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リトルフォーチューン―あるいは引きこもりの妹の話であって―  作者: やまみひなた@不定期更新
3.6/特別という言葉の意味
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3.6/19 どんな思いをすればいいのか

 ようやく体調が戻ったのは月曜のことだった。

 意外なことに体調を一度崩すと自分でも驚くくらい治りが悪かった。

 ただ休んでいる間に何もしなかったわけではない。参考書をベッドで寝転がりながら読んだり、学校に戻ったらどうすればいいか、ひたすら色々考えていた。

 学園への道、右左と共に歩く。こんな光景もあと少しで終わりだ。

「あれ、一宏じゃねーか」

 後ろからお調子者の声が響く。僕はため息をついてその方へ向いた。

 もちろん、声をかけてきたのは声同様にお調子者の野ノ崎であった。

「病気から治って初めて会うのがお前なんてな」

「そんなこと言うなよ。心配してたんだぞ」

「……悪い」

 僕が頭を下げると、野ノ崎は肩をぽんと叩いて励ましてきた。

「あと三ヶ月もすりゃ受験だろ? 時間がないんだ、もう倒れるなよ」

 野ノ崎の温かな言葉に、僕は俯きながら唇の端を釣り上げた。面倒な奴と思うことも多いけど、やっぱり僕の親友であることは変わらないのだと思い知らされる。

「一宏、休みの間どうだった?」

「全然動けなくて困った。右左はほとんど毎日出前生活」

「でも最近の出前栄養価考えたメニューも結構あるじゃねえか。困らなかっただろ?」

 と、野ノ崎は右左を見る。右左は文字通り左右を見ながら誤魔化すように笑った。

「あの……やっぱり飽きます」

「……そうか。まあこれもひとえに一宏の偏食を容認する姿勢が招いたことだと俺は考えているが」

 痛い所を突かれ僕は再び黙り込んだ。そりゃそうだ。僕が右左にもっと味覚の育つ食事を与えていたら右左の偏食も多少は治ったかもしれない。

 人生そう上手くいかないということか。僕は改めて反省しつつ、右左や野ノ崎と共に学校への道のりを歩いていった。

「一宏、そういえば前に会ったあの可愛い子とはもう会わないの?」

「……本当は木曜に会う予定だったんだけど」

「なるほどなあ……熱、三十八度越えてたんだろ。無理は出来ないよな」

 野ノ崎は腕を組みながらあくびをする。真面目に話を聞いているのか聞いていないのか分からないその仕草に僕は思わず一瞬閉口していた。

「でどうなんだよ」

「ただその埋め合わせって言うのかな。今度また会うことになった」

「また二宮いるんだろ」

「いや、今度は二人で」

 と、僕が静かに答えると野ノ崎は雷でも打たれたかのように固まった表情で僕を見つめ返した。

「お、お前大丈夫か?」

「大丈夫って何が」

「いや、二宮とか嫉妬しないかって話だよ」

「ああ……それか。二宮さんがOK出したって言うか、二宮さんからそうしてあげればって提案があったんだ」

 それを聞くと、野ノ崎は目元を覆いながら大空を仰いだ。

 さすがの野ノ崎も想像が付かなかったらしい。

「なんていうか……二宮らしいっちゃらしいな」

「どの辺が」

「自分の決めたことを真っ直ぐ通す精神力の強さ。それとそこに繋がる度量の大きさ。一宏によく似合ってるよ、嫌味抜きで」

 野ノ崎は完敗したとばかりに爽やかな横顔を見せていた。

 神様さんは優しい。そして僕のことを強く信頼してくれている。そのことが僕にとって何よりも嬉しくて、何よりも守っていきたいと思えることだった。

「一宏妹、一宏が飯作れない間何食ってたんだ?」

「ハンバーガーとかピザとか……気付いたらハイカロリーなものばっかりでした」

「今は痩せ型で見た目もいいけど、太らないように気を付けろよ。体調的な面でもな」

 まるでどちらが兄か分からないような言葉で野ノ崎が右左に注意を促す。

 食費は右左と僕は別々なので、右左が色々食べても僕の懐は痛まない。ただあまり余裕のない僕の財布事情には、この数日間かかった治療費はなかなか重たいものだった。

「一宏、勉強遅れた分どうするんだ?」

「一応ベッドで寝転がりながら問題集見てた。遅れっていうほど遅れてないと思う」

 野ノ崎は「ふむふむ」と頷くと意味もなく鞄をぐるりと縦に回した。

 寒気をまとった風が通り過ぎる。まだ耳を痛めるほどの冷たさはないけれど、僕の命運がかかった日、その痛みを感じる日が来るのだろう。

 風の痛み、心の痛み。僕は白詰に会って何か言えるのだろうか。

 やっぱり、ここは電話で話した方がいいかもしれない。僕はそんなことを少しだけ心に決めた。

「兄さん、考え事ですか?」

「まあ。今度昔の同級生とどう会おうか考えてて」

「一宏、いい感じになったからってそのまま色々しようとか考えるなよー」

「するわけないだろ。ただ、この間会えなかったことはきちんと謝罪したい」

 僕がしんみり呟くと、浮かれていた野ノ崎も、静かに聞いていた右左も同じように沈黙してしまった。

 落ち葉が肩に落ちる。払いのけたその手が、まるで白詰を捨ててきたような錯覚に陥らせる。

 謝罪って、今までの人生でどれだけしただろう。思い返すと、あまりした覚えがないような気がする。

 こんな僕でも、勇気を持てば少しはまともな人になれるのかな。

 神様さんとの未来のためにも、僕はもう少し人間味の溢れる人になりたい。

 強い願いと強い悔悟と。そんな趣のまま、僕達三人は校門を潜った。

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