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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
旅立ちの日まで
6/53

冒険者打倒の準備

 いろいろ回ってみるとこのダンジョンの変さが際立つというか、ティアの変人(変女神?)が際立つというか。奇妙な植物群もあったが、それ以上にこの辺り一帯の地形がおかしい。

「なあ、俺達さっきまで森の中にいたよな」

「はい、確かにいました」

「じゃあ、ここは?」

「……火山のふもとでしょうか」

 荒野から森、さらに森を抜けると今度は火山群に出た。向こうの方では活動している火山があるのか煙が上がっているし、気温も高い。すぐ後ろを向くとまだうっそうと茂った森がある。まるで線でもひかれたかのように、森ゾーンと火山ゾーンが分けられている。

「ダンジョンだからという理由で納得するしかないのか……」

「いえ、私が他に連れられたところはこうではありませんでしたから……」

 そうかやっぱりティアの趣味か。あいつ本当にろくでもないな。

「あ、あれっ」

 驚いたような声を上げるアルト。アルトの指さす先を見ると、そこには見覚えのあるあれがいた。ファンタジーでは欠かすことのできないモンスターだった。

「ド、ド、ドラゴンだー」

 どこぞの雑魚キャラよろしくつい叫んでしまった。

 赤く染まったごつごつとした鱗に体を覆われ、背中からは大きな羽が生えている。前と後ろの脚のどちらにも何物も切り裂いてしまいそうな爪を生やし、口からは呼吸をするごとにチロチロと炎が見え隠れしている。その大きさは全長20メートルほどである。まさに王者と言う風格を醸し出している。

 そして何故かこっちへ近づいているように見える。ただ俺たちを認識しているようではないのが救いだ。

「まだこっちには気づいていないようだ。逃げるぞ、アルト」

 俺の攻撃手段は『剣聖アルゴウスの大冒険〈中〉』を相手の上に降らせるぐらいしかない。それもあれだけ大きいドラゴンにどれだけ効くかは分からない。

 ヒロイズムも大事だけど、無茶しなくていいときは逃げるに限る。アルトの手を握って背後の森へと逃げ込む。

「これで大丈夫か。気付かれてないよな」

 恐る恐ると言った感じでアルトと二人、木を盾にしてドラゴンの方を見る。そこにはあり得ない光景があった。

「……大ウツボカズラ」

 ドラゴンが降り立ったであろう場所には先ほどまでなかった植物がでんと存在していた。その植物の中から悲痛な叫び声が聞こえてくるが、俺達にはどうすることも出来ない。ドラゴンから助かった。それだけは忘れないでいよう。

 それにしてもティアは無茶苦茶が過ぎる。冒険者の前にこのダンジョンに殺されそうだ。

 ただこの奇妙な地形を使えばあの三人を倒せるかもしれない。やはりこのダンジョンの地理を把握することが必要になりそうだ。そのためには地図が必要だ。ティアに用意してもらえるだろうか。

『いいよ~。ついでに~冒険者の~位置も~分かるように~しておいた~』

 ティアにしてはいい仕事だ。これでどうにかなるかもしれない。といっても今日は遅い。もう暗くなってきているから、今日はこれ以上のことはできない。

 しかし考えなければいけないことがあった。夕飯をどうしよう。夕飯どころか、どこに泊まればいいのか。

 サバイバル能力を持たずに、どうやって生きることができるのか。やはり俺の一番の敵は冒険者ではなく、ティアの用意したこのダンジョンという環境のようだ。

 しかしそれは思いもがけないところで解消されることに。

「あの今までやっていましたので、ご飯の準備などはお任せください。といっても運ばれてくる途中でいくつか野営の道具をなくしたので、完ぺきとは言い難いのですが」

「アルト、そんなことできるの」

 嬉しさのあまりについ手を握ってしまう。

「はい、前まではそれも仕事でした」

 アルトと出会って良かった。途中で見つけた食べられる野草や、刃ではなく角の生えたうさぎみたいなモンスターを捕まえて、洞窟で野営する準備をする。

 意外にうさぎもどきはおいしかった。今度は刃うさぎを食べたい。

 あと火山地帯のためか、近くに温泉がわき出していた。

 異世界に来てゆっくり風呂に入れるとは思わなかったな。

 それと温泉から出たアルトはものすごく美人でした。赤茶だと思っていた髪は、目の覚めるような赤色になっていたし、張りの戻った肌は美しく、汚れの落ちた顔も目鼻立ちが整っていた。数年もすれば、すれちがった人に振り返らせること間違いなしだ。

 一瞬茫然とはしたものの、恥ずかしい姿は見せられないと真剣な顔を作る。

「サトル様。そんな変な顔をして……私どこかおかしいですか」

 どうやら真剣な顔は失敗したみたい。逆に心配させてしまったようだ。

「いや、アルトが可愛くて見惚れてただけ」

「そんな……」

 恥ずかしそうにもじもじとするアルト。きっと褒められ慣れてないんだろう。アルトの更に可愛い姿が見れるし、臭い台詞と思いながらも言ってよかった。

 それからアルトが付けてくれた火を囲みながら、二人でどうしようもない話をした。残っていたうさぎ肉を焼きながら、最初はおずおずと話すだけだったアルトが少しずつ過去のことを話してくれるようになったのは短い時間でも打ち解けられた証拠だろう。

