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理想は自傷者〈カノジョ〉に殺される  作者: 天樛 真
黒太刀良太の『影』
7/17

二つの影と殺人鬼

 黒太刀良太とかの少年、上方(かみかた)慚愧(ざんき)の郊外の公園における出会いは、ある意味では数奇的なモノだと言えるだろう。今この瞬間に公園の敷地内にて睨み合っている両者は、互いに手に危険きわまる凶器を持ち合わせている。黒太刀は両手で刃渡り80センチ程の太刀を握りこんでおり、相対する上方は刃渡り20センチ程の骨スキ包丁を右手に握っている。ここからは素人目に見た率直な感想だが、二人が互いに持っている凶器の長さから考えると、優劣の「劣」の部分に割り当てられるのはもちろん上方の方だろう。傍から見て包丁と刀ではリーチが違いすぎる。よく世界各国の武器の優劣をつけるときに用いられる基準の一つが、このリーチであることは一般人でも想像がつくのではないだろうか。日本国内に限ったとしても、日本刀と薙刀ではリーチの差からすでに強弱の天秤が傾いてしまうほどだ。それほどまでにこのリーチというモノは揺るぎなき「アドバンテージ」である。

 このアドバンテージを、黒太刀は戦いの中で確信していたのは言うまでもないだろう。相手は所詮骨スキ包丁、刺身職人と侍では勝負になりもしない。そんな風に頭のどこかで感じながら太刀を振るっていた黒太刀だったが、一太刀、二太刀と剣戟を重ねるたびに、その確信に疑惑が雲がかってきていた。


(おかしい、相手は包丁、こちらは太刀。こちらの攻撃が全くと言っていいほど奴の身体に当たっていない……いや、『こちらの攻撃が当たらないこと』は別におかしいことじゃあない)


 黒太刀の攻撃は荒かった。裁縫針に糸を通すような攻撃の仕方では決してなく、木の板に釘を金槌で打ち付けるように激しくおお振りに太刀を振るっているせいで、上方の包丁にいなされてばかりか、そもそも見当違いの場所に切っ先が当たることすらあった。


(僕の剣術は正直言って、褒められたものじゃあない……だけど、それとこのおかしさは無関係だ……なぜ、なぜ『奴の攻撃は(ことごと)く僕を捉える』んだ!?)


 前述のとおり、武器のリーチというものは通常埋まるはずのない差である。しかし、長物を振り回す黒太刀の攻撃は全く当たることなく、そして短刀のように包丁を操る上方の攻撃は無慈悲なまでに黒太刀の身体を刻んでいく。


「どうしたケーサツさん、アンタの服がどんどん風通し良くなっていくぜ」


「っ! 五月蝿いぞっ! 妖異風情が!!」


 黒太刀はなおも太刀を振るうが、上方の無駄ない小さな動作にそれが当たるはずもなく、またもや地面に深く切っ先が突き刺さった。


「ほら見ろ、そうやってスキを晒すから……」


 地面に突き刺さってしまったことで、武器をほんの少しの間だが動かせなくなってしまった黒太刀。その隙を突いて上方がすばやく背後に回り込む。

 敵に背後を取られるという状況が示す意味。その事は両者とも深く理解している。


 人間の背中というものは、急所だ。背中を覆う筋肉は厚く、内臓を守るにたる防御壁となりうるのだが、脊椎周辺の筋肉はどうも薄くもろいらしい。だから身体の中心線に沿って凶器を突き立てれば脊椎に損傷を与えられるし、それだけでなく、腰のあたり……腎臓がある部分に刺されば、出血多量で死に至りうる。なんにしろ、敵に背後を取られた時点で致命傷だ。―――――二人とも、こう思っていた。


 上方が勝利の確信を得て、殺せる。と思い包丁を黒太刀の背中に突き立てようとする。包丁の矛先は黒太刀のうなじ。少し長く伸びた後ろ髪ごと切り裂き、刺し、そのままえぐり立てて肩甲骨に沿って背中を削ぎ斬るつもりだった。

 上方は包丁を振り翳しながら思った。黒太刀はきっと今、冷や汗をかいて怯えていることだろう。身動きがとれぬ間に背後に回られ、凶器を突き立てられるその瞬間まで走馬灯でも見ているだろう、と。


「―――死にな」


 上方がこう言った瞬間。



「死ぬのは貴様だがな」


 黒太刀の持っていた大振りの刀が、影のように黒く変色し、そのまま気体となるように刀の輪郭を()くしていく。空気に溶け込むように、あるいは水の入ったコップの中に黒い液体が広がっていくように、黒太刀の刀は霧散し―――瞬時に彼自身の『影』にその霧散した黒いモノが(かえ)っていく。

