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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
旅立ちの日まで
7/53

魔法使いと盾男

 遠くに三人が森の中を歩いているのが見える。一昨日見たのと様子は変わっていない。というか、この異世界に召喚されてからまだ三日か。俺も異世界慣れしたもんだ。

 昨日のうちに決めておいた襲撃ポイントまでの最短経路は既に確認済み。罠も設置済み。

 まずあいつらを呼び出すところから始めるか。アルトには無理を頼むが、呼び出してもらおう。

「さて、後は仕掛けをごろうじろってね」

 俺は自転車ごと草むらに隠れてその時を待った。


 アルトはサトルから受け取った虹の雫を見つめた。この花数本で一財産になる。

「サトル様は私がこれを持って逃げるとか考えないのかな」

 獣人と言えば蔑まれるこの世界で、本当に珍しい人だ。だからこそアルトはサトルを助けなければならないと四肢に力を入れた。

「私はまだ小さくて、しかも体に肉もついてない。……胸もない。それでも誇りを忘れぬ獣人の血がこの身に流れる限り、サトル様の命を執行するのみ」

 体の先まで意識して湧き上がる力を全身にいきわたらせる。爪が伸び、肌に虎特有の黄色い毛が現れ始める。さらに瞳もネコ科のそれへと変貌していく。

 これが獣人が蔑視されるもう一つの理由。それが変身である。より獣色の強い姿に変わることで、人よりもモンスターに近いとされているのだ。

「これを見たら、サトル様も私を嫌いになっちゃうかな……」

 震える体を抑え込む。恩義は返さなくてはならない。

「それにこの胸の想いもいつか……」

「あの虎奴隷のやつ本当にどこ行きやがった」

 変身した獣人のアルトだからこそ未だ遠い冒険者たちの声が聞こえた。アルトはそれまでの思考を切り捨てて、冒険者に集中する。

「確かに。使いやすい奴隷でしたのにね。ストレスの発散にはもってこいでした」

 どんどん近づいてくる。アルトは先ほどとは別の理由でともすれば震えそうになる体を抑えるために、大きく一息ついた。これはいつも慌てている時にサトルがする行動を真似たものだった。

(もう少し。逃げられないほど近くでは駄目。でも虹の雫が見えない距離でも駄目)

 見極めは完全にアルトに任せられていた。冒険者が近づくのを今か遅しと息を殺して待つ。

 ここだっ。

 アルトは慌てたような様子で冒険者たちの前に飛び出した。わざと虹の雫が見えるようにしながら、驚いたように止まってみせる。この虹の雫を見せることが重要だった。一本ではなく何本もまとめられた虹の雫を。

「おい、話をすれば虎奴隷の奴だ。あれには結構金がかかってんだ。捕まえるぞ」

 剣士の男が大声を上げる。気付つけるのもやむなしと思っているのか、素早く剣を抜いてもう走りだしている。

 それに比べると後ろの二人は遅い。しかし、盾男はそれでもすぐに剣士の後を追う。

「ちょっと待って。あの手に持っているのは虹の雫じゃないか。群生地を見つけやがったのか、あの虎奴隷」

 腐っても冒険者。一瞬でアルトが持っている花に気付いた魔法使いは、燃え移ったら危ないと今にも撃とうとしていた火魔法を解除した。そして二人の後を追いかけてやはり走り出す。

 アルトは悲鳴を上げながら、計画通りにいったことに喜びながら逃げ出した。

「逃げ切らない速度で、だけど捕まらないように走るって意外と大変です」

 後ろをちらちらと見ながら、決められたルートをアルトは走り始めた。


 お、始まった、始まった。

 にしてもアルト、速いなー。

 さすが虎人。冒険者の方も速いが、追いつくのは難しそうだ。上手く遠回りさせながら、ポイントに連れ込んでもらおう。あの走りの様子ならポイントにたどり着く前に捕まるという最悪な事態にはならなさそうで良かった。

 念のため地図を見てみると、上手いこと連れ出しているのが分かる。ティアに頼んでここらのモンスターは出てこないように頼んであるから、強力モンスター登場とかいうイレギュラーの心配もない。

