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リトルフォーチューン―あるいは引きこもりの妹の話であって―  作者: やまみひなた@不定期更新
3.6/特別という言葉の意味
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3.6/4 受験勉強と双子の思い

 週末の土曜、昼から続くバイトを終えた僕は大急ぎで家に帰っていた。

 家の扉を開ける。すると困ったような苦笑を浮かべた妹の右左が玄関に向かってきた。

「兄さん、お疲れ様です」

「右左は夕食食べた?」

「はい。兄さんは?」

「僕も店で食べさせてもらった。ところで……」

 と、玄関先を見る。見慣れた小ぶりな靴が綺麗に並べられている。

 来てくれと頼んだのは僕の方でもある。そうだな、と少し笑って僕は自分の靴を脱いで上がった。

 するとちょうどいいタイミングでその「見知った人」が僕達の前に姿を現した。

「おー一宏君、遅かったなー」

「土曜はいつも忙しいですから。人葉さんの都合のいい曜日変えてもらっても問題ないですよ?」

 僕が笑いながら言うと、毎週この土曜に通ってくれる神様さんの双子のお姉さん、二宮人葉さんが笑った。

「人葉さん、暇じゃなかったですか?」

 僕がそう訊ねると、彼女はふっと笑いながら僕の近くに寄ってきた。

「きみの部屋をぐるっと見ててね」

「はあ、まあ仕方ないですよね」

「そしたらいかにも男の子のためだけに作られた本を見つけたぞ。しかも双葉や私みたいに胸の大きな人ばっかりの意外とマニアックな方向性の本じゃないか!」

 あれがバレる。僕の顔から血の気が引いた。

 いや待て、生物である以上ある程度の繁殖にまつわる欲求と無縁で生きるのは難しい。それを今更指摘されたからと言ってどうということはない。

 どうということはないのだが、僕の目を見据える人葉さんはただただにやっと、何も言わない笑みを浮かべ続けるのみだ。

「一宏君も何だかんだ言いつつ男だねえ。まあ生理現象だし止めてたら余計疲れるか」

 と、彼女がやれやれと言った顔で呟いた言葉に、僕も近くにいた右左も顔を赤くするしか出来なかった。

 と、僕が俯いていると、人葉さんは首をくるりと回して僕の肩をぽんと叩いた。

「まあ勝手に人様の家を物色なんてマナーの悪いことしてないし、そんなものも見つけてないけど」

「……え?」

「まさか本当だった? 私は幻滅しないけど双葉が見も知らない綺麗なお姉さんとかに嫉妬しそう」

 と、彼女が笑う。僕は微苦笑を浮かべながら、拳をわなわなと震わせていた。

「それより勉強。君の本分は双葉や見知らぬスタイルのいいお姉さんに欲求ぶつけることじゃないし、バイトでもないでしょ。まず受験合格、それを目指して頑張れ」

「……分かりました」

 と、僕が頭を下げると、同じように横にいた妹の右左が頭を下げた。

「あの、兄のことお願いします。人葉さんが指導してくれてることで、少しずつ成績上がってるの分かります」

 右左がしっかりと告げた言葉に、人葉さんはいつもの人を食うような顔ではない、優しい神様さんと瓜二つの顔でぽんぽんと右左の頭を軽くはたいた。

「私も一宏君の合格を祈ってる一人だからね。こんな感じでふざけてるけど、一宏君のやる気を起こさせなきゃいけないわけ。だから、信じて」

「……はい!」

「じゃあ一宏君、部屋でいつも通り勉強しよっか」

 と、人葉さんは勝手知ったるなんとやらで僕の部屋へ駆けていく。僕もその後を追い、制服の上着を脱ぎながら部屋に入った。

 それにしても、彼女は毎週土曜、泊まりがけで僕の家庭教師になり、朝方になると帰っていく。

 こんな行動が彼女の通う学校にバレてしまえば、退学どころの話ではない。しかし彼女は「今更退学になったところで大学受験に大した影響及ぼすわけでもないし」と何処吹く風で平然とした顔を見せる。

 本来泊まりがけを断るべきだと思うのだが、彼女の熱心な指導を前に、僕はそれを断ることが出来なかった。そしていつも僕に色んなアピールをしてくる彼女なのに、何も怪しいことをせず一生懸命僕の成績を伸ばすことだけに気持ちを傾けてくれることに、心地よさを覚えていた。

 もう九時だというのに、眠さの欠片も見せずに勉強を開始していく。

 今日学ぶのは生物の応用範囲であるゲノムと遺伝子を絡ませた記述問題だ。遺伝子操作作物の問題からヒトゲノムの解析に連なる倫理的な側面の話と科学的な話を有機的に絡み合わせなければならない難問だ。

 問題に目を通して二十分。一応書き終わると人葉さんが答案に目を通す。

 そして少し首を縦に振って僕の頭を撫でてきた。

「パーフェクトとは言いがたいけど、まあまあの出来かな。倫理面の話に比重が傾きすぎて社会面の影響が書けてないのは残念だけどよく勉強してきてることは伝わってくる内容だった」