 明日一日でこの辺りの地形の把握と、罠を用意しないといけない。話の続きはまた明日にして、二人横になって眠った。

 それとモンスターに襲われないように、洞窟の入り口に『闇と悪の書』を置いといた。この本から出てくる瘴気的何かが、モンスターを寄せ付けないらしい。森の中を歩いている時も、この本を手に取っている間はモンスターがやってこなかった。戦闘力の低い俺には大助かりである。

意外にこの本が使えるのが、腹立つな。ティアの得意げなさまが目に浮かんでくるようだ。

 耳元でだるだる女神の笑い声が聞こえたような気がしたが、無視して俺は眠りについた。


「朝ですよ。起きてください、サトル様」

 体を揺すられ、耳元で可憐な少女の声がする。

 家にこんな声のする目覚まし時計あったか?

 目を開けるとこちらを覗き込むようにする少女の顔が見える。目に鮮やかなショートの赤髪に、パッチリとした目、鼻も理想的な高さと形で美しい。見た人全員が可愛いという事間違いなしだ。そして何よりもぴょこぴょこと動く虎耳が……。

 虎耳?

「そうか。ここは地球じゃないんだったか……」

「起きましたか、サトル様」

 ぼーとしている俺を見て寝ぼけているのかとアルトが聞いてくる。この二日で親密さが増したせいか、アルトはぐっと近寄ってくる。こちらがドキドキしてしまうほどだ。

 そういう時は落ち着けと一息深呼吸をする。今まで奴隷として扱われてきて、俺は女の子扱いしているから気を許しているだけだ。手を出したら終わりだ。

「サトル様。お着替えのお手伝いをいたしましょうか。言って下されば私なんでもします。初めてですけどあっちのほうだって……」

「おはよう、アルト。あっちってどっちかな。何だか言っていることがよく分からないな。とりあえずさっさと起きて準備しようか」

 さっと立ち上がって準備する。といっても飛ばされた日に偶然授業に体育があったから持って来ていたジャージに着替えるだけだけど。やっぱりこれから動き回るとなって、制服を着ているわけにもいかないだろう。

 もう準備を終えて動き回れるような服に着替えていたアルトと共に、昨日の残りのうさぎ肉を少しあぶってからかじる。最初はアルトがうさぎを解体するのを見ていることも出来なかったけど、食べておいしいことが分かるとあんまり気にならなくなった。昨日は少し手伝わせてもらったし。うさぎに感謝して頂く。

「そういえば刃うさぎからとった刃は使えそうですか」

「ああ、大丈夫そう。ちょっと巻き方にコツはいったけど、何とかなった」

 何も武器がない状態で冒険者に立ち向かうのは危ない。だから刃うさぎの刃を武器にしようとしたわけだが、元々が頭に生えていたやつだから持つ部分がない。だから短くなるのを承知で蔓を巻いて持ち手を作ったのだ。

 この蔓も野草大全に載っていたやつだ。『岩堅蔓』。堅蔓の一種。樹から養分を受け取る代わりに、その堅い蔓を巻きつけることで樹を保護するという共生関係を作る。その堅さによって名称を変えることが一般的で、さる神木に巻き付いていたものはオリハルコン級の堅さだったと言う。

 巻いているのはそこまでの堅さではないが、刃に負けるほどではない。蔓としての柔軟性と岩のような堅さを持ち合わせていて使いやすい材料だった。

「もうそろそろ準備した方がいいかもしれないです」

 地図を見ていたアルトが言った。

 横からのぞいてみると確かに冒険者を表す印が昨日のうちに罠を仕掛けた辺りを目指している。といってもアルトがいなくなり、この辺りの高レベルモンスターに遭遇しないよ気を付けている彼らの進みは遅い。でなければ罠を仕掛ける余裕はなかっただろう。

 しかし地図を見るとやはりこのダンジョンは異常だと思う。俺が知っているのは荒野に森、火山帯だが、地図には他にも雪山、海岸、砂漠などが描かれている。特に火山帯と雪山は隣り合っているという不思議。もうつっこむ元気もないが。

「それじゃ、行くか。アルトに危ない目にあわせちまうけど、本当にいいのか」

 作戦の中でアルトの助けは絶対に必要だ。しかし、危ない役目でもある。俺は昨日も何度も聞いた質問をした。

 アルトは同じ答えを返す。

「大丈夫です。サトル様、私にできることがあるならやりたいんです」

 二人で昨日用意した罠は万全とは言い難いかもしれない。それでもアルトをひどい目にあわせたあいつらを許すわけにはいかない。

 最初はティアに元の世界へ返してもらうための条件として嫌々だったが、今は違う。隣で笑っているアルトの為に、そうしなければいけないんだ。

「行くか、アルト」

「はい、サトル様」

 俺はまだくすぶっている焚火に袋に入っている葉を取り出して投げ入れて火を消すと、自転車に跳び乗った。


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