3.6/1 忘れていたあの頃
窓の外、黄色く色づいた落ち葉が風に舞い散る。
教室の中の暖房はまだ付けられず、わずかばかりの寒さを厚くなった制服の上から感じさせる。
学校の終わりのチャイムが鳴り、何人もの人達が体を伸ばしながら教室から立ち去っていく。
中間試験は相変わらずの一位争いの末、無事にトップを取れた。無茶な勉強をして誰にも文句を言わせないほどのトップを取っている妹に無様な姿は見せられないという、それだけで取ったプライドの一位だった。
しかしそれは受験に関係ない。中間で受けた内容は文系、そして僕が受験で使うのは理系科目。仕方なしに中間では文系の勉強もしたが、今現在は理系の試験を必死にやっている最中なのである。
僕の恋人の双子のお姉さんは、有名進学校でトップを維持し続けている。そのお姉さんが、週に一度僕の勉強進度を見に来て指導してくれるのだが、いつも難しい顔をされる。半年ない間に理系の基礎範囲以降のことを学び、それで受験の武器とする。
彼女曰く、どうでもいいような僻地にあるFランの大学なら合格出来るけど、今のままならこの近辺は諦めるしかないね、とのことだった。それがとてつもなく悔しくて、僕は学校にいる間は昼休み以外自習に身をやつしていた。
しかし、僕を縛るのはそれだけではない。バイトで学費を捻出するという親との約束がある。
今まで誰とも恋愛をせず、ただ親の言うことにだくだくと従ってきた。それをひるがえすように現れた、生まれて初めてこの人と一緒になりたいと思った人。
その人との恋愛を続けるために突きつけられた条件が、自分で学費を稼ぐということだった。
ただ、その条件を、互いに出して飲んだ時にあまり意識していなかったことだが、恐らく僕も条件を出した父も、半年で理系転向というのを「成績がいいから何とかなるだろう」とナメてかかっていた節があったと思う。
現に今、僕は理系科目に苦しめられ、恋人の双子のお姉さんからは「君の成績はこんなもんなの?」と呆れられるほどだ。
文系を選択したままならもっと上のランクの大学でも楽に合格出来ると教師からのお墨付きも得られたのだが、理系に転進したのは本当にバカそのものだと思う。
とはいえ、一度決めたことだ。諦めることもない。今日の勉強は頑張った。後はバイトに精を出そう。
と、僕が立ち上がると、教室のドア近くに見慣れた姿が映った。
誰でもない、友人で下世話な話題の好きな野ノ崎だ。
奴は僕を見つけると何度も手招きして笑顔を見せてくる。
これからバイトで遊んでいる暇なんてないんだが……と思いながら、僕は野ノ崎の元へ駆け寄った。
「一宏、まだいたんだ、良かった」
最近はバイトがあるので真っ先に帰ってしまうことを知っている野ノ崎がそんなことを言うなんて珍しい。
僕は小首を傾げて動向を伺った。
「何の用」
「いや……それが俺もよく分かんなくて」
「は、はあ?」
野ノ崎の歯切れの悪い言葉に僕も目が点になった。僕は事情を把握するため、もう一度野ノ崎に訊ねた。
「何があったんだ?」
「いや、なんかうちのクラスの奴が校門で知らない子に塚田って人待ってますって言われたらしくて。まあまずお前だろうなってことなんだけど……」
「まあ、うちの学校塚田って僕だけみたいだしな」
野ノ崎はその言葉に頷いたあと、更に言葉を続けた。
「それが、それ言われた奴が言ってたんだけど、芸能人みたいに美人だったって。二宮が来たのかもって思ったけど、それなら顔覚えてる奴もいるかもしれないし、そもそもその必要ないよなあ……」
野ノ崎の疑問ももっともである。何ともまたややこしい人間が現れたものだ。
僕は野ノ崎を伴い、早足で校門前に行く準備を調えた。
それにしても、わざわざ僕に会いに来て、美人となれば僕の恋人である通称神様さん、本名二宮双葉さんくらいしか思いつかないのだが、そうなるような予兆はなかった。
じゃあ誰が……。
靴を履き替え、僕は野ノ崎と共に校門へ向かった。
校門に差し掛かる。するとそこに、艶やかな黒髪を携えた清楚そのものの私服美少女が壁にもたれて落ち着かなさそうに空を見上げていた。
華奢な体にそぐった印象的な目は、大きく開いていて見つめられただけで好きになってしまいそうな程だ。黒い髪をボブカットにした姿に目鼻立ちも整っていて、こんな子が彼女ならさぞ自慢したくなるだろうという趣を与える。
だが僕は彼女と恋に落ちる理由がない。そもそも今の僕には彼女がいるのだ。そこに新しい人を付け加えれば正しく浮気だろう。
しかし誰だろう。僕は彼女を見て首を傾げながら近づいた。すると彼女は僕に気付き、大きな目を更に大きくするように混乱しながら目を見開いていた。
「あ、あ、ああ、あ……」
彼女は声を失ったように何度も驚いたような声を上げ続けている。野ノ崎は横で困惑したように僕を見ていた。
「なあ、一宏、この子すげえ可愛いけど知り合い?」
「うーん……いや多分知り合いだとは思うけど……」
と、僕が失礼な一言を呟くと、彼女は突然頭を下げ、僕に大声をかけてきた。
「つ、つ、つ、塚田君! ひ、ひさし、久しぶりです! 私、白詰美津香です!」
と、言われた瞬間、僕は思い出せなかった恥ずかしさで赤面していた。
そうだ、どうして忘れてたんだろう。僕はこいつと割と長い間、一緒にいたはずだったのに。
僕は彼女を見た。変わった部分もあれば同じ部分もある。忘れていたなんて言えない。僕は上ずった声で彼女に告げた。
約束通り一月で戻ってきました!
……と言いたい所なのですが、一ヶ月だらだら過ごしていたせいでまだ全部書き終わってません!
そんなわけで(以前毎日更新とか3日一回更新とか大変だったのもあったので)今回は不定期更新とすることにしました。エタる心配はないです。
一週間に5回更新するかもしれませんし、一週間に一回くらいしか更新しないかもしれません。二週間に2~3回くらいは更新を目処に頑張っていきたいと思います。
それでは、冬の近づいたある日の、変わらない日常に訪れた過去の物語を、楽しんでいただければ幸いです。




