新たな出発
目を覚ました俺は約束を果たしてもらうべく、ティアへと呼びかけた。
「ティア、約束は守ったぞ。俺を元の世界に返してくれ」
するとまた目の前が揺れて、いつか来た白い空間に出た。隣にアルトはいない。どうやら俺以外の人間を入れる気はないようだ。
「お~つ~か~れ~」
また気の抜ける声でしゃべる怠惰女神も、この前と何ら変わっていなかった。いや、少し埋もれる本の高さが増えたか? どうでもいいか。
「本当に~成功~するなんて~思っても~いなかった~」
やっぱりこいつ信用していやがらなかった。うすうすわかってはいたけどな。元々が穴埋め要因だったからな。しかし、俺は成功した。その報酬はもらわなくてはいけない。アルトの世話もこいつに頼むしかないから、上手く報酬を釣り上げなくてはならない。
「ティアがどう思っていたかは関係ない、俺を元の世界に返してくれ。それとアルトに普通の生活をおくらせてやってくれ」
俺は直球で頼んだ。このだるだる女神に遠回しに言い始めたら、いつ話が終わるか分からないからな。
「ん~」
なんか考え込みながら、本を探り始めたティア。そしてすぐに笑顔になると、両手を広げた。
「ごめ~ん。ムリ~」
とてもいい笑顔で、約束を破りやがった。人の不幸を楽しむ性格を繕う気もないらしい。
「どういうことだ。召喚方法が書いた本に送還方法も書いてあるんじゃないのか。それにアルトの件も駄目なのか」
嘘をついてたのか、この怠惰女神。もし嘘ならどうしてやろうか。
「アルトちゃんの~件なら~どうにでも~なるわよ~。でも~」
「アルトの方は安心していいんだな。良かった。じゃあなんで元の世界に返すことはできないんだ」
イライラしながら、話を促す。そうでもしないと、急な展開についていけなかった。
「確かに~書いてある~本が~あったの~」
「それなら……」
「でも~さっき~あなたが~燃やしちゃった☆」
「燃やしちゃった、星。じゃないよ。何でそこだけ楽しげなんだ。っていうか、俺が燃やしたって……」
燃やした……。そういえば一冊が灰になっていたような……。この場にはないはずだが、つい目で灰が残ってないか確認してしまう。
「送還方法は~『闇と悪の書』に~書いて~ありました~」
やっちまった……。どうやら俺は自分の手で帰る道を閉ざしてしまったらしい。
生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだ、後悔してもしょうがないだろう。
「他に帰る方法は。他の本とか、何かあるだろ。お前は知恵の女神なんだから、読んだ本なら覚えてるだろ」
真剣に聞くがティアはだるそうにするばかり。
「そんなこと~言われても~全部の~本を~覚えるとか~できる訳ないし~」
「お前、それでも女神かよ」
しかしティアは何か思いついたようだった。
「一つだけ~方法が~ある~かも~」
俺は次の言葉を待った。
「アルト、付き合わせて悪いな」
「いえ、私が付いていたいから一緒に行くのです。それにサトルさんに野営の仕方とか、地図の見方とかわかりますか」
アルトがいなかったら二日もたないかもな。
「でも、ティアに頼んで普通の生活を送っても良かったんだぞ。俺との旅はやっぱり危険だし……」
何度目かになる言葉に、アルトは俺を睨んでくる。
「私が今送りたいのは普通の生活ではありません。サトル様と共にいる生活です。……それとも私のことはお嫌いですか」
「そんなことないさ。アルトのことが嫌いなわけないだろ。一緒に来てくれて嬉しいよ」
怒った顔から一気に泣き出しそうになって、俺は慌ててアルトと一緒に旅がしたいと言う。
「良かった」
アルトがそう言って、笑いかけてきた。
うおっ。
破壊力抜群だ。きちんと食事が出来るようになったせいか、少し肉がついてきてアルトはますます可愛くなっている。
(アルトはまだ小さいんだ。邪な目で見てはいけない。心頭滅却しろ、俺)
聞いたところによるとアルトはまだ13歳。さらに食事が悪かったせいか、同年代よりも小さく細いと思われる。実際俺はもっと幼いと思っていた。
(アルトは妹。そう、妹だ。だから優しくしてあげなくてはな)
隣にいるアルトに目を向けると、アルトも見上げてきてにっこりと笑った。
その可愛さについ、頭を撫でてしまう。意外と虎耳の感触が癖になるのだ。
「サトル様。これからの旅は大変なものになりますね」
虎耳を撫でられることがくすぐったかったのか、顔を赤らめながらアルトは少し離れてからそう言った。
「そうだな。ティアもとんだ方法を考えてくれたもんだ」
ティアから提案された方法は原典の回収。『闇と悪の書』は様々な本からの抜粋で作られているから、抜粋元の本をたどればそこに必ず送還用の魔方陣的なものが書かれたものがあるはず。それを見つけてティアに渡せれば、俺は元の世界に帰ることが出来るという事だ。
正直帰る方法がなくなったのは良かったかもしれない。ティアにアルトを頼むのはやっぱり心配だ。この旅はアルトが暮らせる場所を探してやることも目的の一つだ。
「大陸中を回って、一冊の本探しか。本当にライトノベルみたいな展開だな」
ティアからは追加で何冊か知恵を授けてもらい、さらにティアがおぼえていただけの抜粋元の原典の名前を書きだしてもらった。
そこには『ダークレーン・グランフィールドの悪魔庭園』だとか、『人一人を余さず生贄にする134の方法』とかが列挙されている。その数二十八冊。これで半分ほどだというのだからどうしようもない。ここに書いてある中に、探している一冊が入っていることを祈るだけだ。もしなかったらほぼ絶望的だろう。
「どうかしましたか。そんなに笑って」
考え事をしていた俺に、不思議そうにアルトが声をかけてきた。
そうか俺は笑っているか。こんな夢にまで見るような展開を前にして、興奮が抑えきれない。これから俺の異世界での物語が紡がれ始めると思うと、高笑いの一つでもあげたくなってくる。……自重するけど。
「いや、なんでもない。それじゃ、行こうか」
「はい」
ティアにダンジョンの出口まで飛ばしてもらって、目の前の門を抜ければそこは新天地だ。そこにはあの冒険者の様な嫌なやつらも、襲いかかって来るモンスターもいるだろうし、逆に俺たちを助けてくれる人もいるだろう。すべては未定。ここから進むことでしか、未来がどうなるかは分からない。
でもまあ、何はともあれ、俺は初めての異世界を満喫する気でいるのだった。