女子高生と情報屋②
戦闘が短すぎるってそれ一番言われてるから
次からはちゃんとします許してください何でもしますから
囲炉裏は剣を振るう瞬間、ふと微笑みを浮かべた。まるで理科の実験で子供が理論通りに実験が上手くいき、両手をあげて喜ぶ時のようなそんな笑みを。
「悪いがな、そんな大振りの攻撃当たってたまるかってもんだぜ」
磁罪鉤による攻撃を軽く避けて、鷺宮は言う。
「避けた。と思っているのですよね。間違いです、ペケです。まだ攻撃は終了しているわけじゃありませんよ」
囲炉裏の言う通り、磁罪鉤は完全にその動きを終了させたわけではなかった。床に叩き付けられる直前、磁罪鉤は金切声を上げて駆動した。
「到達しろ、その身を捩り、骨を軋ませて―――」
「―――――――ッ!!」
磁罪鉤の先端のフックが、鷺宮の肩に突き刺さった。
(―――この武器ッ、妙な形をしてやがるとは思っていたがッ! なんてヤツだ、『変形』して刀身が伸びやがったァッ!!)
磁罪鉤は折れ曲がっていた刃がさらに直角に『折れ曲がり』、結果もともとの刃のリーチに足し算をするような形で上乗せされ、その射程を倍近くに伸ばした。
肩に抉りこんだフックは肉に食い込み、傷口からすぐさま血液が漏れ出す。
「ッ……おいおい、俺は魚じゃねぇぞッ……!」
「いいえ、貴方は餌に釣られた魚ですよ」
囲炉裏は手首を捻り、磁罪鉤を回転させてフックをさらに抉りこませる。肩の肉が穿り返される感覚に、鷺宮は苦痛の声を上げた。
そして間髪入れずに磁罪鉤はまた金切声を上げて『変形』を開始する。最初の形に戻るように刀身の一部が折れ曲がり、今度はL字型に変形した。刀身は90度に上に向かって折れ曲がったため、鷺宮の身体は地面を離れ、宙に浮く様な形になる。
「そして吊るされるのですよ、干物のように無様にね」
「て、めェ……ッ!!」
囲炉裏は磁罪鉤の柄の部分を強く親指で押した。すると刀身に火花が散り、瞬時にバチバチと電流が流れ始めた。
「がぁぁぁっぁぁ!?」
辺りに閃光が走り、鷺宮の身体にフックを通して電流が流れる。筋肉が痙攣し、全身がびくびくと反応を示す。だが痙攣する腕を無理やりに動かし、鷺宮は自分の左肩に突き刺さったフックを強引に肩の肉ごと千切り取った。
どさりと床に落ちて、まだ少し痙攣する身体を抑えながら鷺宮は後ずさるようにして少しずつ距離を取ろうとする。
「へっ……お前さんのその武器、樞刀ってわけか、よ」
「ご明察、科学的な力を最大限利用した機械仕掛けの、時代錯誤の剣です」
ガシャガチャと音を立て、磁罪鉤は元の形に変形する。
倒れて身動きの取れない鷺宮へ向かい、今となれば禍々しくも感じられる形の剣をゆらゆらと構えながら、囲炉裏は近づいていく。屋内の照明が上から照り付け、鷺宮は目上の囲炉裏の表情がうかがい知れない。暗く逆光がシルエットを浮かび上がらせ、囲炉裏の薄紫色の瞳だけが穴が開いているように睨みつける。
「さて鷺宮空十、もうお遊戯はお終いですよ」
「なんでぇ、まだ授業終了のチャイムは鳴ってねぇぜ?」
ちらと鷺宮は部屋の壁にかけられた時計に目をやる。薄暗い中、針と文字盤が蛍光色に光っている。時刻は11時59分。
「―――打ち上げられた鰆のように死になさい、鷺宮っ」
秒針が、カチカチと動く。囲炉裏は磁罪鉤を振るい、鷺宮の首目掛けて横なぎに振りぬいた。
磁罪鉤の剣先が鷺宮の首に突き刺さる。鮮血が飛び、血の飛沫となって床に飛び散った。そして、時計の秒針は分針と時針に重なるように、12時の方向を差した。
