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理想は自傷者〈カノジョ〉に殺される  作者: 天樛 真
笠木蛇囃子の長い一日
17/17

屍人流通-アンダーテイカー-

 拳銃を持った男たちに包囲されてしまった笠木蛇かさきだたち。

 そんな最悪の状況のなか、笠木蛇たちを救ってくれる人物がその場に現れた。


「おいお前ら、何やってんだ」


 男たちの背後から近付いてきたのは、全身黒ずくめでサングラスをかけた男性だった。男は背がとても高く、男たち越しにでも頭が抜き出て目立っていた。

 男たちは一斉に背後を振り向き、やってきた男性に向かって会釈しながら応えた。


「あっ相良さがらサン……こいつぁすまねぇ、カタギの人間に見られちまってよ。今から始末するとこなんでさァ」


「カタギだぁ……? って、お前」


 相良と呼ばれた男性はサングラス越しに笠木蛇の顔を確認すると、一瞬驚いたような表情を見せた。

 彼は相楽さがら相楽そうらく恵裏数エリスの探偵事務所や、笠木蛇の喫茶店があるビルに同じく入っている、黒相楽くろさがら金融きんゆうという会社の社長だった。


「さ、相良くん……この人たちは君の部下だったのか」


「勘違いすんなよ囃子はやし、こいつらは部下ってわけじゃねぇ。一緒に仕事をしてはいるが、会社は別だ……にしても、ガキまで連れて何してんだ一体」


 眉間にこれでもかというくらいにシワを寄せて相良は不機嫌そうに言う。


「恵裏数ちゃんに来た依頼を任されてね……人を探しているだけなんだ、とりあえずその人たちの物騒なモノをしまってもらうよう言ってくれないかな」


「身内だからどうこう配慮するってのは嫌いなんだがな、まぁこっちに不利益があったわけでもねぇし……おいお前ら」


 相良がそう言うと、男たちはみな拳銃を懐へとしまっていった。

 彼らは相楽の部下ではないが、上下関係はその様子から明確だった。


「た、助かりました~……」


「ちょっと獏……アイツもあんたらの関係者なの? どう見たってヤバい奴にしか見えないんだけど」


 安心して脱力していたばくに、凛音りおんが小声で尋ねる。


「あの人は相楽さん……金融会社の人なんだけど、そんなに悪い人じゃないよ?」


「どう考えたら悪くない人なんて思えるのよ! 確実にヤミ金でしょそれ!?」


「聞こえてんぞクソガキ、テメェだけ殺してやろうか」


 低くドスの効いた声でそう言われ、凛音は口を噤んだ。

 普段ならば反発して文句の一つでも言いそうなところではあるが、相手にしている相良の押しつぶすような威圧感に何も言い返せなかった。


「はぁ……んで、人探ししてるって言ったな。一体どこの誰を探してたらこんな所に来ることになんだ?」


「そこの彼らから麻薬を買っていた客を探しているんだよ、あずまという男性だ」


 相良は男たちに今までのいきさつを聞いた。

 顧客リストであるファイルを見て、その東と言う男性の横に「捨」のマークが付いていることを知りため息をついて話をつづけた。


「駄目だなこりゃ、こいつに会うのは無理だぜ囃子」


「死んでいる……と言うのだろう? 本当なのか、それは」


「『死んでるも同然』って言った方が正しいな、今頃こいつは攫われちまってバラバラにされてるよ」


「ば、バラバラ……!?」


 あまりにも直接的過ぎる言葉に、獏と凛音は二人して顔を青くした。

 しかし笠木蛇は、その言葉の本当の意味を悟ってさらに相良に問いかける。


「東さんはどこに居るんだい? 死んでるも同然ということは、まだ死んじゃあいないはずだ」


「……いいか囃子、このマークがついてる客はな、もう完全に頭がイカれちまって人間として生きていけなくなったってことだ……普通に生活するなんて二度と出来ない。そんな奴を利用してやろうっていう心優しい組織に心当たりはないか?」


「……『屍人流通(アンダーテイカー)』か」


 相良は正解だという風に頷いた。

 笠木蛇が口にした屍人流通という言葉。獏と凛音は全く聞いたことが無いと言った様子だったが、周りの男たちは特に表情を変えずにいた。なぜならその言葉を聞き慣れているのだから。


「お前の事だ囃子、裏社会のある程度は知ってるだろ? ……屍人流通は人身売買専門の組織だ。取り扱うのは人間そのものや、それをバラしたパーツ。死んだも同然の人間から使える部分だけでも使おうって言うエコな奴らだ」


「エゴの間違いじゃないのか」


「そうだな。だが知っての通り、屍人流通(アンダーテイカー)は裏社会でも『サンクチュアリ』と呼ばれる五つの組織の内の一つだ。お前らみたいな一般人が手を出せるモンじゃあねぇぞ」


