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どうします?

 神様さんとの約束の日まで数日。脱走という自分でも信じられない行動に出たものの、それが結果として神様さんとどこかへ行くことが出来るとなったので、結果的によしとしていた。

 翌日の学校では、一部の学生が僕に右左の心配をしてくれたりと、意外に僕の家庭事情が知れている一面もうかがい知れた。これもまた怪我の功名なり。

 委員長さんと顔が合う。彼女は長い黒髪を揺らし、優しく微笑む。僕も、ああはいととりあえず愛想ばかりの顔を返す。

 彼女が何を思ってそれを切り出したか、僕はあれこれ想像すべきなのか。神様さんの論で言えば、神様さんも今頃僕が何かしらの思惑を持って誘いかけたと想像していることになるだろう。そんなもの、どこにもないと思うのだが。

 僕は薄情なのだろうか。委員長さんは別に嫌いじゃない。ただ僕から彼女に話すきっかけがないと思っている。

 昼休み、食堂であいかわらずうどんをすする野ノ崎を前に、僕は一人思案にふけっていた。

「浮いた話しか聞かねえのに、お前は沈んだ顔してるねえ」

 黙り込む僕に、野ノ崎が悪態をつく。弁当箱を閉じたミミは、三人分のお茶を持ってきて同じように遠目を続ける僕を見てきた。

「カズくん集中力欠けてる感じ。大丈夫?」

「多分大丈夫」

 声に力がこもってない、明らかに上の空のそれは大丈夫ではない。一人でいるのが正解なのだろうが、野ノ崎やミミを心配させるのもそれはまた苦痛で、僕はいてもいなくても同じ状態を取っていた。

「今一番うちで熱い奴がこのふぬけっぷりよ。ミミ、委員長今どんな感じなわけ?」

「んー最近見た感じだと、何にもなく落ち着いた感じ。カズくん前にしても優しく笑ってるだけで取り乱さないし」

「おいおい、それじゃ委員長の方が大人じゃねーか。一宏、お前情けないとか思わねえの?」

 僕は野ノ崎の言葉に無反応を示した。そりゃ情けないか情けなくないかで言えば当然前者であり、僕は情けない人間であることは間違いないのだ。

 ただ委員長さんから逃げ出した自分のそれを吹き飛ばすくらい、神様さんを誘ったあとの右左の沈み具合の落差が衝撃的すぎた。あの右左の顔が想像できていれば、僕は神様さんにあんなことを言わなかったかもしれないと思うほどだった。

 神様さんを誘えた僕は、右左の目に明らかなほど浮かれていたのか。それとも右左は僕の機微に気付く天才なのか。この際どちらでも構わない。右左の元気がやはりここ数日目に見えてなくなっている。神様さんはともかく、右左を元気にするのが僕の務めだ。

 僕のそんな事情を露とも知らない野ノ崎は、僕を前にして好き放題言い続ける。

「これだからモテる奴は嫌なんだよ、俺は」

「野ノ崎くんも見た目はかなりいいのにね……」

「だからその見た目だけの残念男みたいな言い方やめろよおおお!」

「いや、お前はその残念な部分を何とかすればいくらでもモテるだろ」

 僕が呟くと、野ノ崎は頬杖をつきながら僕に馬鹿らしげな視線をよこしてきた。

「今のお前より残念な男はこの世にいないと思うけどな、俺は」

「だろうな」

「ってあっさり認めんなよ! そこはだ、お前に理解されなくてもいいんだとか、俺には俺の事情があるとか色々反撃する余地があるだろう? あるだろうがっっ!」

 野ノ崎はニヒルに決めたかったのだろうが、僕があっさり落ちたことでその言葉の重みは一瞬で消え去ってしまった。

 僕としては野ノ崎の言い分が正しいだろうと思い、そうだと言っただけなのだが、野ノ崎的には正しくなかったらしい。面倒な奴だ。腕を組みながらぼおっとしていると、ミミが口を挟んできた。

「カズくん、委員長さんのこと、好きとか嫌いとかで見られない原因、あるんじゃない?」

 遠回しだが、一番的確な言葉がよこされた。そして僕自身でも把握できていない感情を、ミミはうかがってきた。僕は顎に手を宛てながら、口をつぐんだ。結局僕は、右左というフィルターを通してしか世界を見ることが出来ない。

 自分で思っていたより、余裕のない奴だった。悲しい事実に気付き、僕は漫然と天井を見上げていた。

「妹に恋してるから委員長は無理って、結構アレだよなあ」

「野ノ崎くん、カズくん妹さんにそうだってわけじゃないんだから」

「どーかなあ。昨日も妹が病気だからすっ飛んで帰ったんだろ?」

「野ノ崎、一ついいか」

「何だよぉ」

「黙れ」

 僕がぽそりと呟くと、野ノ崎は背をしゅんとして一瞬にして黙り込んだ。

 僕はミミの言葉に思考を預けたかった。あれだけ長い間離れていたのだから、右左を血の繋がらない異性と認識してしまい、恋をしてしまうというのも、ありえなくはない。だが僕は仮に右左に恋をしていたとして、右左を恋人にしたいという欲求があるのだろうか。

 その点を突き詰めると、僕にはそういった欲求がないように思える。そこが僕の思考を紛らわす一番厄介な点なのだ。

 右左が大切なのに、右左のことを愛しているのかどうかさえ分からない。この自分の無責任さに、徐々に苛立ちに似たものを覚えてくる。

 ただそれを額面通り顔に出してしまえばそれまでの人間になる。僕は笑って、席を立った。

「昨日の午後の授業、何やったか委員長さんに聞いてくるよ」

「うん、それがいいと思う。委員長さんも避けられてるんじゃないかって思ってるかもしれないしね」

「そうだな。ありがと」

「俺は? 俺は?」

「……まあお前にも感謝はしてるよ。体調とか気をつけろよ」

 僕が素っ気ない言葉で感謝の意を示すと、野ノ崎は嬉しそうに横にいるミミの手を取っていた。こいつは本当に僕から認められていないと思っているのだろうか?