「よし、こっちも追いかけますか。お前も頼むぜ」

 ティアに頼んで新品同様に直してもらった自転車を叩く。俺の運動神経じゃ、自転車にでも乗らないと先回りしてもあいつらには追いつけない。

 あーでも、森の中を自転車で走るのは、尻が痛くなるな。どうしたって木の根やらがはびこっている。これでも通りやすい道を選んだんだけど。

 木々の隙間を通り抜けるのはあの路地裏をすり抜けるのと同じ感じがして楽しい。やはり意外な技能が意外なところで発揮される。3カ月も路地裏で練習したかいがあった。

 そんなこと思っている内に、最初のポイントに到着した。と思うとアルトがすぐに抜けていった。思った以上に速いな。

 それにどことなくアルトの姿がいつもより三割増し位でねこっぽかった気がする。

 その後ろを剣を抜いた剣士が追う。鎧の重さの差か、盾男は少し遅れている。冒険者をバラバラにするのは成功しているらしい。やはり体力がないのかまだ魔法使いが来る様子はない。

 これで第一段階はクリアだ。最初に魔法使いを倒すぞ。

 岩堅蔓を巻いた刃を強く握る。

 何度も想定した。見落としはないはずだ。大丈夫、上手くいく。

 緊張で破裂しそうになっている心臓を抑えるように左手を当てる。そしてそのまま深呼吸。落ち着けと自分に言い聞かせる。

 足音がした。荒々しい息遣いも聞こえる。

「くそ、あの筋肉バカども。速すぎるぞ」

 もう疲れてしまっている魔法使いが、それでも足を懸命に動かしていた。

 おおおおおおおおっ!

 手に握った刃を最後にやってきた魔法使いに振り下ろす。が流石に俺程度の攻撃、簡単に避けられてしまう。いくら疲れていたとしても中堅冒険者。素人の攻撃くらいは余裕でかわせるようだ。

 これで倒せれば良かったんだけどな。少しでも怯んでくれれば、左手に握った護符を貼り付けるだけで済んだ。

 俺はつたないながらも振り下ろした刃を今度は横から振り抜く。意図的に自分から見て左から右に。どうにか魔法使いは狼狽しながらも右後方に距離を取った。左から攻撃が来て、左に避けるなんてしないと思ったが、予想外に上手くいった。

「……護を授けたまえ」

 よく聞き取れなかったが詠唱しているようだ。魔法を発動するつもりだろう。

 ここが最初の賭けだ。

「くらえ、ファイアーボール」

 魔法が飛んできた。

 だけど、この前より小さい!

 森の中だから飛び火するのを嫌ったのか、急なことだったからなのかは分からないが、火球の大きさは荒野で投げつけられた時の半分ほどもない。アルトが知っているこの魔法使いがとっさに使う火魔法は、初日にぶつけられそうになった大きな火球を出すファイアーボールと、小さな炎の弾が数個出るショットらしい。他のは基本的に詠唱が一瞬ではできないらしい。

 そしてここでショットが使われていたら負けていたかもしれない。少なくとも他の魔法を詠唱する猶予を与えていたかもしれない。

 しかし、相手が放ってきたのはファイアーボール。これ一つならどうにかできる。一つ賭けに勝った。

「そんなもん、俺には聞かないんだよ」

 腰に下げていた袋を火球に投げつける。燃え尽きた袋から何かが飛び出すと、火球がみるみる小さくなり俺のもとに来る前に姿を消した。二人の間にギザギザしたのが特徴的な葉が落ちていた。

「何をした」

 慌てる魔法使いに、俺は無言でにらみを利かせる。しかし、正直冷や汗だらだらだ。ここも一つの賭けだった。

 危なかったー。プリュメールが魔法の火にも聞いてよかった。焚火の火ぐらいは楽に消せるから大丈夫だとは思ってたけどね。熱どころか火すら吸い込む野草プリュメール。やっぱり異世界だなー。って感心してもいられない。