 ここまでの話を聞いて、獏と凛音は自分たちが首を突っ込もうとしているものの危険さにようやく気がついた。笠木蛇も、まさかここまで深いところに繋がっているとは思っていなかった。

 三人が押し黙っているなか、相良は男たちと話し始める。


「お前ら、今日の取引はもういいだろ。とにかく帰れ」


「いいんですかい? こいつらそのままで」


「どうせ何もできない一般人だ、ほっとけ」


 そう言われた男たちは、みな足並みをそろえて倉庫から離れていった。残ったのは相楽と笠木蛇たちのみ。しかし、三人は何も話そうとしない。何を話したところで、どうにもならないという現実がそこにはあった。


「運がいいのか悪いのか……まぁ諦めることだな、依頼人にはもう東は死んでたって言えばいいじゃねぇか。その方が相手も楽だろ、バラバラの死体を見せられるよりかはよ」


「……NLCAに協力してもらうことは無理なのかい」


「何言ってんだ、NLCAがこんな人探し程度の小さい事に手を回すとでも思ってんのか? 無理に決まってるし、そもそもサンクチュアリはNLCAでも手が出せないヤツらだ」


「『君の力』でもどうにもならないのかい? 君はそういう融通を利かすために、さっきの男たちのようなのと関係を持ってるんじゃなかったのか?」


 神妙な顔つきで食い下がる笠木蛇を見て、相良はまた眉間にシワを寄せた。


「……どうしてそこまでこだわるんだ? 元々お前には関係のない話なんだろ? 探偵ごっこなんて似合わねぇことしやがってよ」


「私たちが探している東という男性……彼を探してほしいと依頼してきたのは、彼の奥さんだ」


 笠木蛇がそう言ったとき、相良は合点がいった。

 旦那を探してほしいと依頼してきた、その妻。笠木蛇がここまでこの依頼にこだわる理由は、依頼人と探し人の関係が大きく関わっている。

 笠木蛇の眼は、とても必死で、そして決意のような光を宿していた。

 相良はひとつ大きくため息を吐き、改めて笠木蛇に向き直った。


「自分と同じような悲劇を起こしたくない、ってか……わかったよ、お前にはいつも美味いコーヒー飲ませてもらってるしな」


「助かるよ、ありがとう」


 笠木蛇は安心したように表情をほころばせた。

 そんな笠木蛇の緩んだ顔を見て、性に合わないと言わんばかりに顔を背ける相良。相良は懐から煙草の箱を取り出し、慣れた手つきで一本咥えて火を着ける。


「協力してやるが……そっちのガキが問題だ」


「な、なによ……!」


 サングラスをかけているせいで目元はよく確認できないが、凛音は相楽の鋭いであろう目つきを向けられて思わず身構えてしまう。


「獏はいいとして……お前の顔は初めて見る、新入りか?」


「わ、私は縷々ヶ瑠璃(るるがるり)凛音りおんよ。ちょっと前から今人いまじんで働かせてもらってるの」


「……ただの人間じゃあねぇな、お前」


 びくり、と凛音の肩が震える。

 凛音は確かに人間では無い。人と異なる妖異だ。しかし、見た目は普通の人となんら変わりは無い。だからこそ、すぐさまそうでないと見抜いてきた相良に凛音は驚いた。


「ど、どうしてわかるのよ」


「『視える』からだよ、妖異の気配ってやつがな」


 サングラスに手を当てながら相良は言った。凛音が妖異ならば、相良もそれに近い存在である。

 相良は黒太刀くろたち黒百合くろゆりのように、妖異を飼っている。その事は笠木蛇や獏も既に知っていることだった。


「サングラスの形をしているがな、これは『妖視鏡ようしきょう』つって妖異を見分ける力を持ってる。お前の身体から妖異の気配が溢れてんだよ」


「……やめてよその言い方、なんか傷つくわ」


「まぁ俺は黒太刀と違って、妖異が嫌いとかねぇからよ……それよりも囃子、こいつは口が軽かったりする妖異なのか?」


「アンタ私を馬鹿にしてんの!?」


 声を荒げた凛音だったが、すぐさま相良に睨まれて丸くなった。

 笠木蛇はそんな凛音の頭に手を置いて慰めながら話す。


「彼女は左手で触れたモノを水みたいに溶かす力を持っているだけだ、口は固い方だと思うし、信頼してくれていいと思うよ」


「……まぁ、お前がそう言うなら大丈夫か」


 相良は短くなった煙草を捨てて足で踏みにじった。


「囃子さん! こんな奴に協力してもらうなんてどういうことなの?! ただのヤミ金業者でしょ!?」


「ああ……いや、それは隠れ蓑みたいなものなんだよ」


 相良の事を訝しむ凛音。その態度が気に食わなかったのか、相良は舌打ちをしてから語勢を強めて言った。


「俺はただの金融業者じゃねぇ、国家犯罪管理局NLCA第8課所属のれっきとした『諜報員』だ」


 相良の口から語られたその正体を聞いて、凛音だけでなく獏までもが声を上げて驚いた。

 相良が所属している『国家犯罪管理局』。通称NLCA。それは、警察機構の後釜とも呼べる組織であり、名前の通り日本での犯罪を取り締まっている機関である。その組織の在り方ややっていることは、警察なんかとはまるで違うのだが。

