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リトルフォーチューン―あるいは引きこもりの妹の話であって―  作者: やまみひなた@不定期更新
3.6/特別という言葉の意味
138/163

3.6/18 埋め合わせは大変だ

 その晩、僕は神様さんの作ってくれた卵粥を口にしてから、白詰にメールを送った。

 過労で倒れた。申し訳ないけど明日は店にいない。もし代わりにどこかで会いたいって言うなら、それを受け入れる。

 そんな文面だった。

 白詰怒るだろうな……。僕はそんなことを思いながら、くらくらする頭を支えた。

 僕が悩んでいると、家事を終えた神様さんがわざわざ僕の部屋を訪れてくれた。

「一宏君、私そろそろ帰るけど大丈夫?」

「だいぶ熱は下がったと思うし、もう少しで本調子に戻れそう」

「で、その体温は何度?」

「……三十七度八分」

「まだちょっと熱高いね。気を付けなきゃ駄目だよ」

 神様さんにくすりと笑われると、僕も同じように笑ってしまった。

「右左、神様さんの作ってくれた夕食どう言ってた?」

「こんなの作れるの凄いって。一宏君、右左ちゃんに料理のこと何にも教えてないんだね」

「まあ困らないと思ってるから。とはいえ僕が側にいてやれるのもあとどれ位か分からないしそろそろ頃合いかもなあ……」

 僕が腕組みをすると、神様さんも「そうそう」と頷いた。

 神様さんは帰ると言いながら、僕の部屋の床にぺたんと座り込んだ。

「白詰さんから連絡は?」

 彼女も多少は気になるらしい。僕にそんなことを訊ねてきた。

 壁の白さが目に留まる。僕は何もないそれをじっと見つめながら、ぽそりと答えた。

「まだ。ちょっと怒ってるかもしれない」

「ちょっとかな……相当怒ってるかも」

 神様さんは悪戯っぽくささやく。僕は苦笑したものの、内心では「もしかすると」と思い背筋に疲れか恐怖か分からない寒気を覚えさせていた。

 と、そうしていると僕のスマートフォンが震えた。メールが来たらしい。

「誰から?」

「白詰から」

 と、僕はメールを開いた。白詰がどんな文面を並べていくのか、恐怖と心配が心に過ぎる。

『体調大丈夫? 私は気にしてへんよ。また機会があったら一緒にどこか行きたいなあ。明日は諦めて家でゆっくりしとく』

 と、そんなあっさりした内容だった。そのあっさりが、白詰の心がどんな風に傾いているのか推察させない。

 白詰に関してそんなもやもやした思いを抱えていると、神様さんは微笑をたたえながら僕の瞳を捉えた。

「白詰さん、きっと一宏君と店で会えるの楽しみにしてたと思うよ」

 彼女の言うことはもっともで、僕は何も言い返せなかった。

 白詰に何か侘びることは出来ないだろうか。また別の日に店に来てもらうというのも一つの手だがそれでは詫びにならない気がする。

「ねえ、一宏君」

 神様さんがおもむろに声をかける。僕はどうしたんだろうと彼女を見つめた。

「一宏君がよかったら、白詰さんと二人で会ってもいいよ」

「え……」

「あの、別に別れようとかそういう話じゃないから。ただね、白詰さんの不安げな気持ち、私も分かるんだ。私がいたら、学校の話とかしにくいじゃない。だから、私がいないところでゆっくり話してほしいって思った、それだけだよ」

 彼女の言葉に僕は暫時無言になっていた。

 きっと神様さんから見ても白詰は危うい奴なんだろう。でもその危うい奴を僕が操りきれるとも思えない。

 でも彼女は、白詰と二人きりで会う事を勧めてきた。別に浮気とかそんな問題じゃない。それを言うなら人葉さんの方が危険な領域にある。

 僕は悩んだ末に、神様さんに答えを告げた。

「分かった。今度二人で会ってみるよ」

「うん、それがいいよ。この間会った時あんまり思い出話出来てる感じじゃなかったし。今度はたくさん話してきてね」

 と、彼女は優しい声色で僕にささやきかけた。耳に、小さな風が吹いた気がした。

 彼女は僕のその言葉を聞くと、大きく伸びをしながらゆっくり立ち上がった。もう今日は終わりでいいらしい。

「一宏君、早く体調治して、また受験勉強頑張ろう」

「うん。神様さんも行けそうな専門学校見つかった?」

「園芸関係の専門学校だったら中卒でも入れるところ結構あるみたいだから大丈夫。あと私は浮気しないけど一宏君はもっと浮気しないようにするんだよ。ただでさえモテるんだから色んな女の子にちょっかいかけられるの分かってるでしょ?」

 と、最後に悪戯か本気か判別付きかねる言葉を残し、彼女は手を振って部屋から去った。

 白詰と僕の間にあるもの。友情なのか、それ以下のものなのか。

 僕はまったくそれを掴みかねて、ただ整理出来ない気持ちをぐるぐると回し続ける。

 季節はもう冬に差し掛かっている。

 そうか、神様さんと再会してから一年が経つのか。早いものだ。

 僕は考えることをやめ、ゆっくりと天井を見あげるように寝転んだ。いつかこんな時間が楽しかったねと言えるような、そんな日になりますように。

 そんな願いがどこか胸で反響しては消えて、それが虚構ではないのかと僕に冷たい感情をよこしてくる。

 白詰を精一杯喜ばせよう。僕はそのことだけを考え眠りに落ちた。

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