 野ノ崎ももう少し僕を信用してくれてもよいと思うのだが。恐らく野ノ崎のこの思いを僕は右左に向けているのだと思う。そしてうまくかみ合わない。

 僕はこの街に戻るときに、右左にもう悲しい思いをさせないと誓った。右左が幸せでいられる時間を作ろうと思った。

 ただ自分で考えていたそれは、実際に目の前にすると予想以上に色々な壁があるもので、どうやら僕自身では計りきれない様々な難点があるようだ。

 僕はふらりふらりと、教室へ戻っていった。廊下を歩いているだけで、ひそひそと小声を立てられそっと伺う目を向けられる。そんなことしなくても、堂々と何か言って、堂々とみてくればいいのに。他人がどうこう思うという想像力に皆今一つ欠けているようで、何やら面倒くさい。

 空になった弁当箱を手に、僕は教室に戻った。委員長さんが所属する学年の委員会は、主立った活動を放課後にする。そのため委員長さんは普段教室にいることが多い。本人曰く「急に探してきた人でも見つけられるようにするため」だそうで、やはり面倒見のいい人である。

 僕が戻ってきて彼女に目をやると、先に気付いた周りの女子が彼女の肩をすかさず叩いた。何というか、全てにおいてオーバーなリアクションだ。

 僕は周りの女子に愛想笑いを浮かべながら、委員長さんに近づいた。

「まだお昼休み終わってないけど、どうしたの?」

「何となくこっちの方が落ち着くから」

 僕はそう言って、自分の席に着いた。周りはざわつきながらも、委員長さんから離れ、僕と彼女の空間を作ってくれる。

 とはいえ、目的もなく何を話せばよいものか。そもそも会話が得意な方ではない。僕が悩みあぐねていると、彼女は机から一枚ビラを差し出してきた。

「……入部希望者募集」

 僕はぽそりと呟いた。大文字と吹き出しのような効果だけで「フォーク研究会 新入部員募集中」と書かれている。

「委員長さん、ここの部員?」

「まさか。転入生来たから渡しておいてって言われたんだけど、部員が二人じゃね」

「二人……居心地がいいのか悪いのか分からないね」

 僕はビラをもう一度見た。フォーク研究会。音楽の普遍性についてとやかく言うつもりはないが、フォークソングよりは他の音楽に向かう学生の方が多いだろう。

「音楽は出来ないから無理かな」

「よく勘違いされるけど、ここ音楽の部活じゃないから」

「え?」

「フォーク研究会は、フォークを研究する部活。木製か金属製かプラ製か、先の割れ口は何個がいいか、太さはと食べ物とフォークの相性を調べてるのよ」

 と、彼女は言い切ってから失笑した。自由な部活動をしてよいという噂を聞いたことはあるが、さすがにフリーダムすぎるだろう。しかもそんな部活に二人も所属してフォークの形状について研究していることはいよいよもって理解しがたい。

「さすがにそういう部活は」

「だよね、実際これ聞いて参加した人間なんて一人もいないし」

 と、委員長さんはチラシを丁寧に机に戻した。委員長さんはいつものように僕の机に手を置かず、並ぶように隣の自席に着いた。

「ねえ塚田くん」

 喧噪にかき消えそうな小さな声を彼女が出す。横目で彼女を見た。彼女は僕ではなく、腕時計を見つめていた。

「何かな」

「今度の日曜暇?」

「どうして」

「行間を読むのが下手だから、現文苦手なのかと思って。それで人間心理の勉強でもしようかと思って、映画見に行こうかなって思ったの。一人もどうかなって、それで」

 少しトーンの低い、いつもの委員長さんらしくない声に、僕の上唇がかすかに震える。

 その日は丁度、神様さんと約束をした日だ。僕はためらわずに断った。

「ごめん、その日はもう先約があるから」

「そう、仕方ないか。じゃあ一人で見に行く」

 委員長さんが顔を上げる。彼女はいつもの柔和な笑顔で僕を捉える。誰とだとか、どういう約束だとか、余計なことを一切聞かない。

 でも彼女が普通に強い人だから、僕は側にいる必要を覚えない。それは確かな理由の一つとして挙げられる。右左や神様さんは、放っておくとどうなるか分かったものではない。だから僕は少しでも側にいることを選ぶ。

 とはいえ、神様さんに言われたことを僕も少しは自覚すべきかもしれない。彼女が誘いかけてくれたのだから、誘い返す、そのくらいはした方がよいだろうか。

 ただ黙する僕に、笑顔を向けてくれる委員長さんの姿が、たまらなく罪悪感を駆り立ててきて、僕は一体どうすればいいのか、また悩み出した。右左のことさえ片付いていないのに、また悪手を選んでしまった気がする。

 もしかしてこの間神様さんを誘ったのは、ミスのミスのミスの上塗りの痛恨のクリティカルエラーという奴だったのか。

 そうだという気がするのだが、僕はもう一度あの瞬間を思い出した。あの時の僕が、神様さんを誘わないなど想像できない。

 右左のことと同じだ。これから先をどう変えていくかだ。

 言うは易く行うは難し。人生どんなところで熟語の重みを知るか分からないものだ。

 それからしばらくしてチャイムが鳴り、午後の授業が始まった。しかしその日、風呂に入るまで僕の集中力が予想以上に途切れたものであったのは今更説明するまでもない。

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