勝った。囲炉裏はそう内心確信していたが、うなだれていた鷺宮は首に突き刺さった磁罪鉤を刃をおもむろに手で鷲掴みにし、瞳孔の開いた眼で囲炉裏の瞳を睨み返した。
「お前の敗北だよ女子高生」
壁時計は12時を示すとともに、その内部から小さなおもちゃの鳩が飛び出した。おもちゃの鳩は鳴き声を上げて時刻を知らせる。囲炉裏はその音に驚き、ふと壁時計の方に目をくれる。おもちゃの鳩は口を大きく開け、声を挙げながら真っ赤な眼を囲炉裏の方に向けていた。鳴き声にかき消されてはいたが、鳩の口の中ではキリキリという音がしていた。キリキリと、撃鉄を起こす音が。
「――――――っ!」
パン。鳩の鳴き声が止んだ時、乾いた音が鳴った。
「………ぁ……」
囲炉裏の着ていたブレザーの胸の部分が、赤く染まりだしていた。
「どうした? 鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔してよ、あぁ、鳩に豆鉄砲喰らった顔かそりゃ」
囲炉裏は胸に手を当てて、その手のひらを見やる。その手は真っ赤に血で染まっていた。鷺宮は首に突き刺さっていた剣先を抜き取り、傷口を手で押さえながら立ち上がる。
「……さ、ぎみ…や……」
「よーく胸に手当てて考えてみな。ここは俺の家だ、俺の城だ、テメェはいま無防備に城門を真っ正面から突っ切ってきた。物見やぐらから毒矢が飛んできたって、さも当然って話だろ。なぁ女子高生?」
「……ぁ…?」
身体から力が抜けていくのを囲炉裏は感じていた。剣を握る手から握力が失せ、磁罪鉤を床に落とす。両足も震え、身体を支え切れなくなり、囲炉裏は膝を折って床に伏した。
「急所は外してある。そういう風に撃つようプログラムされてるからな、だが豆鉄砲に塗られてた毒はちと苦しいぜ」
囲炉裏はそう言われている間にも、全身が、ありとあらゆる器官が力を失くしていくのを感じていた。まるで金縛りにあっているように四肢が動かず、喋ろうにも呂律が回らない。
「文字通り開いた口がふさがらねぇだろ、そいつは一種の筋弛緩剤みたいなもんでな。筋肉はもちろん、心臓の躍動さえも極端に力を失くして、鼓動が死にかけの人間みたいに弱く、遅くなる」
口を開きっぱなしな囲炉裏には、うめき声のような音しか口に出せなかった。油断した、自分は死ぬのか? そう問いたかったが、吐息と涎しか口からは漏れ出さない。心臓の動きもかなり鈍くなってきた。そのおかげか、傷口からの出血はさしてひどくは無かったが、囲炉裏の瞳からは光が失われつつあった。
「ったく手間かけさせやがって、危うく死んじまう所だったぜ」
「……ぇ」
「あ? なんだよ、喋ろうにも呂律が廻んねぇだろ」
「……こ、ろ…ぇ」
殺せ。囲炉裏は呂律の回らない舌で何度もそうつぶやいた。その姿を冷ややかな目で見ていた鷺宮は、服の胸ポケットから煙草を取り出した。ポールモールの箱から1本取り出して、zippoライターで火をつける。
シュボと火花を散らし、ジリジリと音を立てて煙草を勢いよく吸う。まるで寒空の中吐いた吐息のように薄白い煙を吐き出して、鷺宮はゆっくりとこう言った。
「……安心しな、このまま何もせずにいりゃお前は死ぬよ」
吐き捨てるように鷺宮は言った。すると囲炉裏は、力の入らない顔でも、微かに微笑むような表情を浮かべ、静かに目を閉じた。
「……あばよ華の女子高生、あの世で閻魔様に家庭教師でもしてもらうんだな」
囲炉裏の意識は、ここで完全に途切れた。




