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理想は自傷者〈カノジョ〉に殺される  作者: 天樛 真
黒太刀良太の『影』
8/17

影を撫でる愚者の影

「―――(よう)か!?」


 その場に姿を現したのは、黒太刀の良く知る女性だった。


「……誰だアンタ。俺たちの勝負の邪魔するってんなら―――」


 上方の言葉を待たずして、女性は弓を構え上方に狙いを定める。


「少し口を閉じてもらえないかしら」


 まるで蛇に睨まれた蛙のように、上方は動きを止めてしまった。女性の持つ弓は、黒太刀が持つ刀と同じように黒い霧のようなものを纏いながらゆらりゆらりと揺れている。

 ただの弓じゃない。その事を理解したが故に、上方の体は動くことができなかった。


「良太、探しましたよ。一人でどこかに行ってしまうんですから、私も(イン)も心配していたんですよ?」


「心配したって……よせよ、僕は一人でも大丈夫なんだ」


「大丈夫大丈夫って、昔からそうですね。一人で無茶して、ずたぼろになって帰ってくるんですもの。心配するこちらの身にもなってほしいです」


「うるさいなっ、今だって僕が優勢だったんだ……余計なことを」


「『余計なこと』?」


 黝と呼ばれる女性は弓を下ろし、黒太刀の方を向き直って話を続ける。


「良太、この際ですから言わせてもらいますけど、さっきの状況が優勢だったとは私には思えません。たしかに貴方は敵に攻撃を与えて、傍から見る分には有利になっていたかもしれませんよ? ですけど、勝負に優勢も劣勢もありません。結局勝負がついたときに勝ったか負けたかなんですから。つまりは生きるか死ぬかです。いいですか? 貴方の能力はもう相手に知れてしまったのですよ? 相手も何らかの対策をしてくるはずです、さっきのように上手く戦闘を運べるとは思えません。さ・ら・に。さらにです、良太は敵の能力を完全に把握しきっていませんよね? あの包丁、絶対にただの包丁じゃないっていうのは理解してると思いますけど、相手の能力が知れていない今の貴方の状況は誰の目から見ても『劣勢』としか言いようがありません」


 まるで姉か母親に説教を受けているように、黒太刀は黝から浴びるほどの言葉を頂戴していた。黝は片手を腰にあてがって、もう片方の手は人差指だけをつんと突き出して話をしている。その姿は、誰がどう見ても年上の姉に怒られている弟のようだった。


「……勝負に優勢も劣勢もないんじゃなかったのか」


「口ごたえしちゃダメです」


 黝は表情を変えないまま話を続けていた。眠たげな半開きの、目じりの垂れた目はそのまま、眉毛だけは少しだけ怒ったようにつり上げている。本当に怒っているというわけではなさそうで、黒太刀もたじろいではいるが、困ったようにはしていない。

 恐らく二人のこういったやり取りは頻繁に行われているのだろう。そんな雰囲気が伝わってくる。


「―――さて」


 くるりと振り返り、固まったままの上方の方を向き直って、黒百合黝は再び弓を構えた。


「上方慚愧。話してもらいますよ、あなたに入れ知恵した人のことを」


「!」


 その一言に驚き、上方は目を見開いて黝の眼をまっすぐ見る。


「……なんだ、アンタ俺のことだけじゃなくてあの女のことも知ってるのか」


「『貴方自身が思っているほど、貴方が加担している組織は単純じゃあありません』。そのことを理解しているんですか?」


「理解なんてする気は無いな。俺はただつまらない日常から脱獄したいだけさ、あの女はその為のきっかけを与えてくれただけにすぎない」


「……やはり貴方も『生み出された存在』に過ぎませんか……なら何を言おうと無駄でしょうね」


「話が早くて助かるよ、何を言われても無駄(いみない)無駄(いみない)。」


 二人が話している意味が、黒太刀には(遠くで話だけを聞いている七と六は特に)イマイチ理解できていなかった。

 黒太刀にとって、今目の前にいる上方慚愧という男は得体のしれない男だ。得体のしれない包丁を振り回す、得体のしれない「妖異」。ただそれだけの存在だと思っていたが、どうやら違うらしいという疑念が生まれつつあった。


