3.6/2 ほんの一年ちょっとなのに何年にも感じる
「白詰ってあのクラス同じだった白詰だよな。懐かしいなあ……元気にしてたのか?」
「あ、あ、あ……つ、つ、つか、塚田君、わ、私のこと、お、覚えててくれてたんや! あ、ありがとうございます!」
彼女は何度も引っ掛かったような声で僕に謝意を告げてくる。それを見て野ノ崎は顔をにやけさせながら横から僕を突いてきた。
「本当、お前美人に囲まれまくってんな。この子無茶苦茶可愛いじゃねえか。この子もしかしたら芸能人とか?」
「そ、そ、そんなのわ、私む、無理です。げ、芸能人とか、そんなのじゃなくて、た、ただの高校生です」
言葉自体は標準語だが、所々大阪弁のイントネーションが混じっている。
そう言えば、こんな喋り方と毎日接しながら生きてた時間もあったな。僕は遠い目で空を見上げた。
「つ、つ、塚田君、わ、私、推薦で大学、う、受かって、この近くにす、住むことになってん」
「そっか、良かったな。でもどうしてここに来たんだ」
「つ、塚田君、あ、あの夏、いきなり、いなくなったやん。れ、連絡先も知らなかったし、も、もう会えないって思ってた。で、でもじゅ、受験合格した時に、せ……先生に話聞いたら、私の行く大学の近くに引っ越したって聞いたから、来てみてん」
懐かしい、たどたどしい言葉。それが引っ掛かったのか、野ノ崎は僕を何度も横目で見てきた。その視線に気付いた白詰が先に野ノ崎へ頭を下げた。
「あ、あ、あの、塚田君のお友達さんで、ですよね」
「うん……そうだけど」
「わ、私の喋り方、みんな変やって思いはるけ、けど、そういう、喋り方になっちゃう……」
「野ノ崎、簡単に言うと吃音だ。でもこいつはそれを乗り越えようって頑張ってる。ゆっくり話せば言葉に詰まることもないんだけど、普通のスピードで話そうとすると詰まるんだ。悪気はないから、許してくれ」
と、僕が頭を下げると、野ノ崎は僕の両肩をがっと握ってきた。
「一宏が謝ることじゃねえだろ。お前、そういうので人馬鹿にする奴じゃねえし」
「……そうなんです。多分、塚田君がおらんかったら、私、受験も合格出来なかったし、人と話そうなんて思わなかったです」
ゆっくり話した言葉は、詰まることのないしっかりとしたものだった。
僕はそれほど大きなことをした覚えはない。一つのこと以外。でも彼女がそれを大切な思い出として抱え、僕にまだあの頃と同じ笑顔を向けてくれるのが素直に嬉しかった。
と、しんみりした空気が野ノ崎は嫌だったのか、にやっと笑いながら僕の肩を掴んだまま何度も揺さぶってきた。
「ところで一宏、お前前の学校でこんな可愛い子と仲良かったなんて聞かなかったぞ。二宮が初めての彼女とか言ってたけど、実は嘘とかじゃないよな?」
と、野ノ崎が初めての彼女、という言葉を漏らした瞬間、話すことに一生懸命になっていた白詰の顔が硬くなった。
「つ、塚田君、か、彼女いんの?」
「まあ。この街で知り合って。凄く好きな相手。付き合いだしてまだ半年ない程度だけど……」
僕がそう呟くと、彼女は少し俯いてから、薄い笑みをたたえ僕に声をかけてきた。
「よ、よ、良かったね。つ、つ、塚田君みたいな、か、格好いいひ、人に彼女いないなんて、おかしかったもん」
白詰は苦しそうに呟く。こいつの吃音は、メンタルが直接出てくる。僕に彼女がいたことに驚きを覚えた声だと僕は判断した。
「白詰、今バイトしててさ、今からいかなきゃいけないんだ。また時間取れるんだったら会えるけど」
「あ、う、うん! わ、私、この辺りで下宿するからね、ま、街並み知っときたいねん。一週間に一回くらい、こ、ここに来るから、そういう時に、また会いたいかな」
「分かった。携帯のメアド渡しとくよ。SNSとか人付き合いで面倒だからこいつに誘われてもやってないんだよな」
「あはは、つ、塚田君っぽい。……変わってへんね」
「そうかな。結構変わったかなって思うけど」
と、僕は淡々と独り言を呟いて、彼女にメールアドレスを教えた。そしてそれと入れ替わるように彼女からメールアドレスが僕の携帯に記された。
「なんでバイトしてるかとか、そこら辺の話またするから! 今日はちょっと急いでる。あと受験合格、おめでとうな! 野ノ崎、悪いけどちょっとバイトに遅刻するかもしれないから!」
「お、おう……。あ、それじゃ俺も帰りますんで。白詰さんでしたっけ。またよろしくお願いします」
と、走る僕に重ねるように、野ノ崎もそっと隠れていくようにその場から立ち去った。
以前の街で、一年半積み重ねた高校生活。友人なんていなかった。白詰も友人ではなかったかもしれない。でも、一生懸命やってたあいつに刺激されたことは何度もある。
元気で良かった。
僕はバイト先へ行くため薄い黄色に包まれた道を駆け、人のまだそれほど多くない駅へ向かった。