてきた。何だろうと思って近づくと、神様さんが受け持っていたお客さんに僕を引き合わせてきた。

「このお嬢様、今大学生なんだけど、ここに来て料理を食べながら私たちと話すのが凄く好きなんだって」

「そう仰っていただけると働き甲斐があります。本当にありがとうございます」

 と、僕が頭を下げると彼女は手を振って笑いながら軽く制した。

「私ね、色んなメイドカフェ行ったんだ。でもここが一番家庭的で料理も美味しいし、メイドさんの話し口調も穏やかですぐにお気に入りの店になったよ」

 と、彼女は言うが、この店は路地裏にある隠れた店だ。それを見つけて足繁く通うようになったというのは、執事長の料理がさすがの味だったということだろう。

 神様さんがグラスに水を注ぐ。彼女もお嬢様と話すのが楽しいらしい。

「ねえ、君達付き合ってるって本当?」

 いきなりとんでもない発言が飛んできた。だが神様さんはまったく動じることもなくおもむろに答えた。

「はい。いい関係を築けてると思ってます」

「いいなあ。私もナンパされることがあるんだけど、彼氏いない状況で乗ったら遊ばれるだけな気がしてね」

「私はこの人が少しくらい何かしても許すって決めてます。でも、この人は私の期待を裏切ったことなんて一度もないから、信じられるんでしょうね」

 神様さんの屈託のない笑みに、心が洗われる。僕は神様さんの方へ振り返り、微笑み返した。

「僕の方こそ助けられてるよ。ありがとう」

「そうだね。今度白詰さんに会ったら、いい思い出作れるように頑張ってね」

 と、彼女はそんなことを告げまた接客に戻った。

 一通り客席に料理を運び、僕は執事長の立つキッチンの前に立った。すると彼は僕の抱えていることが分かっているのか、料理作りの手を緩めずにこりと笑った

「塚田君、何でも旧友と会うそうだね」

「ええ、まあ。双葉さんから聞いたんですか?」

「そうでなきゃそんな情報入らないよ。でも昔の友人と再会するなんて、いい人生を送っていると思うよ」

 執事長の僕を責めない言葉が温かく、そして感謝の念を心に浮かばせる。

「あの、執事長、その友人に会いたくて、今度の日曜……店が忙しい日なのは分かってるんですけど、向こうの都合を考えたらそれくらいしかなくて……休めないでしょうか」

 僕が頭を下げ気味に小声で呟くと、彼は顎を少し撫でながらにっと笑った。

「君はいつも店に貢献してくれてるじゃないか。この機会を逃せば、受験勉強でもっと会えなくなるんだから、今の内に会っておきなさい」

「済みません! その分別の日に――」

「そう気負いすぎなくていいよ。君に期待しているのは、僕も同じだ。頑張るんだよ」

 と、執事長はそれだけ呟くと何もなかったかのように調理に戻った。

 神様さんがここで働き出したのがきっかけだったけれど、僕がここで働くようになったのも驚くような偶然で出来ているんだと痛感させられる。執事長は教職の人ではない。それでも僕にとっては、理想の担任のような姿を見せてくれる。

 神様さんがもし普通のファストフード店で働いていたら、別の出会いもあっただろうが、こんな気分にはならなかっただろう。

 調理を終え、コーヒーを静かに飲む執事長を僕は遠目に眺めてながら仕事に戻った。

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