「おい黝! 一体どういうことだ、その男は何者なんだ?」


「……上方慚愧は、妖異じゃありませんよ」


 その言葉に、黒太刀は目を丸くした。

 えっ。という間の抜けた声が黒太刀の口から漏れ出す。


「彼自身は妖異ではありません、彼はれっきとした人間ですよ」


「う、嘘だろう?」


「嘘じゃないぜ、俺は彼女が言う通りのただの人間だ」


 上方からの言質が得られ、黒太刀は納得せざるを得なくなってしまった。今まで自分の憎しみの対象だと思っていた敵が、一転。ただの勘違いであった。


「だ、だとしたらなんなんだその戦闘スキルは! 常人にはそんな動き出来ないぞ!」


「さぁな、そこんところは俺にもよーわからん」


 上方は肩をすくめてアピールする。自分の事がよくわからないというのもおかしな話だが、そんな自己理解不足の上方よりも、彼のことを知る人物がそこには居たのだ。


「彼自身は人間ですが、彼の存在そのものに『パスカル』の力が働いてしまっているんです」


「っ……そういうことか」


 合点がいった、と黒太刀の表情が物語っていた。


「噂の力で強化された人間……ということか」


 パスカルという力は、噂を実現させてしまう。もとはといえば、妖異という存在も噂が発端だった。

 ○○が××な存在がいる―――なんてどこにでもあるような都市伝説じみた噂が、パスカルという未知かつ不可視の力によって『実現』してしまった。その結果として生まれたのが妖異だ。

 しかし、パスカルによって生み出されるのは妖異だけではない。あくまで噂を実現にするという力なのだから、噂であればなんでもいいのだ。(例えばの話だが)兎塚(とづか)という苗字の人たちは特殊な力を持っていて、人の眼を見て念じるだけでその人を殺すことができてしまう。なんて噂がたってしまうと、その噂が本当のことになり兎塚という苗字の人が特殊な力を持つようになってしまう―――。

 上方慚愧も、そういった噂によって特殊な力を得た人間だった。


「俺にもよーわからんのさ、ただの何処にでもいる学生だったのにある日突然、人を殺したくなった。一人殺しちまえばあとは下り坂を転がるみたいな気分で、二人、三人、四人、五人……次々と殺しちまってた。最近じゃ夜の殺人鬼なんて呼ばれてるらしいじゃないか、仰々しい通り名を貰い受けちまったもんだぜ、まったく光栄(ほこらしい)光栄(ほこらしい)


「……逆だな、夜の殺人鬼がいるという噂が先に出回って、『その対象』がたまたま貴様になったというだけの話だ」


「どっちでもいいさ、今の自分に不満は無いしな」


 上方は持っていた包丁を手の中で遊ばせるように回転させたりしていた。それは彼が今の話し合いに飽きてきているという心の表れでもあった。


「そろそろいいか? お話は中断(おわり)中断(おわり)。聞きたいことがあるんなら俺を組み伏せてからにしてくれよ」


「……そうですね、そうします。」


 影のように揺らめく弓を構えて、黝はまっすぐに上方の目を見る。その視線は矢のように鋭かった。



 幾秒かの「間」の後、上方と黝は同時に動いた。

 黝が影の弓から「影の矢」を放つ。黒い軌跡を描きながら、その矢はうねりながら上方に向かって(はし)る。


「弓だとか銃だとかって、損な武器だよな。一直線にしか飛ばないから、射線から相手が外れちまえばどうしようもない……鞭みたいにしなる武器の方がおススメだぜ」


 そう言って、上方は飛んできた影の矢を軽く避ける。しかし、黝は彼よりも一枚上をいっていた。

 飛び去ったと思われた矢が、瞬時にその形状(かたち)を失い、上方の背後に漂う。その時の影の形状は、矢のように先が尖っているのではなく、先から後までずっと一本の丸い筒のような形になっていた。例えるとするならば―――縄。


「残念ですね、鞭の方がお好みでしたか」


 黝の持つ弓から、先ほど放たれた矢までが一本の黒い影で繋がったままだということに上方が気づいたときにはもう遅かった。彼の背後で漂ったままだった「影の縄」が、上方の身体に巻き付き始める。