 魔法が使えない俺とアルトではプリュメールが魔法の火に効くか試すことが出来なかった。もし効かなかったら今頃体中大やけどだ。アルトには心配させると思ってそんなこと言ってないけど。女の子にだけリスクは負わせられないからな。

 慌てたままの魔法使いに向けて、また袋を投げつける。これは適当なものを入れただけのだけど、威嚇にはなるはず。この時も若干左の方へと投げる。

 予想通り魔法使いが飛びのいた。それも俺の狙ったように右側に。

「がっ。な、何だ」

「引っかかったな。ここは大犬の口の群生地だ」

 花に触れたものを捕えて離さない大犬の口。つまり俺の狙いは魔法使いを慌てさせ、大犬の口の存在を気付かせないようにすることだったのだ。自分に力がないことは分かっているからな。使えるモノは全て使わないとな。

 足に絡みつく根に動きを止められている魔法使いに近づいた。これが鎧を着こんだ盾男なら力技で根っこを引き抜けたかもしれないし、剣士なら剣で根っこを斬りおとすことも近づいてくる俺に攻撃することも出来ただろう。

 しかし、魔法使いではそれができない。防具のない足に食い込む大犬の口のせいで、集中して詠唱することも出来ないだろう。

「くそ、我に――」

「遅い」

 詠唱なんてさせるかよ。

 アルトに対する酷い仕打ちへの報復を兼ねて、護符を拳にのせて殴る勢いで魔法使いに貼り付けた。一瞬にしてその姿は消えた。

 ティアが言った通りになったな。

力が抜けて尻餅をついている今の姿は、他の人から見たらだめに見えてんだろうな。正直人を殴ると言う経験も初めてで、拳はジンジンと痛む。

 でも、俺はやってやったぞ。まずは一人だ。まだ二人残っているけれど、なんだか達成感観を感じる。

 逃げているはずのアルトが捕まる前に、次の奴も倒しに行くか。

「アルト、逃げていてくれよ」

 俺は置いてあった自転車に跨った。


 よし、盾男終了。

 追いついた時点で盾男は疲労困憊だった。いろいろ足止めの方法を考えていたのだが、拍子抜けだった。

 しかし、せっかく用意したので岩堅蔓を盾男が通るタイミングに合わせてぴんと張る。

 疲れているうえにヘルムのせいで下が見えにくいのだろう。簡単に引っかかって前のめりに倒れて動きを止めた盾男を森の中から見ながら、意識を集中させる。予想以上にコメディになったけど笑ったりはしない。流石にそこまで気楽にはいかない。

 我が想いに応え、今ここに姿を表せ。我が頭脳に宿りし『剣聖アルゴウスの大冒険〈中〉』。

 決めポーズという事で最後に手を突き上げていると、なんだか自分でも恥ずかしくなった。こんなこと思っても思わなくても本を出すのに関係はないんだけど。やっぱり一度はやってみたかったんだ。

 ずばんっ! ぐしゃっ!

 何かが落ちる音と潰れるような凄い音が響く。

 生きてますかー。

 うつぶせで横になっている盾男にゆっくり近づいて、持っていた刃でつつく。

「う……」

 よかった、死んでない。

 倒れた盾男の上には『剣聖アルゴウスの大冒険〈中〉』が乗っている。動いている奴には難しいけど、疲れて倒れ伏していた盾男はいい的だった。重装備のこいつなら何とか死なないと思ったけど、上手くいって良かった。これも一種賭けだったな。アルトをいじめた分の報いは受けただろう。

「それじゃ」

 ぺたりと護符を貼り付ける。盾男は何も言わずに消えていったな。もしかしたら何かキャラ付けがあったかもしれないのに。

 乗っていた人がいなくなったせいで本が地面に落ちて凄い音と、揺れがした。いちいちすごいはこの本。どうやって製作したんだか、アルゴウスに聞いてみたいものだ。

「今それはどうでもいいか。よし、ラスト一人行くか」

 しかしその前に、『剣聖アルゴウスの大冒険〈中〉』を回収しないと……。

 手で持てないから頭を近づけなければいけなくて、つまりは土下座の姿になるわけだ。これだけはどうにかならないものか……。


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