 獏は目を丸くして相良を指差す。


「ええええええ!? さ、相良さんってNLCAの人だったんですかぁ!?」


「何でお前まで驚いてんだよ……ってそうか、お前には話してなかったか」


「初耳ですよ初耳!! 今までちょっぴり怖いけど結構優しい金融業者のおじさんと思ってたのに!」


「おじさんって言うんじゃねぇよ! 囃子より六つも下の39歳だぞ俺はッ!」


 獏が良い寄るその勢いに便乗して、凛音もまくしたてるように話す。


「39でも十分おっさんでしょ! ていうか何!? そんなナリしてあんたNLCA局員だっていうの!?」


「ははは……やっぱり相良くん、局員だって言っても驚かれちゃうね」


「8課にいるから、こんな格好してるんだろうがよ……つーかテメェら声がでけぇんだよ! 誰かに聞かれたらどうすんだオイ!」


 相良に一喝され、凛音と獏の二人はようやく落ち着きを取り戻した。

 大声を出したとて、この辺りは木々に囲まれた人気の無い場所だ。もともと密売目的で使われるこの場所では、人の耳など気にすることは無いのだが。

 二人が落ち着いたところで、相良は口を開いた。


「第8課ってのは諜報課だ、いわば局員として目立たねぇように情報を集めんのが仕事。だから俺は局員だと絶対に思われないような格好して、金融業者のフリをしてるんだよ」


 相良は少し声を小さくしながら話を続ける。


「……正直な話、サンクチュアリに指定されてる五つの組織は、何故かNLCAが摘発やら殲滅やらをしたがらねぇ。サンクチュアリの組織がやってることは裏社会の大犯罪なんだが、捜査や介入の許可が下りねぇんだ」


「黙認してるってことかい? ……それとも、NLCA自体が犯罪に関わってるとか」


「変な勘繰りするんじゃねぇよ。NLCAは確かに一般人には不明瞭な点が多いだろうが、決して真っ黒に染まった組織じゃない。上層部しか知らねぇ事情ってもんがあんだろ」


「……NLCAがサンクチュアリの組織に介入することは許されない、か……こっちから頼んでいてなんだが、それなのに私たちに協力しても大丈夫なのかい?」


「馬鹿言え、俺が直接にお前らに協力できるかよ。局内の機密情報を一般人に流したなんてバレちまったら|

イリーガル《スパイ》の疑いをかけられちまうだろうが」


 そう言うと相良は上着の内ポケットから小さな手帳とペンを取り出し、ページを開いて素早くメモを書き始めた。さらさらと書き終わると、そのページを破り笠木蛇に手渡す。

 笠木蛇がその内容を確認すると、書いてあったのはまるで意味の分からない英語と数字の入り混じった28ケタ文字の羅列だった。


「これは?」


屍人流通(アンダーテイカー)の人間が使ってる人攫い用の車のGPS情報コードだ。そいつを鷺宮さぎみやあたりに解析してもらえ……あとはお前らで屍人流通の場所を突き止めて、人探しでもなんでも好きにすりゃいい」


 NLCAしか知りえない情報であるGPS情報コードを渡して、相良は笠木蛇たちに背を向けて歩き出した。

 自分が協力できるのはここまでが限界だと、そう背中で語る相良。笠木蛇はその気持ちを察して、その場から立ち去る相良にただ一言、ありがとうとだけ伝えた。


「……なによ、鷺宮といいあの相良って男といい……癇に障るわ」


「でも、よかったじゃないですか。あとは鷺宮さんに連絡を取れば……」


「うん、車を追跡すれば屍人流通(アンダーテイカー)の居場所に辿り着けるだろう」


 相良の渡してくれたメモを握りしめながら、笠木蛇は鷺宮に電話をかけた。

 東さんを攫ったであろう裏社会のサンクチュアリ、屍人流通(アンダーテイカー)。ことが次第に大きくなってきていたが、もう笠木蛇は後に引くことなんて考えていなかった。

 なんとしても東さんを見つけ出し助け出す。夫婦という関係を重んじる笠木蛇は、そのことしか考えていない。どんな危険があろうとも、この依頼を成し遂げて見せる。

 しかしこれ以上は、獏や凛音を巻き込んでいいものかと躊躇する笠木蛇であった。

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