 黒太刀は身体を捻り、上方の繰り出した包丁を紙一重で(かわ)した。そして(かわ)す動作を終えるとともに、刹那的な短さの時間で、再び黒太刀の影が蠢きながらその形を変えていった。影が完全に自分の身体から別離し、徐々に刀のような形に変化していく。()だ不確定な形のソレを黒太刀が握りこむと、それは一瞬にして先ほどまで彼が手にしていた、大振りの刀の形を成した。


「なに―――」


 上方はこの戦いが自分の攻撃で終わりだと思っていた。故に彼は防御の動作が追いつかなかった。攻撃動作のあと、防御動作に移るまでの空白。その隙を、今度は黒太刀が突いた。

 黒太刀の手に握られた太刀が、大きく弧を描くような軌道で上方の身体を捉えた。


「―――!!」


 声に出すこともなく、上方は横腹から鎖骨部分にかけてを大きく斬り裂かれた。間もなく傷から多量の血液が噴出する。噴き出した血は黒太刀の身体に噴きかかるが、それでも気に留めず、黒太刀はさらに続ける。


「うおおぉぉぉぉぉぉっっ!!」


 刀を大きく振り上げ、上方の頭めがけて振り下ろす。一度に多量の血を失った上方は、眩む視界の中でも冷静に、ゆっくりとした動作だがしっかりと黒太刀の攻撃をよけ、後ろにステップを踏むように素早く黒太刀の攻撃が届かない距離まで離れ、息を整えながら自分の傷の深さを確かめる。


(……傷は浅いわけじゃないが、深いわけでもないな……一瞬のスキを逆に突かれちまって焦ったが、それにしても)


「驚いたな、俺の事を妖異『風情』なんて言ってきたクセに……アンタのその力も、俺と同じようなモノじゃないか」


「……『これ』は僕に勝手に憑りついている妖異だ。本来ならある人に頼んでこいつを消すんだが……貴様のような奴を殺すのに使えるからな、利用しているだけだ」


 黒太刀の言葉を聞いて、上方は口角を上げて楽しげに笑った。胸のあたりから血を流しながらも、痛みを感じているはずなのだが全くその気配はなく、苦痛の表情ではなく、微笑みを浮かべている。


「面白い……愉快(おもしろい)愉快(おもしろい)……! 実に愉快(おもしろい)ぜ、アンタ」


 上方は傷口から溢れる血を手で触れ、そのまま手に付着した血を舌で舐めた。


「今まで斬っても切っても切刻んでも潤うことがなかった渇きが、アンタみたいなのとヤりあえば何とかなるかもしれない……感謝する、感謝するぜ、この出会い」


「……あいにく貴様の妄言に付き合う暇はない。妖異は殺す、それだけだ」


 黒太刀の持つ「影の刀」が、まるで息吹くように黒い霧を纏いながらゆらめく。さきほど上方の身体を斬り裂いたはずなのに刀身には血液らしきものは一滴もついていなかった。

 有りえない話だが、例えるならば彼の持つ刀が血を吸い取っているかのようだ。


「今まで殺してきた奴は、市場に並べられているサカナみたいに手ごたえがまるでなかった……俺が切刻んでも、何も抵抗してこない……ただただ泣き叫んで悶えて苦しんで血を噴き出して、やがて動かなくなる……そんな雑魚ばっかりだった」


 上方は包丁の切っ先を黒太刀に向けて、目を見開く。


「だがアンタは違う! アンタは俺が今まで出会ってきた中で間違いなく! 一番楽しめる相手だ!」


「……僕も初めてだよ、貴様のようにイカレた妖異はな。」


「……もっとだ。もっと楽しもう。もっと楽しませてくれ」



 それからしばらく、静寂だけが続いた。

 流れた時間はものの数秒だったが、命のやり取りをしている二人にとって、そして彼らの戦いを遠くから見ている六と七にとっては、そのほんの数秒が何時間ものように感じられた。そして、その幾時間並の幾秒の後、二人は同時に動き出した。

 

 上方が前傾姿勢になりながら、風の中を貫き進む矢のように(はし)り、黒太刀がそれを向かい討とうと影の刀を構える―――。

 二人の持つ刃が交わろうとしたその瞬間。


 ギギ、という軋む音。

 バツ、という何かが放たれる音。

 ビュウ、という風を斬り何かが(はし)る音。


 この連続した音を、上方は聞き逃さなかった。

 すぐさま突進を中断し、元の場所に戻るように体のバネを使って跳ねるように後ろに下がった。


 ジン、という音と共に「一本の影」が黒太刀の前に突き刺さった。

 ヴン、という音を立てると同時に、その一本の影は溶けるように消える。


「―――誰だ、俺たちの勝負を邪魔する奴は」


「―――(よう)か!?」


 黒太刀が名前を呼ぶと、どこからともなく一人の女性が姿を現した。

 影を纏うように黒いマントに身を包み、黒く艶めいた長髪を風になびかせ、そして女性の手には大きな「弓」が握られていた。


「良太、無事ですか」


 その場に颯爽と、静かに現れた人物は、黒太刀の良く知る女性だった。

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