「なっ! なんだこの影!?」


「影なんだから形状(かたち)を変えるのは当たり前でしょう? ……「その子」は影絵のように変幻自在に形を変える。影が生み出す様々な姿に心奪われ、その影を見た者は不可思議なソレを手に掴もうと実体の無い影に手を伸ばす……故に」


 影の縄が上方の体を両腕もろとも縛り上げ、黝がその影に繋がっている手元の影を引っ張る。影に引っ張られた上方はバランスを取ることが出来ず、そのままうつ伏せの形で地面に倒された。


影撫(かげなで)


 黒百合黝の『持つ』妖異、影撫。普段は彼女自身の影に溶け込むようにして潜んでいるが、戦闘時になるとその形を自由自在に変形させ、ありとあらゆる武器となる。当の本人は弓矢として使うのが一番気に入っているようだ。


「……参ったな、どうも」


「どんな気分です上方慚愧? 影撫が貴方の身体に絡みついて身動き一つとれないでしょう?」


 影撫は複雑に上方の体に巻き付いており、かろうじて首から上が少しひねれるくらいで、腕や脚はもちろん背中を曲げることすらできないようになっていた。


「ふん、随分呆気ないじゃないか上方。さっきまで威勢よく吠えてた姿が形無しだな」


 黒太刀が倒れた上方の方まで歩み寄り、しゃがみ込んで上方に嫌味たらしく言う。上方は苦虫を食いつぶしたような表情で苦笑いしながら黒太刀を睨む。


「お生憎様。こんな状況になってまで軽口吐けるほどデキてないんでね」


「……ではとりあえずコレは没収ですね」


 縛られていた上方の手に握られていた包丁を黒百合が取り上げる。


「あんまり雑に扱わないでくれよ、俺のお気に入りなんだから」


 上方から取り上げた包丁をまじまじと見つめ、黒百合は少々訝る。この『半妖異化』した男(噂によって人間の道を踏み外した者)が持っている武器が、このように何の変哲もなくこれといって特殊な部分は何一つないただの包丁のはずがあるだろうか。実際、この手に取ってみても依然ただの包丁である。自分の影撫や、黒太刀の影の刀のように何か秘密があるわけでもないようだ。それが疑問だった。


「上方慚愧」


「そのフルネームで呼ぶのやめてくれない? なんだか背中が痒くなってくるぜ」


「では慚愧」


「ん、なんだい黒いおねぇさん」


「この包丁、ただの包丁ではありませんよね?」


 あえて『ただの包丁なのか?』とは聞かなかった。そう聞いてしまえば、上方側で何とでもはぐらかされてしまう気がしたからだ。


「……タダじゃあない。タダじゃないどころか、下手するとアンタが持ってるこの影の妖異や、そこの男が持ってる妖異よりも厄介なモノかもしれないぜ」


「黝の影撫や、僕の黒裂(くろさき)よりも厄介だと?」


 黒百合の持つ妖異の名前は影撫というが、黒太刀が持っている刀の形に変化する影の妖異の名前は『黒裂』という。二つとも似たような性質をもつ妖異だが、それらの妖異よりも厄介だという言い方は、すなわち上方の包丁が妖異のようなモノであるということの告白であった。


「俺もソイツのことは詳しくは知らされていない……だが、ソイツの力はこの身を持って知っている。アンタら、ロールプレイングゲームとかやったことある? よくゲームの終盤になってくると『滅びをもたらす剣』とか、『龍殺しの伝説の槍』とか、そんな感じのいかにも今までの自分たちが扱ってきた『鉄の剣』とか『ミスリルの槍』とかと別格な、ある意味ゲームのインフレーションを感じさせる武器が出てくるだろ? ……この場合、アンタらの持つ妖異が鉄の剣やミスリルの槍さ。そして、俺の持つその包丁が滅びをもたらす剣だ」


「……どういうことだ」


 しばしの沈黙のあと、上方は薄ら笑いを浮かべたままこう答えた。


「ソイツの名前は(イズク)。『(おわり)(いずく)へと誘うモノ』さ」



 そう言った上方の傍に、音もなく一人の女性が現れた。

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