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右左と神様さんの違い

 家に戻りチャイムも鳴らさず鍵を開ける。一階から人の気配はしない。右左はいつも通り自室にいるのだろう。

 僕は出る前に食卓に置いた、右左への昼食を確認した。相変わらずちゃんと残さず食べて、皿を流しに移している。性格的に偏食がありそうだと思ったのだが、残さず食べてくれることは、僕に満足を与えてくれる。

 よかった。そんな思いを抱きながら、階段を上る。すると、階段を上がってすぐの場にある右左の部屋の扉が細く開いた。

 扉の隙間から、そっと眼光が見える。それが僕を捉えると、扉を大きく開かせた。

「……兄さんだったんですか」

 右左はほっとしたように告げた。僕は悪かったとばかりに笑ってみせた。

「どうしたんですか。学校は大丈夫なんですか」

「ちょっとまあ色々あって早退してきた。人生において四度目くらいで、初の嘘早退だ」

 僕が冗談めかして言ってみても、右左の顔つきがよくなるわけはない。この話題は右左にとっては地雷そのものだったか。僕は気を取り直し、階段を上がり、右左の前に立った。

 昔から右左は小柄だったが、お互い年月を重ねて、その身長差が歴然とするようになった。右左は僕の肩口ほどしか背がない。ぎゅっと抱きしめれば、全身を包めるほど小さな体だ。その身に抱えきれないほど、色々な思いを乗せ生きている。

 右左は自分の人生をどう捉えているのだろう。神様さんと話したことが、僕の脳裏をかすめていく。

「兄さん、ずる休みですか」

「一度やってみたいと思ってたんだ。まあ気持ちいいけど、次はやらないよ」

 僕が言うと、右左は憂いを帯びた、沈む笑顔を浮かべた。僕はため息をこぼし、右左の頭にぽんと手を乗せた。

「右左がそんな顔しなくてもいい。僕のことだ」

「そうですよね……でも、兄さんが楽しそうで何よりです」

「右左が元気でいてくれる、そしたら僕は元気でいられるからね」

 僕がそう呟くと、右左は俯いたままゆっくり首を横に振った。僕は右左に否定された所以が分からず、思わずその交わらない目を見つめていた。

「兄さん、今日は特別に気分がいいのが分かります」

「そんなことないよ。それは多分、こうして家に帰ってきて、右左が部屋から出て僕を見に来てくれたからだよ」

「……私、分かるんです」

「……え?」

「兄さんが私のことをすごく大切に思ってくれて、それで幸せだって言ってくれるのが嘘じゃないのも知ってます。でも今日は、それと違う、他の嬉しいことがあったんだって」

「それは……ない」

「私、兄さんのこと知らないようでよく分かるんですよ? 兄さんが私のこと、大切に思ってくれてるように、私も兄さんのこと、大切に思ってますから」

 右左は最後に顔を上げ、ほんのわずかに笑い部屋に戻ってしまった。

 残された僕は、廊下で己の手を見た。右左を励ますために乗せた右の手のひらが、温かく感じられない。

 神様さんのことを右左は言いたかったのだろうか。でも神様さんが右左より大切になるなんて、あるはずがない。

 出来れば、右左とじっくり話でもしたい。でも今仮に、右左と二十四時間ぶっ通しで話をしたとしても、僕は右左とわかり合えない気がした。明瞭な言葉に出来るほど、僕自身が僕の感情を理解できていない。そして、右左もそれは同じで、自分がどうか理解していない。

 僕は急ぎすぎたのだろうか。

 神様さんと一緒に過ごす約束をしたのに、浮ついた自分が嫌に思えてくる。

 そうだ。僕はあることに気付いた。やはり神様さんのあの時折見せる寂しげな顔と、右左の伏し目がちな笑顔は似ている。僕は右左と同じ匂いがするから、神様さんと接そうと思っているだけなのに。

 これが兄を慕う妹の類い希なる嫉妬心から来るものなら、どれだけ僕の心が安らぐか。気持ち悪い奴第三弾の台詞を脳裏に思い浮かべ、僕は顔を歪めた。

 こんな時は、徹底的に料理やら掃除やら、ありとあらゆる家事で体を疲れさせるに限る。右左への謝罪の気持ちも込めて、特段手間のかかる豪華な食事にしよう。

 僕は自分へ気合いを込めて、自室に走った。だがその一歩踏み出そうとした瞬間に、右左と神様さんの笑顔がだぶって見えた。

 あの二人に何か関係がある?

 おとぎ話じゃあるまいし、そんなわけないか。僕は部屋に戻り、服を着替えた。窓を開け、空気を入れ替える。神様さんと過ごした青空はあんなに澄んだ色に見えたのに、右左に拒絶された今、何だかこの青が遠い色になった気がする。

 お前はどう思う?

 僕は窓から見えるクヌギに聞いてみた。もちろん返事はない。むしろあると恐ろしい。自分がしっかりしなきゃいけないのに、何をやってるんだろうか。

 僕の中では、一時間ちょっと前の委員長さんとのやりとりへの思いはすっかりかき消えていた。その代わりに、右左と神様さんに関することばかりがつま先から頭の先までぐるぐる巡り続けるという、どうにもだらしない状態に陥ってしまった。

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