「ありがとうございます!」

「まあ、きみがしっかり頑張ってるから付いてきてる結果だ。胸を張っていいぞ」

「分かりました」

「それじゃ、これから三十分で基礎問題の反復練習しようか」

 と、参考書のページを指定され、僕はノートに向かい合った。解く範囲は参考書の最初の辺りにある問題。この基礎問を落とすようでは合格なんて夢のまた夢だ。

 僕が一生懸命やっている姿を、人葉さんは満足げに見つめながら、いつもと変わらない厳しい指導をしていった。

 受験勉強は結局いつものように夜中の一時まで続いた。こんな時間まで付き合ってくれる人葉さんには感謝しかない。

 勉強が終わると、人葉さんは僕の家の風呂に浸かり、パジャマに着替えてから居間に用意した布団で一人寝る。その後、僕も同じように風呂に入り自分の部屋で寝るのがいつものお互いのやりとりだ。

 右左はとっくに寝ている。最初は人葉さんがこういう時に何かしてくるのではないかと思っていたが、二ヶ月、何もない。

 人葉さんは僕に恋をしていた。いや、今も恋をしているという。でも、手を出さないところを見ると、意外ともう吹っ切ったのかもしれない。

 あれこれ考えながら、僕は自室のベッドの上で横になり、今日の疲れを取るように眠りに落ちた。

「……?」

 眠りに落ちようとして、二十分、何か違和感を覚えた。すぐ後ろに、熱を感じる。

 僕の目が自然と冴えてくる。僕の手が後ろに当たると、柔らかい感触が伝わった。

「って人葉さん!?」

 僕は少し振り返った。そこには僕の背に抱きつく一人の少女の姿があった。

「一宏君、寝心地悪いから抱き枕求めてやってきた」

 彼女はささやく。でも僕は振りほどくことが出来ず、ただじっと固まっていた。

「人葉さん、神様さんにバレたらまずいですから、居間に戻って下さい」

「……一宏君、私だってかなり我慢させられてるの、分かる?」

 と、彼女は僕に呟く。その時僕ははっと気付いた。僕のパジャマ越しに、別の布の感触を感じない。それを強く伝えるように、彼女は体をこすりつけてきた。

 堅くなった突起の感触が伝わる。その度に、僕の体の熱がどんどん高くなるのが自分でもいやというほど感じさせられた。

「一宏君、双葉としてないから欲求不満になってるんでしょ」

「そ、そんなことは……」

 と、彼女は僕のパジャマ越しの下腹部に手を伸ばした。僕のそこは確かに激しく反応していて、人葉さんをまとも見られなかった。

 今人葉さんを見たら、僕は神様さんと錯覚して、それこそ一晩中獣になってしまう。僕は理性と欲望の狭間で必死になって自分を抑えようとした。

「……一宏君、私はしたいよ」

「……」

「双葉に内緒で出来ないかな」

 その甘い言葉に、僕の体は限界を訴えかけていた。

 それでも僕は、神様さんの笑顔を思い出し、いや、と首を振った。

「人葉さん、やっぱり駄目です」

「……そっか」

「本音を言ったら、人葉さんみたいな綺麗な人と出来る機会なんてあるわけないですから、僕だって凄くしたいです。でもやっぱり、それは神様さんを裏切っちゃうことになるから」

 と、僕が呟くと、彼女は僕の首筋に口づけをしてきた。

「双葉と同じ顔だから構わないとか思わないんだ」

「思いません。神様さんは神様さんで、人葉さんはまた別の魅力のある女性です。しょっちゅうキスとかされてますけど、僕は遊び感覚で気軽に一線を越えられるような人間に育ったつもりはないです」

「じゃあ、せめてこっち向いて」

 彼女はそう呟き、一旦腕を外した、

 どうするべきか迷ったが、気の迷いに変わるよりは、お互いに落ち着いた状況になれる方がいいと思い、僕は彼女の方へ体を向けた。

 常夜灯の薄い明かりと布団で、彼女がどんな格好になってるかはっきり分からない。けれどパジャマの胸元がはだけているのだけはしっかり分かった。

 そんな半裸の彼女は僕の体に正面から抱きついてきた。すると、少しだけ笑って僕の首元に自分の顔を重ねた。

「今までさんざん抱きついてきたけど、真っ正面から抱きつくのは初めてだね」

「……人葉さん」

「ごめんね、受験で大変な時に混乱させるようなこと言って。でも一宏君としたいって思い続けてるのは本当。何とかして一晩だけの関係にでもなれないかなあって授業中ぼおっと考えてる。でも一宏君はそういうことしないし、そういうことをしないから好きなのかもしれない。矛盾してるね」

 彼女はくすぐったげに笑う。僕も何故だかおかしげに笑えた。

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